かき揚げは半分で
年末年始休暇、ダイビングサービスVisitからの「富戸・除夜の鐘ダイビングツアー」はお断りした。
だってもうお金使いすぎだから!
除夜の鐘ダイビングは水中に半分に切ったシリンダー(タンク)を吊るしておいて、潜ったダイバーがそれを鐘にみたてて撞いていくというイベント。
かなりインスタ映えするので人気なイベントだ。
—12月31日、大晦日
私は2年ぶりの里帰りをした。
高尾で京王線から中央線に乗り継ぎ大月・勝沼を過ぎ酒折駅に降りた。
「ただいま」
「お帰り、桃。さぁ、寒いから上がって温まりなさい」
お母さんは私の両手をギュッって握ってくれた。
その時初めて『帰ってきた』と実感した。
本当はお母さんに言わなきゃいけない言葉があるのだけど、それを私は言えないでいる。
心の隅に置き白い布で隠している。
お母さんは私の東京での生活をいろいろ尋ねてきた。
「すごい! お母さんも若かったらやってみたかったわ。海の中は綺麗なんでしょうね」
「うん。凄く綺麗だよ。ダイビング場では、お母さんより年上のひともいるよ! 」
「無理、無理。もうお母さんには無理。怖くて潜れない。始めるには若さというエネルギーが必要だわ」
「そうかなぁ。まだいけるよ、きっと」
「でも桃ちゃん、気を付けてね。ほんとうに」
「うん。わかってる。気をつけるよ」
そんな会話をしながらも私は2階の兄の事をきかなかったし、お母さんもそのことには触れなかった。
そして16:30くらいに少し早いお節料理を食べ21:00に年越しのお蕎麦を出してくれた。
私のお蕎麦には、大好きな蒲鉾が3枚と半分のかき揚げが乗っている。
「ありがとう」
「桃は、かき揚げ半分でいいよね」
「うん」
お蕎麦が脂っぽくなるのを私があまり好きではないことをお母さんは知っている。
どんなに離れてもお母さんはいろいろ私のことを知ってるし覚えていてくれる..
「おかあさん、ごめんなさい。わ、私.. ごめんなさい」
お母さんは『だいじょうぶよ』とやさしく言葉をかけて私の腕をさすってくれた。
・・
・・・・・・
やがて遠くから除夜の鐘が聞こえてきた。




