パンチ王子
「桃ちゃんのおかげで火災保険つかえそうだよ。言われた通り事故サービスに言ったら、写真と状況を改めて確認するから送ってくれって言ってたよ。ありがとう」
「ね、原因よりも今どういう状態かをそのまま言った方がいいんですよ。変に不確かな原因を言ってしまうと出るものも出なくなっちゃうから」
「おまえ、保険金詐欺してないだろうな? 」
「勘弁してくださいよ、太刀さん! するわけないでしょ。やってるのは自分の車の修理分を会社の経費に回してることくらいですよ。会社で使ってるんだから当たり前ですよ」
「相変わらず、しっかりしてやがるな」
「いやいや、そろそろ退散するかな....」
この人はジンさん(本当は仁さん)
太刀さんの後輩にあたる人で、見た目はまるであっちの人。最初はちょっと話しかけるのが怖かった。頭はお約束のパンチで背は高くないけどガッチリした体つき、建築会社の次期社長だ。
「まぁ、また車でも保険でも相談しに来いよ。ただその場合、保険は桃ちゃんにあずけろよ」
「わかってますよ」
「ジンさん、よろしくお願いしますね! 」
私が声をかけると、目じりを下げて、可愛らしい顔になる。前に、それを太刀さんに話すと、審美眼が最低ランクと言われた。
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「桃、おまえいつから教習所通う? 」
「11月中旬くらいかな」
「そうか。夕方、教習所にあわせて抜けていいからな」
「ほんと!? ラッキー! 」
「こら、ちゃんと1発合格だぞ」
「うん、わかった。さてと..それじゃ、私、これから橋本さんの火災保険の手続きに行ってくるね! 」
「気を付けて行ってこい」
私は、いつものように会社の少し古びた自転車に乗って出かける。
「じ、自転車、おもっ。電動補助自転車ほしいな。無理か.... 」
前からおばあさん接近中!
道幅は狭い。おばあさんを先に通すため、自転車を止めた。
だが、私をすり抜け、おばあさんのギリギリを後の自転車が横切る。
「あ、危ない!! 」
おばあさんはその勢いに驚き、転んでひざを打ち付けた。
一度止まり、その様子を見ながらも立ち去ろうとした男性。
私は怒りに思わず声をあげてしまった。
「ちょっと、待ちなさいよ! 」
「なんだぁ。あー? なんだよ」
「ち、ちょっと今の見てたでしょ! あなたが無理やり通ったから驚いたんだよ」
「だからなんだよ。ぶつかってねーぞ。はっ、俺じゃなくてお前に驚いたんじゃねーの!? 」
「 ..何言ってんの!! こんなに細い道、ギリギリで通ったら、危ないじゃない! 」
「うるせーな。おまえ誰だよ。そのばぁさんの身内か? ちげーだろ」
「ち、ちがうけど... でも— 」
「お嬢ちゃん、大丈夫だから、いいのよ、大丈夫。ありがとね」
ただ事ならない様子におばあさんは事を収めようとした。
「ほら、ばぁさんだって、いいって言ってるじゃねーか。ごちゃごちゃうるせーんだよ! 」
「いいわけないでしょ! 足打ったんだから! 」
「うるせーな!! このやろー! 生意気なんだよ! ぶっとばすぞ! おまえの家つきとめて、お前の家族ごとどうにかしてやってもいいんだぞ。ああっ!? 」
(な、なんなのよ..もう.... )
私は男の脅しに足がすくんだ。
「なになに、なに? 桃ちゃん? どうしちゃったの? 」
止まった白い軽トラから降りてきたのは、素敵なパンチ王子様!
「俺さ、その子の知り合いなんだけど、何かあったんですか? すいませんけど、聞かせてもらっていいですか? 」
ジンさんが男性の前に立ち説明を求めると...
「あ...別に何でもないよ。ちょっと..俺も悪かったよ。もう行くよ」
(まー! 態度一変したわね。なんなのよ。プンスカ! プンスカ!(# Д))
「まっ、桃ちゃん、そういうことだから、もう帰ろうね。おばあさんは大丈夫かな? 」
「ジンさん、助かりました。ありがとう。あいつ、命拾いしたね」
「おい、おい。桃ちゃん」
「お嬢ちゃん、ありがとう」
おばあさんも事が終息して安心した様子だった。
「桃ちゃん、無鉄砲にも程があるよ。気を付けないと、このご時世、変な奴がいっぱいいるからさ」
「うん、でもつい口が先にでてしまって.... 気を付けます」
確かにジンさんが来てくれなければかなり追い詰められていた。
それでも、あんなの許せないな..
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「へー、ジンが来て助かったね」
「あの男、命拾いしたと思ったよ」
「ははは、ジンは、ああ見えて穏健派だよ」
「どっちかっていうとお前のほうが危ねーもんな、太刀」
相良さんがそう言うと太刀さんは、バツが悪そうに照れ笑いしていた。
(この明るくてやさしそうな太刀さんが危ない? まさかね)




