身も心も溶けて解放②
「ああんっ」
[ ガバッ! ] 大げさに机に突っ伏してみた。
「安上がりにするつもりだったのに.... 結局高くつくの? 酷いわ! 」
(どうだ。娘がふさぎ込む姿を見て何も思わないか? )
「そんな手には乗らないぞ」
「でも、あの時、電話したら、『その車はそろそろ廃車にしようと思ってた車だから気にすることないよ』って言ってたじゃん」
「バカ、ああでも言わなきゃ七海ちゃんが旅行楽しめないだろ!」
「あっ、そっか」
「まぁ、貸した俺にも責任あるからな.. まけといてやる 」
「パパーっ! 」
「おまえは.. 」
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天童ウエストホテルに入る前につまみとビールを購入して、旅の夜を楽しもうと考えていたけど、ベッドに横たわった七海はすぐに寝息をたてた。
翌日、HPが回復した七海は車の中で言った。
「ちょっと東根温泉街に寄っていいかな? 」
「いいけど、温泉にでも入っていくの? 」
「あのね、実は私、山形は2回目なんだ。本当は、旅番組に山形を特集していて、何かね、もう一度、行きたくなっちゃったんだよね」
「そうだったんだ。前は東根温泉に来たの? 」
「うん。温泉街の民宿に泊まったよ。小さい頃に来て凄くワクワクして楽しかった」
東根の温泉街につくと、七海は泊まった旅館を見つけることは出来なかった。
小さい頃の朧げな記憶、その記憶を十数年の時が想い出にしてしまった。
私たちはそのまま尾花沢に抜け『芭蕉・清風歴史資料館』に寄ってみた。その後は、持ち寄ったベストCDをカーオーディオに入れ、最上川沿いのドライブを楽しんだ。
—そしてあれが起きたのだ。
「もっちん、ちょっと確認しよう。絶景ってどこだかわからない。通り過ぎたかな?? 」
あらかじめ調べていた『最上川から望む絶景ポイント』の入り口がわからず、車を脇に止めスマホで調べなおす。
「あ、やっぱり通り過ぎてる。戻らなきゃ! 」
「じゃ、あそこの駐車場で1回、Uターンしよう」
それは釣り人や川辺で遊ぶ人の為に設けた大きな駐車スペースだ。
ギュギュギューンと勢いよくバックをすると、わずかな衝撃と『ベキボコ』という嫌な音が車内に響く
「なんか当たったよ!!! 」
「ああーっ.. 」
外に出て確認してみると、腰ほどのポールがそこにあった。
まるで罠だ。
な、なぜ、こんな草むらに....
「もっちん..ごめん。これ、扉、開くかな? 」
「ま、待った! 開けないほうがいいかも。取り合えず、このままにしておこう.. だ、大丈夫だよ。走れるし」
「うん.. ほんとにごめん」
「ちょっとお父さんに電話してみるね」
・・
・・・・・・
[お父さん、あのね、今旅の途中で車の後ろを少しだけ———]
[ああ、大丈夫だ。そろそろ廃車にする予定の車だったから。 七海ちゃんに気にしなくていい、想定済みだと伝えてくれ]
お父さんの言葉に沈んだ気も晴れて、楽しい旅行は続行した!
・・
・・・・・・
やっと見つけた村山市大淀の最上川。
山沿いの紅葉が映え、それはもう素晴らしい絶景だった。
そこで頬張るおにぎりは、何よりのごちそうだった。
「七海、何か一句発表して! 」
『最上川~...おにぎり食べて、菓子食べて。 新井七海』
「ははは。いつも食べ物ばっかり」
「そうだよ。食べ物は季語の代りにもなるって聞いたことあるよ! 」
「えっ、噓でしょ!? 」
「うん、嘘!! 」
私たちの笑い声が、秋の空に響くと、最上川の水面に波紋をつくった。
・・・・・・
・・
そして、いよいよ今回の旅のメイン、私たちは山寺へ到着した。
山寺とは『宝珠山立石寺』の通称で、その山門前のお店には『玉こんにゃく』が売っている。
これから登る1000段以上もの階段。そのパワーを与えてくれるという『力こんにゃく』。
当然、串に刺さった『力こんにゃく』は、私たちの胃袋へ!
私たちが階段を登り始め、さほどかからないところで松尾芭蕉は待っていた。
像を見つめ『あなたに会うため、ここまで来ました』と心の中でつぶやいた。
「「静けさや 岩にしみいる蝉の声」」
碑に刻まれた俳句を七海と一緒に読んでみる。
すると、『山寺を下りた時、自分の一句を発表しよう! 』と七海が芭蕉ゲームを提案した。
中腹の仁王像を通り過ぎ、頂上までは意外にもすんなり行けた。
やがて、ガイドブックや旅行ブログでも有名な岩の上の納経堂が見えてくる。
ここだけは絶対にはずせない景色だ。
「もっちん、これぞ風情の極みだね」
「まちがいない。お茶もおいしいし! 」
そして断崖絶壁に建てられた五大堂から見る絶景は、あまりにも爽快だった。
『身も心も解放する旅』にふさわしかった。
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山寺を降りると..
「はーい、課題発表! 私は最上川で一句読んだから、今回はもっちんの一句から、どうぞ」
「う~ん...」
『石段を 跳ね上がるよ 玉こんにゃく 柿沢 桃』
「95点! 」
「おっ、意外に高評価だね! 七海の番だよ」
『山寺の~ 登りし景色は 夢、成就』 新井 七海
私は七海の俳句を聞いて胸が熱い思いになった。
「どう? 」
「..う~ん、75点! 」
「なんで~? 」
「だって食べ物が入ってないもん」
「ははははは」
そんな風にふざけあったけど、本当は凄く感動したよ、七海。
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その後、道中のドライブインで食事をした。
「ねぇ、七海、米沢牛ってあるよ! 米沢牛! 」
「あ、ほんとだ、でも高くない? 3800円とかするよ。うわっ、こっちは4500円! 」
「こっちに1580円てのがある」
「これも一応、米沢牛だよね?? 」
「見た目も似てるし..こっちにしようか? 」
「うん、お財布にもやさしいしね。」
[ お待たせしました ]
ステーキ皿に乗せられた米沢牛らしき肉にナイフを入れる。
キリキリキリ...キーッ
(ん..んん!! ...き切れない)
ギリギリキリキリ...
「七海、なかなかに... これっ、しぶとい肉だね! 」
「う..ん.. パないっ! 」
ナイフで切れない肉に七海はたまらず嚙みついた。
ググッ...バッチン! キンッ!!
噛み千切った肉は勢い余って皿に叩きつけられ、跳ねあがった! 食器は大きな音を響かせる!
[ ありがとうございました ]
「まさか、見た目は米沢牛と同じなのにあんなに苦戦するとは思わなかったね」
「私、歯の間に肉の筋が挟まったよ」
「「ぷっ..あはははは」」
「今度はもうちょっとお金出して本物の米沢牛を食べようね! 」
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事故の原因と旅の思い出をひとしきり話し終えると..
「で、桃、俺へのお土産は何買ってきたんだ? 」
「お父さんにはこれ.. 」
「こ、これは! 将棋の置物.... 」




