言葉の重み②
桃が東京に来たのは、中学を卒業してからだった。
それまでは甲府市の酒折という町で母と、そして、長男が一緒に暮らしていた。
桃が小学生の時、父親と母親が離婚し、2人の兄と桃は、甲府市酒折にある母親の実家へ引っ越しをしたのだ。
桃と2人の兄は年が離れていて、桃が14歳の時、次男拓哉は21歳、長男大輝は24歳だった。
やがて、次男は大学を卒業し、就職をすると家を出ていった。
なぜ、桃が東京に出てきたのかというと、それは長男とのいざこざが原因だった。
親の不仲のせいなのか理由は不明だが、長男は17歳の頃から部屋に籠るようになってしまった。
それは甲府に引っ越した後も続き、彼は不満があるたびに部屋の中で暴れていた。
母親は負い目の為か、彼の好きなようにさせてしまった。
そして、桃はそんな母と口論するようになっていった。
「お母さん、お兄ちゃんがまた暴れてる。私、また投げつけた食事、片付けるの嫌だからね! どうにかしてよ!」
「じゃ、お母さんが片付けるから、桃は部屋に戻りなさい」
「 ....そういうことじゃないでしょ! お母さんっ! お兄ちゃん、ちゃんとさせないとダメだよ!!」
「あの子ももう少し大人になればわかってくれるわ」
「そんなこといってもお兄ちゃん、もう24じゃない! 拓哉おにいちゃんだってもう働いてるんだよ!」
「桃! 『誰々がどうだ』っていうことじゃないのよ。お兄ちゃんのことは大丈夫だから」
「もう、お母さんがそんなだから! 」
そして、桃は兄の部屋のドアを叩き、言ってしまった。
「いつまでそんなことしてるのよ! どれだけ私たちが迷惑してると思ってるの!? あなたなんか役立たずのクズよ!! どっか行っちゃえ! 」
その夜、兄は家出をしてしまった。
身延の道路を歩く兄が保護されたのは2日後のことだった。
その間、桃はずっと震えていたという。
『もしも自分のせいでお兄ちゃんが.. 』そう思うと怖かった。
その後、中学を卒業すると、桃は父親を頼り、柿沢自動車整備会社の2階で一人暮らしを始めたのだ。
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「桃がその話をしたのは1回きり。お兄さんがその後どうなったのか、私は知らない。
仲直りしたのかも知らない。今晩、お酒が入ったことで、哲夫さんの『役立たず』という言葉に当時の事を思いだしちゃったのかもね」
「そんなことが.... 」
「ごめん、これ、今まで誰にも言ったことないんだ。秘密にしてもらえるかな。私、話過ぎたかもね」
「もちろん、誰にも言いません」
「哲夫さん、全然年下の私が生意気言うようだけどさ、きっと『役立たず』って自分で決める事じゃないんだよ。知らず知らずに、誰かの支えになっている事だってあるんじゃないかな。きっと、もっちんはそれを言いたかったんだと思うよ」
哲夫の胸に桃の言葉が蘇っていた。
『 哲夫さんは役立たずなんかじゃない。私に法律とか教えてくれたじゃない! 』
その言葉が今になって哲夫の心を熱くしていた。




