今宵はお日柄も良く。
「それでね、『なんですか? 』って言ったら、その秘書らしき人が『建立国民党のポスター貼らせてください』っていうの」
「ああ、よく来るやつね。うちはそういうのダメだから」
「うん、だから『ちょっと私じゃわかりません』っていったのね。そこで秘書の人が言うの『今日は先生も来ていただいておりますので』って。 そしたらGoサインが出たかのように『あがつま~たかおです』って物陰から出てくるんだもん。 わざわざ隠れて秘書の合図がでるまでスタンバイしてたんだよ.... 何かおかしくなっちゃって、ついつい『さっきからそこに居るの知ってました』って言うところだった」
「ははは、それ、言っちゃかわいそうでしょー! 」
「こんにちは、盛り上がってますね」
「ああ、登里さん、こんにちは。今日は? 」
登里さんは安井あおい損保社員でうちの担当者。
実習生の時にもいろいろお世話になった人。
「いや、今日はちょっと桃さんにお願いがありまして.... 」
「なんでしょう? 」
「実は急なんですが3日後に行われる『ヴィジョンFの会』に参加していただけないかと思いまして」
「えー、3日後? 」
「すいません。ちょっと次世代の若い募集人、特に二代目、三代目の方々が集まって意見交換と親睦を兼ねた会なんですが、参加人数が少なくて.. 」
「親睦会とかもやるってことですか? ..それちょっと嫌だな」
「いえいえ、それは別に出席していただかなくてもいいです」
「登里さん、困ってるの? 」
「はぁ、まぁ.... 」
「じゃ、昼の出席だけでいいなら行ってもいいですよ」
「ありがとうございます」
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『ヴィジョンFの会』に出席しているのは30代前後の男性ばかり、私はちょっと浮いていたような気がした。
跡を継ぐことに対しての不安などを挙手形式で語り、それについての解決法を事例に即して語り合うのだ。
そして最後に思わぬことが起きたのだ!
「では、最後にひとりひとり壇上で未来に対しての自分なりのヴィジョンを発表していただきましょう」
(え? え? ちょっと聞いていないんだけど.... )
「それでは、そちらの席の方から順番に! 」
(一番手、私じゃん! どうしよう。どうしよ!? )
「柿沢自動車整備会社の柿沢桃さん、どうぞ」
「えっと、えっと ..今宵はお日柄も良くご足労いただきまじてじゃなくて ..えっと ..
お招きいただき? .... だっけ?? 」
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その夜に宮野さんが訪ねてきた。
「はははは! で、おまえ昼なのに『今宵はお日柄もよく』ってあいさつしたわけ? 『ご足労』とか『お招き』までつけて! ずいぶんとご丁寧なあいさつだな」
宮野さんは涙まで流して大笑いしている!
「だって! あんなの聞いてなかったですよ! 壇上で、マイクなんかで。みんなに小さく笑われて ..もう恥ずかしい。今後、絶対にいかない、いや、いけない.... 」
さらに大笑いするその口に塩でも入れてやろうかと思った。
「 ..まっ、気にするな」
散々笑っといてその言いぐさはない..
「ところで、聞いたぞ。小早川の事。なんか『オイル入れを拒否られた! 』って息巻いてたらしいぞ。寺内さんが言ってたよ。」
「はい.. 小早川さんの陰険に私をなじる声が、お父さんの耳に入ったらしくて.... 」
「いいんだよ、それで。悪いのはあいつのほうなんだから。まぁ、でも、あいつがお前に対してツラく当たるのは、実際、俺にも責任があるのかもしれないな。お前には悪いことした」
「そんなことないです。あの時は助けてもらったんですから」
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それは私が実習生になって3カ月たった時の話。
その時、既に宮野さんと一緒に営業にまわらせてもらっていた。
「あの、宮野さん、今日の飲み会って知ってますか? 」
「いや、知らん。俺は酒飲まないから、そういう話はまわってこないんだよ。なんで? 」
「小早川さんに『今日飲み会だから』って誘っていただいたんですけど.. 」
「 ..ほぉ ....じゃ、俺も行こっかな」
スマホで呼ばれた場所は渋谷のとあるBARで、そこに小早川さんだけがいた。
「こんばんは、遅くなりました。すいません、小早川さん」
「やぁ、小早川さん、なんか飲み会があるってこいつに聞いたから、俺もいいかな? で、他の方々はまだかな? 」
「み、宮野さん、あなたもう飲まないって....っ」
「あっ、俺にウーロン茶、ひとついいかな? 」
会話はほとんどなく30分ほどして、小早川さんは『急用を思い出した』と言って、お金を置いて帰ってしまった。




