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第一話「……先輩?」

「にゃーん」

今のは猫ではない、先輩だ。


黒く長い髪をかき上げながら、普段からは考えられない程緩みきった表情をし、寝転がりながら猫と対話している先輩の声なのだ。

ぱたぱたと小さく足を揺らし、わき目もふらず身を投げ出しているその姿は、もはやどちらが猫なのかわからないほどにあまりにも無防備であった。

ロングスカートを履いているおかげで、よっぽど暴れなければ下着が見えてしまうようなことはないだろうが……時間の問題かもしれない。

しかし、今私が一緒にいるのは、本当にあの先輩なのだろうか。

そもそも、

なぜ私はこのめちゃくちゃ苦手な先輩と女二人で猫カフェに来ているのだろう。


*


 入学後の騒々しさも落ち着き、ある程度クラスのグループも決まってきたころ。

放課後になりカラオケやらゲーセンやらに行こうと盛り上がっているスクールカースト上位のクラスメイトを横目に、私、瀬戸 咲良(せと さくら)はひっそりと教室を出て文芸部の部室へ向かった。

彼女らと違い私は典型的な陰キャ女子、趣味は読書。残念なことに、友達と呼べる人間もいない。たまにライトノベルも読みはするが、読む本は純文学が多く、流行りの漫画なども知らない為、いわゆるオタクの人たちとも特に話が合うわけではなかった。

そもそもドライな性格なのであまり人が寄り付かない。

直した方が良いのだろうが、正直なところ一人でいる事が好きなので、私としては好都合である。

「さて……」

部室へ向かう途中の階段に足を掛け、上り始める。

静かに本を読みたいのだが、放課後の教室は吹奏楽部が個人練習で使うらしく断念。図書室は静かなのだが自習をする生徒が多く、ノートにペンを走らせる音で気が散ってしまう為パス。家に帰っても妹たちがドタバタとしているので集中できない、ということで、特にやりたいこともなかった私は静かに読書のできる場所が欲しいというだけの不純な動機で文芸部へ入部。ほとんどが幽霊部員らしいので部室を貸切り状態で使えることがほとんどだ。

これ以上私の求めている場所に適した環境はなかった。

……ある一点を除いては。


 部室へはほぼ毎日通っている為、顧問である豊橋(とよはし)先生からは自由に出入りできるよう部室の鍵を与えられていた。本当はだめらしいが、秘密裏にありがたく拝借している。

いつものように部室の鍵を鍵穴へ差し込み回すが、既に開いていた。

「げ……」

と小さく呟く。

そう、これが先ほど言った「ある一点」のパターンなのだ。

鍵が開いているという事は、先客がいるという事。

我が文芸部には部室の鍵を持ち歩く生徒が、もう一人いた。


扉を開ける。

部屋の窓からはほんのり光が差し込み、小さな埃が舞う様子がよく見える。

窓際では、一人の女性が座って本を読んでいた。

彼女は高浜 雪花(たかはま せつか)、文芸部の先輩だ。

顔立ちは整っているが、無表情でじっと佇むその姿はさながら人形……いや、マネキン。

居るのか居ないのかわからない奇妙な感覚、私はこの先輩がどうも苦手だった。

一瞬目が合う。

その鋭い目つきに怯まずにはいられなかった。

「あら、来たの」

凍えるように冷たい声でそう言い放ち、先輩はすぐさま読書へ戻った。

私が何か悪い事でもしたのだろうかと勘違いするほどの空気だ。

誰に対してもこんな感じなので、他の部員も怖がり長居しないのだろうなとつくづく感じる。

「……高浜先輩こそ、居たんですね」

私も冷たい態度で言葉を返した。

やはり苦手だこの雰囲気。

全ての人間を敵視しているような目、笑っているところなんて見た事もない。

何がそんなに不満なのかわからないが、とりあえず出会いがしらで睨み付けてくるのはやめてほしい。

私は先輩とは真逆の入り口に近い椅子へ座り、本を読み始める。

空き教室かと間違えるほど静かな部室に、ページの捲れる音が小さく響いた。


*


「帰ります」

案の定集中できなかった。

張り詰めた空気の中では入る内容も入らない。

私は今読んでいたページより数ページ前にブックマークを差し込み、鞄へしまい込んだ。

立ち上がり、扉に手をかけたその時。

「瀬戸さん」

不意に名前を呼ばれた。

呼び止められるとは思っていなかった。

驚きのあまり声が出ず、振り返ることもできず扉に手をかけた格好のまま停止する。

気に障ることでもしただろうか。

恐る恐る振り返り先輩の方を向く。

「……はい?」

また一瞬目が合い、再び私はその場で凍り付いたが、先輩はすぐに本へ目を落とした。

少し間が開き。

「……いえ、なんでもないわ、さよなら」

と言うと先輩は静かに読書へ戻った。

蛇に睨まれた蛙とやらのように静止していた私は、

「……どうも」

とだけ言い、部室を出る。

扉を閉じ、少し早い足取りで少し赤みがかった廊下を歩きだした。

先輩はなぜ私を呼び止めたのだろうか。

何を言おうとしたのだろうか。

驚きの反動で変な汗が出てきた。

いや私も「どうも」ってなんだ、仮にも相手は先輩だぞ。

不意だったとはいえ、もっとまともな挨拶はできなかったのか。

など若干の罪悪感と共に小さくため息をつき、自分の下駄箱から靴を放り出す。

結局一時間も居られなかったので読書も進んでいなかった。

明日は休日だし、帰ってから少し遅くまで読むとしよう。


*


 翌日。帰宅後にキリのいいところまでと本を読み続けていたら深夜三時になってしまい見事に寝不足な私は、お気に入り小説である『ねこが消えた町』の続編を買いに朝早くから街まで来ていた。

普段本は地元の小さな書店で買うのだが、今回は店舗特典でキーホルダーが数量限定で配布される。ファンとして手に入れないという選択肢は無いのだ。

しかし眠い。

買ったら近くの喫茶店で読もうかと思ったのだが、帰って寝ようか……などと欠伸をしながら考えているうちに本屋に到着。

無事本と特典を手に入れた私は、続編が読めるという期待と興奮で見事に眠さを忘れたのであった。

特典はまだかなり余裕があったようなので、午後でも良かったかもしれない。

一度行ったことがある読書のできる喫茶店を目指し歩く。

街へはしばらく来ていなかったこともあり、想像よりもかなり景色が変わっていた。

前まではラーメン屋だった所がタピオカ専門店になっていたり、コンビニの正面に違うコンビニができていたりと変化は様々だ。

早歩き気味になりながら喫茶店の前まできたが、移転の為休業中との事。

仕方ない、今日の所は帰って読むとしよう。

振り返り来た道を引き返そうとしたが、道を挟んで反対側のあるものに目を奪われ、立ち止まった。

「あれは……」

この辺りには無かったはず。

行ってみたいとは考えていたが、機会も無く結局利用したことが無い店。

少し離れた場所からでもわかる、店の中では小さな動物が歩き回ったり眠ったりしている。

そう、猫カフェだ。

「おお……」

と小さく声を上げ、店に近づく。

店の窓を隔てた向こう側にはアメショー、マンチカン、ラグドールなど、さまざまな種類の猫がそこにいた。

何を隠そう、こう見えて猫大好き人間である。

少し寄っていこうかとも考えたが、どうやらオープンしたばかりのようで店内は人で溢れていた。

これでは人カフェである。

また今度にしよう、と帰路に戻ろうとした。

その時だった。


「さくら~~~~~~~~♡♡♡」


時が止まった。

先程の店の中から私を呼ぶ声がしたのだ。

私を名前で咲良と呼ぶのは両親くらいしかいないのだが、今日は二人とも仕事で居ないはず……。

じゃあ一体誰が……?

窓の外からもう一度店の中を覗く。

以外にもその疑問は案外簡単に解けた。

店の中のコルクボートには人気ねこちゃんランキングという表記と共に「さくら」という猫の写真が第一位として貼られていた。

先程の声はその猫に向けられたものだ。

「さくら~~~こっちおいで~~~♡♡♡」

自分に言われているようでなんともむず痒い。

窓際の席に座るその女性の声に応えるように、少し離れた場所にいた猫が近づいて来た。

宝石を思わせるような黄色い目、真っ白な毛並みにほんのりピンク色の鼻をした美形猫、さくらである。

名前を呼んだら来てくれるサービス精神も踏まえると、人気ナンバーワンも頷ける。

「あ~~~♡♡♡さくら今日も可愛いね~~~~~~♡♡♡」

とさくらに話しかける女性はデレデレとした表情で……。


……ん?


一度窓から顔を離した。

見間違いだろうか。

私はあの顔を知っている。

知っている……はずだが、私はその表情を知らない。

他人の空似だとしっかり自分に言い聞かせ、もう一度、先ほどよりもゆっくり、窓から店の中を覗く。

整った顔立ちに、白猫とは真逆の吸い込まれるような黒髪。

間違いない。

そこにいたのは、


「……先輩?」


冷酷無情な姿とはかけ離れ、猫に顔を埋める高浜先輩の姿だった。

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