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09 はじめてのお茶会


午後の日差しが気持ちいい、晴れやかな青空の下。

手入れされた美しい薔薇と、大理石でできた彫像。大きな白いテーブルに並べられたお茶菓子。椅子に座っているのは、品よくお茶を楽しむ美しく若い令嬢たち。


一見すれば、優雅で楽しいお茶会――。そう、一見すれば。


私はスカートの横でぎゅっと手を握り締めた。深呼吸し、しっかりと前を向き、彼女たちに向かって一歩踏み出す。

これからの『戦い』で生き残るために。


***


話を遡ること数時間前。


衣装ルームの鏡の前で、私はくるりと体を回転させて全身の最終確認をしていた。

今着ているピンクベージュのドレスは、ルイが選んでくれた中の一着だ。昼用のドレスのため肌の露出は抑えられており、手首までレース生地の袖がある。スカート部分は、薄いオーガンジーの生地が何層にも重なって作られており、ふわりとした柔らかなボリューム感を出していた。


「可愛いです、お嬢様ぁ!」

メイドのアナが、目を輝かせてそう言ってくれる。

「ありがとう。お世辞だとしても嬉しい」

「ティーパーティー楽しんできて下さいね! 伯爵家のお茶会だなんて、想像しただけでもうっとりしますよぉ〜」



そう、この日私は、コルディアーニ伯爵夫人主催のティーパーティーに呼ばれていた。

コルディアーニ伯爵家は中央の有力貴族のひとつで、王族の方々とも親交が深いという話だ。私をティーパーティーに招いてくれた招待主の中では最も高位であり、彼女の誘いを受けずに他のお茶会に参加するのは無礼にもとれるため、最初に参加することに決めたのだ。


「私はうっとりより緊張するよ……」

爵位だけでいえば、辺境伯夫人である私と、伯爵夫人であるコルディアーニ夫人とはほとんど同等ではあるのだが、実際の権力図はそう単純ではない。それにこちらは招かれている身なのだし、パーティーのホストに無礼のないよう気をつけなくては。

そんなことを考えながら玄関ホールへと向かうと、書斎で仕事をしていたはずのルイがいた。


「見送りに来てくれたんですか?」

「偶然だ」

「そうですか。ドレス、着てみたんですがどうですか? ルイ様が選んで下さったので、貴方好みの妻っぽくなってますか?」

「君ね……」

ルイは呆れたような目でジトりとこちらを見る。最近では、彼とこんな軽口を叩けるようにもなってきた。



「冗談です。けど、デュシェル家の夫人として、このドレスに恥じない振る舞いができるよう頑張りますね」

笑顔で気合を入れる私を見て、ルイは少し考えるように視線を彷徨わせた。


「……リアーネ」

「はい?」


「僕は女性の社交の世界を全ては知らないけれど、もし君が苦痛に感じるようなことがあれば、別に、僕の尊厳などは無視してくれていい。礼儀や立ち振る舞いなど気にせず、帰ってきて構わない。不快な思いをしてまで他人と交流する必要なんて、どこにもないのだからね」


何の話をされているのか、よくわからなかった。けれど、どういう意味ですか、と聞けなかったのは、ルイの表情が真剣だったからか、その声色がいつになく柔らかだったからだろうか。

私はただ彼を見上げ、わかりました、と頷いた。


ただ、お茶会に参加するだけだ。何をそんなに心配しているのだろう? 当然、緊張するし、もしかすると嫌な思いをすることもあるかもしれないけれど……。人と交流するのは悪いことではないし、もしかしたら新しいお友達ができるかもしれない。そう思うと少し楽しみだ。


ルイは、他人と関わるのが苦手な人だからあんなことを言ったんだろう――と、この時はそう思った。


***


コルディアーニ夫人は穏やかで優しそうな女性だった。今年32歳で、旦那であるコルディアーニ伯爵との間には既に三人のお子さんがいるという。

「本日はお招き頂きありがとうございます」

「大したおもてなしもできませんけれど、楽しんで貰えたら嬉しいですわ」

夫人のにこにことした笑顔を見て、私も緊張が解れほっとする。お会いするのも初めてだったため、厳しそうな方だったらどうしようかと思っていたけれど、杞憂に終わりそうだ。


他のゲストたちが夫人に挨拶する様子を聞いていると、招かれているのは男爵家や子爵家の御令嬢や御夫人ばかりのようだった。年齢は、見た感じだと私より若い子が多そうだ。若干のアウェイ感を感じつつも、コルディアーニ夫人とは爵位も歳も近いほうだし、と自分に言い聞かせる。


招待客は10名ほどで、彼女らの家名は聞いたことがあっても、見知った顔はひとつもなかった。自分が今まで、いかに中央の貴族家と交流してこなかったかが突きつけられる。――だからこそ今日は、少しでも良い縁が作れるように頑張ろう。

ホストに促され、皆が席に着こうとしたその時だった。



「あれっ? お姉様ぁ?」

聞き覚えのある、甘い砂糖菓子の声がした。


振り返ると、彼女はキャーッと女学生のような無邪気な声を上げた。

「やっぱりリアーネお姉様だぁ〜! こんな所で会えるなんて、アンネ嬉しい〜。これって運命ですの? あたしたち、赤い糸で結ばれてますわ〜!」


アンネ・グラース。


先日社交会で会ったばかりの、グラース子爵家の御令嬢。そして恐らく、ルイに想いを寄せている女性。


「お久しぶりです、アンネ様。またお会いすることができて嬉しく……」

「あっ、あー。また堅苦しいんだからぁ、お姉様は。ていうか、ごめんねコルディアーニ様ぁ。馬車がトロくて遅れちゃって〜」

アンネは私の反応も見ずに、コルディアーニ夫人へとお喋りの相手を変える。彼女の振る舞いは良く言えば明るくフレンドリーで、悪く言えば軽率で馴れ馴れしい。何だか、台風のような女性だ……。



今日のアンネは、フリルを豊富にあしらったチェリーレッドのアフタヌーンドレスに、同じ色の日傘を合わせている。金色の髪は高い位置でツインテールにされていて、彼女がお喋りをするたびぴょこぴょこと揺れた。小さな子供以外であんなヘアスタイルをしている人を初めて見たけれど、なるほど、彼女になら似合っていた。


コルディアーニ夫人は、台風のようなアンネを前にしても、にこにこと微笑んだまま穏やかなペースを崩さない。

「皆様、お越し頂いてお疲れでしょうし、席に着いてからお話しましょう」


夫人の言葉に、各々席に着く。私はアンネとは席が離れているし、少しはゆっくりできそうだ。

アンネに対しては、正直少し苦手意識がある。無邪気で自由奔放そうに見えて、何を考えているのかよくわからない。それに、彼女の想い人であるルイと政略結婚した罪悪感のようなものもあった。負い目を感じるのも間違っているとは思うけれど、そう簡単に割り切ることもできない。


「今日は、あまりゆっくりお話したことのない方が多いのですけれど。わたしくし、皆様のことを良く知りたいと思って御招待させて頂きました。たくさんお話を聞かせて下さいまし」

皆、夫人と特別親しいわけではなく、私と同じような立場なのだと知って少し安心する。アンネはかなり夫人と親しげに見えたけれど……、いや、あれは彼女の性格だろう。二度目に会っただけの私にも、あのテンションだったし……。



「知りたいと言えば、私、リアーネ様について詳しく知りたいです」

青いドレスを着た令嬢が、こちらを見て言った。

「地方の――、辺境伯家の方とお話しする機会が普段ないものですから。中央から随分遠いところでしょう? その……、普段は何をなさっているのかしら」


「私も気になりますわ」と、周りの令嬢たちも私に注目する。いきなり話題の中心に置かれて驚いたが、確かに彼女たちの中では浮いた存在なのだし、興味を持たれるのも仕方ないか、と考える。


「そう、ですね。辺境伯家の最も重要な仕事は国境の警備ですから。辺境伯は国境騎士団の最重要責任者として管理や指示を行なっています。とは言え、今はありがたいことに平和な世の中ですから、隣国との交流を深め友好関係を築くことに重点を置いています。毎日の主な仕事としては――」


暫く説明したところで、はっとして口を噤む。令嬢たちが皆、困惑したような表情でこちらを見ていた。コルディアーニ夫人だけが、にこにこと変わらぬ笑顔を浮かべてくれていたが。


私は何か失敗してしまったんだろうか? そうだ、こんなティーパーティーの席で、面白くもない仕事の話を長々とするものではない。きっと彼女たちは、私の私生活について聞いてくれたんだろう。

自分の頬が熱くなるのを感じながらも、私は何とか話題を変えようと努力する。


「すみません、こんな話はつまらないですよね。えっと、皆さんの話もお聞きしたいです」

……ティーパーティーに相応しい話題がわからず、丸投げしてしまったが。



「私はジュリエット様についてお聞きしたいですわ。随分と夫婦関係が良好なのですって?」

そんな声が上がり、私は話が移ったことにほっとする。なるほど、ティーパーティーは男子禁制の『女子会』でもあるのだ。恋愛や男女関係の話はトークテーマとして最適だろう。


話を振られたジュリエット――緑のドレスを着たブラウンヘアの女性――は、落ち着いた様子でティーカップを口に運んだ。


「えぇ」


そっけない返事と硬い表情に、私は僅かな違和感を覚える。


「教えて頂きたいですわ、良好な関係を続ける秘訣を」「今はもう結婚して5年目でしたっけ?」「羨ましいです」

令嬢たちが口々に褒め立てる。けれど何故かその言葉は文字通りの意味には聞こえなかった。くすくすという笑い声が、嘲るような色を帯びている。


「……夫婦良好の秘訣は」

ジュリエットは硬い表情を変えず、そっとティーカップをソーサーに置いた。その指が僅かに震えて見えた。


「耐えることですわ」


キャアッと、令嬢たちが嬉しそうな声を上げる。その中でジュリエットは、微動だにせず空を見つめていた。

これはきっと、ジュリエットには触れてほしくない話題なのだ。なのにどうして、彼女たちはわざわざこんな真似を? 私はコルディアーニ夫人に目を向ける。ホストである彼女なら、この場を何とかしてくれると思ったからだ。しかし夫人は、相変わらずにこにことただ笑みを浮かべていた。


……何なんだ、これは?


不気味だった。目の前で何が行われているのかわからない。得体の知れないものに対する恐怖。


「けれどジュリエット様」ジュリエットの隣に座る令嬢が、柔らかな笑みを浮かべながら言う。

「そうして耐えてばかりで……、自ら行動しないため、旦那様が目移りするのではなくて?」

今まで石膏像のようだったジュリエットの顔が、カァッと赤く染まり歪んだ――。



「あ! あの!」


ガタリと派手な音を立てて、私は思わず立ち上がっていた。

さっと、全員の視線がこちらを向く。ジュリエットも、泣き出しそうな潤んだ赤い目をしているが、私の行動に対する驚きの方が優ったのだろう。不思議そうな表情でこちらを見ていた。


「こ……、このクッキーとても美味しいですね。み、皆さんも召し上がりました? どこのお店のものかと、気に……なって……」


冷たい視線に晒され、後半は消え入るような声になってしまった。私はしおしおと椅子に座り直す。

あぁ、考えもなく行動してしまった。勝手に身体が動いたのだ。あのままではジュリエットは、怒り出すか泣き出すかしてしまいそうだったから。きっと彼女もそんな姿を周りに見せたくはなかっただろうし、結果的に良いとは思うのだけれど。


気まずい思いで顔を上げると、目の前の席に座っていた令嬢と目が合った。

彼女がにこりと笑う。


「そう言えばリアーネ様は、最近ご結婚されたんですって?」

「え? ……はい」

先程までジュリエットに向いていた令嬢たちの目が、全て私に向けられる。

「詳しくお話、聞かせて下さいな」

私は、ターゲットが自分に移ったのだと理解した。


続きは明日。

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― 新着の感想 ―
[一言] いくら平和な時代で辺境伯の役割が重視されなくなっていたとしても、伯爵とほぼ同じはないのでは? 辺境伯は侯爵相当なので(国家間が緊張状態ならより重視される)、そこは覆しようがないはず。 辺境伯…
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