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08 帰り道


「ありがとうございました」

馬車に戻り、家へと向かう。空は少し夕焼け色に染まっていて、家に着く頃には暗くなっていることだろう。

「それとすみませんでした。私の問題に巻き込んでしまって」


「別に。僕は自分のために行動したまでだし、君と結婚した時点で互いの問題は共有しているのだから、それについて今更謝る必要はない」

突き放すような言い方だけれど、私に気を遣わせないためなのだろう。


正直、今回はルイの言葉に助けられた。あの時ルイが答えてくれていなかったら、私はクラリスの問いかけに――政略結婚が間違っていると思わないのか、という言葉に、何も答えられなかっただろうから。何も言い返せずに、情けなくあの場を去っていただろう。

それから私は、クラリスの隣に立つ、エドワードの姿を思い返す。知り合って15年も経つというのに、今日見た彼は、私の知らない顔をしていた。


「――君は」思考に耽る私に、ルイが躊躇いがちに声をかけた。

「あの男に未練が?」



「……え?」


思いもよらない質問に、やや間抜けな声が出る。

「……いえ、まさか。無いですよ」


素直にそう答えるが、ルイは納得していない様子で私を横目に見る。

「では何故さっきから気落ちした様子でぼんやりとため息ばかり吐いている? 何を考えている?」


「私、ため息なんて吐いてましたか……⁉︎」

「はぁ? 鬱陶しいくらいにわかりやすく落ち込んでいただろう! 君のせいで馬車の空気が辛気臭くなっているんだよ、責任を取って理由を言いたまえ!」


自分がそんなにわかりやすかったとは。構ってアピールをしたと思われそうで、少し恥ずかしい。

確かに、ルイの言う通り気分は落ち込んでいた。説明するのも馬鹿馬鹿しいような理由だけれど、ルイの詰問から逃げられる気もしないので正直に答えることにする。


「逆、なんです。私、エドワードのことが全然好きではなかったんだなぁと、気付いて」

「は?」



理解できていなさそうなルイに、私はつらつらと説明する。

「確かにエドワードとの結婚は、親の決めたものでした。けど、これでも一応……愛があるんだと私は思っていたんです。燃えるような情熱とか、甘い雰囲気とか、そんなロマンチックな展開は彼との間にはなかったですけど。それでも生涯を共にするパートナーとしては、私なんかには勿体ないくらいの相手で。彼とは家族として支え合えればいいなと、思ってきたんです。それが愛なんだって」

私は静かに首を横に振った。


「けれど、今日のエドワードの姿を見て、間違っていたと気付きました」


クラリスを見るエドワードの瞳は、私が今まで見たことのない色をしていた。彼女を庇うようにして立つ姿も、名前を呼ぶ時の声色も、全部、私の知らない彼だった。


「私が彼に感じていたのは、ただの居心地の良さだったんです。いつも丁寧で、控えめで、私のことを優先してくれて――、当然ですよね、だって私は辺境伯令嬢で、彼は子爵家の三男。私の家のほうが爵位がずっと上なのだから。そんなことにも、今の今まで気付かなかった」


自分の愚かさに涙が出そうだ。


ルイはそんな私の話を、黙って静かに聞いていた。

「エドワードは、私に本当の姿を見せたことなんてないんだ、本音で話をしたことなんて一度もなかったんだって、気付いたんです。そんなことに、15年も経って今更気が付くくらい、私は彼のことを見ていなかった。私が彼の隣を居心地良く感じていたのは、彼が常に私に気を遣って、……私のことを辺境伯令嬢として扱っていたからだったのに」

私は自嘲気味に笑った。


「それに今日、エドワードと恋人を見て……、私、何も思わなかったんです。悔しいとか悲しいとか腹が立つとか、普通、好きな相手を奪われたら何か思いますよね? まぁ、多少気まずいとは感じましたけど……。だから、愛があるなんて思っていた自分自身の馬鹿さと間抜けっぷりに、落ち込んでいたんです。それだけです」


重い雰囲気になるのが嫌で、あはは、とわざと明るく笑ってみせる。

ルイは沈黙したままだった。こんな話を聞かされても、どう反応すればいいかわからなくて当然だろう。変な空気にしてしまった申し訳なさで、私が強引に話題を変えようとした時、

「そう言えば、明日は――」

「リアーネ」


はっきりとした声で名前を呼ばれて、驚いて口をつぐんだ。


ルイはまっすぐに私を見ていた。そういえばこの人は、初めて出会った瞬間からずっと、爵位も立場も関係なくずけずけと物を言ってきたな。辛辣で、偉そうで、話し方はぶっきらぼうで無愛想。けれど、決して冷たい人ではないと、今は思う。



「あの男が君にありのままの姿を見せてこなかったこと……、本音で語らえなかったことを君は自分の責任かのように言うが、果たしてそうかね? 彼が君の前でそのように振る舞ったことは、彼の選択なのだから。少なくとも君が気に病む必要はない」

ルイの言葉に私は小さく頷く。私を励まそうとしてくれているとわかったから。けれど、内心では同意したわけではなかった。


……私の家名のせいでエドワードに気を遣わせてしまっていたのだとしたら、もっと早く気付いてあげるべきだったと思う。


そんな心の中を見透かすように、ルイは私を見つめていた。

「……君と暮らし始めてまだ一ヶ月ほどだけれど」ルイが静かに言う。


「君が家名や爵位といった序列に拘らない人間だというくらい、僕でもわかる。目の前の相手と対等に話ができる人間だということくらいね。15年一緒にいた元婚約者がそれを理解していないのだとしたら、相手のことを見ていなかったのは、あの男の方だよ。君の家の爵位に気後れして、歩み寄りもしなかった。馬鹿で小心者の男だ」

それからルイは私から目を逸らすと、忌々しげに舌打ちをして言った。


「……だから君もつまらないことで落ち込むんじゃない。君はただでさえぼうっとしているのだから、あの男のことを考えている脳の容量が勿体ないだろう。もっと建設的なことにエネルギーを使いたまえ」



本当に、言葉遣いに棘があるなぁ。


けれど全く嫌ではなくて。むしろ不思議と心地良くて。私は、自分が自然と笑っていることに気が付いた。


「……何故笑う」

「いえ、あの……、ありがとうございます。ルイ様は、優しいですね」

「……意味がわからない。質問の答えにもなっていない。落ち込まれるのも面倒だが、笑っていても鬱陶しいね、君は。あぁ、もういい、何も喋るな」

そう言って、そっぽを向いてしまったルイの耳が僅かに赤く染まって見えたのは、窓から差し込む夕陽のせいだろうか。


私の中にあった暗い気持ちは、もうすっかり消え去っていた。

ルイはきっと、私に歩み寄ってくれている……と、思う。ただの、彼の生来の性格なのだろうけれど。理由が何であれ、私にまっすぐ向き合ってくれているのだから、私も同じようにルイに向き合いたい。歩み寄って、理解したい。もう二度と、何も見えていなかったと後悔したくない。

私たち夫婦の間に愛がなくたって、絆をつくることはできるはずだから。


感想、誤字報告ありがとうございます!拙作ですがこれからも見守って頂けると嬉しいです(〃ω〃)

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