06 ドレス選び
数日後。私とルイは予定を合わせ、馬車に乗り中央の街まで来ていた。
目的の場所は、貴族令嬢御用達だという巨大な洋装店。私は店のソファに座りながら、次から次へと紹介される色とりどりのドレスたちに目を回していた。
「こちらは若手デザイナーの新作――、お色も流行のレモンイエローとなっており非常に人気で――、一着は持っておきたいシルエットの――、ドレスとセットになった日傘もございまして――、こちらのドレスのデザイナーは昨年賞を――」
わぁそうですか、素敵ですね、いいですね、とか何とか、間抜けな相槌を打つ私の隣で、ルイは店のメイドに出されたティーカップを優雅に傾けている。
今日のルイの服装は、シンプルなモスグリーンのスーツに同じ色の中折れ帽子を合わせ、胸元には繊細なレースの白いジャボをつけている。薄金の髪とくすんだ緑色がバランスよく目に心地いい。彼には似合わない色なんて存在しないんじゃないだろうかとさえ思う。
毎日顔を合わせているのだからいい加減見慣れても良さそうなものだが、こうして他所行きの装いをした彼を見ると、やはりその造形の美しさにハッとさせられる。
「……何故ジロジロと見る? 僕ではなく服を見たまえ」
私の視線に気付いたルイが怪訝そうに聞いてきた。
「あっ、すみません……。あ、あの〜、私、ルイ様の御意見もお伺いしたくて」
慌てて目線を下げ、そう伝える。流石に堂々と見惚れていたとは言えない。
それにドレス選びの助けが欲しいのも本当だった。彼が自ら付いてくると言ったのだから、多少は選ぶのを手伝う気があるだろう。
ルイはティーカップをメイドに返すと、少し身を引いて私を眺めた。
「……ふむ、座っていてはわからないね。そこへ立ちたまえ」
「え……⁉︎」
「そこだよ」
促され、私は混乱しながらも、言われた通りにルイの正面に立つ。店主もいつの間にか空気を読んで部屋の隅のほうへ移動しているし、私だけ見世物にされている気分で落ち着かない。
ルイの切長な瞳が、私の姿を頭から爪先まで観察するように睨め回す。人間を見るのではなく、物の形を確認するかのような温度のない視線。けれどその冷たく真剣な表情すらサマになっている。こんなに綺麗な人に値踏みするように眺められ、私はいよいよ居た堪れない気持ちになってきた。
「あの、私じゃなくてドレスを見るのでは……?」
ルイは私の言葉を無視して、店主を呼びつけるといくつかのドレスを持って来させた。そこからはあっと言う間の手際の良さだった。
「ふむ、君はやはり、あまり濃くて鮮やかな色は似合わないね。薄い色でもパステルカラーよりは少しグレー味があるほうがいい。あまり装飾が多すぎるのも良くない。落ち着きのある洗練された雰囲気が似合う」
そんなことを言いながら、ルイはさっさっとドレスを選別していった。
「このウェスト位置は君の体つきに合わない。このデザインはリボンが大きすぎて君が着ると馬鹿みたいだね。こっちのドレスはレースが繊細で似合っている――」
そして最終的に、十着のドレスが私の前に並べられたのだった。
色やデザインは様々だが、どれも派手すぎず、それでいて優美な雰囲気が感じられるものばかりだ。
「……と、まぁ、これが僕の意見だが。尋ねられたから答えただけで、別に君は無理に従う必要はないし、好きなものを選んで着るといい」
ぶっきらぼうにそう言うと、さっきの真剣さはどこへやら、ルイは興味なさげに私から目を背けた。
私は呆気に取られながらも、「いえ、あの……、どれも素敵です。ありがとうございます」と、何とかお礼の言葉を呟いた。
***
そうして私は、ルイの選んでくれた十着の中から三着のドレスを購入した。
「僕の意見に気を遣う必要はないと言っただろう」
馬車へ戻った後、ルイはそんなことをぼやいた。
「え? 気を遣ったつもりは……」私はすぐに否定する。確かに最初は、彼の理想に合わせるべきだと思ったから好みを聞いた、けれど。
「本当に、素敵だと思ったからあの三着にしたんです。あ、もちろんルイ様のプレゼン力に圧倒されて納得してしまったっていうのもありますけど」あはは、と笑って私は言葉を続ける。「それに、ルイ様に選んで貰えて嬉しかったから」
ルイは少し目を見開いて、こちらを見た。
そうだ、あんなふうに、誰かに真剣に服を選んで貰ったのは初めてだった。
昔、エドワードに夜会のドレスはどれがいいか相談した時も、ウェディングドレスを一緒に見に行った時も、彼は「どれも似合っています」と当たり障りのない返答だった。それは私の意見を尊重してくれる彼の優しさだと思っていたから、不満を感じたことはなかったけれど。
どれが私に『似合っている』か、私以上に真剣に考えてくれたルイの気持ちが嬉しかった。
もちろん、こだわりの強そうなルイのことだから、あれは彼にとって服を選ぶ際の当たり前の行為なのかもしれない。嬉しいと感じるのも私のひとりよがりなのだろうけど。
「それにしても、ルイ様はお洋服選びがお上手ですね! 店主さんよりお店の人っぽかったですよ。お洋服がお好きなんですか?」
「それは褒めているつもりかね? ……別に格段好きではない。ただそういうことに触れる機会が人より多かっただけだ」
ははぁ、なるほど、と私は勝手に納得する。
「ルイ様くらいお綺麗でしたら、社交の場でも注目されるでしょうし、服を選ぶのも楽しそうですしね。私、ルイ様はお顔が美しいから何を着ても似合うんだ〜って思ってたんですけど、そっか、センスも良いからそんなに素敵なんですね」
ウンウン、と私は頷いた。美人は努力している、とはよく聞く言葉だけれど、彼を見ているとそれを身に持って感じさせられる。
そんな私を、ルイは眉根を寄せて見ていた。
「……君はそうやって、誰でも彼でも褒めそやすのが癖なのかね?」
私はハッとして、慌てて否定する。しまった。前回の失敗をまた犯してしまった……。
「ち、違います! 他所ではこんなこと言いませんよ。ただ、本当にそう思ったのでつい口を出たというか……。あっ、もしかして、ご不快でしたか⁉︎」
ルイほどの美貌を持つ人間なら、賞賛の言葉など言われ慣れているだろう。外見に対して他人から言及されること自体が煩わしいと感じていても不思議ではない。
いつもの調子で「不愉快だ、やめろ」と睨まれることを覚悟したが、ルイは私から目を逸らすと、
「いや……、君に言われるのは別に、不快ではない」
自分自身に確認するかのようにそう呟いたのだった。
続きは明日。