05 お茶会への招待状
ルイがパーティーに顔を出したと聞きつけて、デュシェル家にはあちこちから招待状が届くようになった。配偶者がいるとわかっていても、彼の人気は衰えないらしい。貴族男性が愛人を持つことは珍しくないので、きっと御令嬢たちも"その気"なのだろう。
そしてルイへの招待状に紛れて、私の元にも幾つか茶会への招待状が届いていた。
「ティーパーティーって本当にあるんだ……」
私は上品な香水の香りのする招待状を指先でつまみ、ブルーのインクで上品に綴られた文字を眺めていた。
「参加しましょうよ〜お嬢様! ガーデンで着飾ってアフタヌーンティー……きっと楽しいですよぉ」
花瓶の水を替えながら、メイドのアナはキラキラと目を輝かせている。
「デュシェル家って貴族らしい煌びやかな世界とは縁遠いじゃないですかぁ。親交の深いお家の方々も、貴族というより武人! って雰囲気の方が多いしぃ」
確かに彼女の言う通りだ。
デュシェル家は、国境近くである領土を他国の侵攻から護り国を防衛することで名を上げてきた。他国との争いが盛んだった時代は国王に信頼され、他の貴族家からも一目置かれていたようだが……。平和な今日においては、中央の政治から退いた粗野な田舎貴族という扱いに成り果てた。
「権力争いなんてごめんだし、私としてはありがたいんだけどね……」
だからティーパーティーにも興味はない、と私が招待状を机に戻そうとした時。
「いけません、リアーネ奥様」
ピシャリと、厳しい声が響いた。メイド長のマリアだ。
私が物心ついた時から教育係として働いてくれているマリアは、私の母親のような、祖母のような存在でもあった。もう60近いというのに、背筋はしゃんと伸び、いつもテキパキと動いている。
「奥様はもう、デュシェル辺境伯夫人となったのですから。今までのようにこの地に引きこもってばかりではいけません」
「ひ、引きこもってるつもりはないけど……」
「他の家々と交流し、繋がりをつくるのもまた奥様の務めであります。デュシェル家が孤立しないよう、もしもの時に他の家々から手助けを得られるようコネクションを作り支えるのも、大切な仕事なのです。それには他の御令嬢方とのコミュニケーションを、常日頃から大切にしなくては」
「う……」
マリアに言われると、納得せざるを得ない。
確かに母も、世話になったという貴族家に頻繁に手紙を書いたり、わざわざ遠方まで出向き挨拶に行ったりしていた。ただ、マメな人なのだと思っていたけれど……。
「わかった。仕事ならしっかりやるよ。……とはいえ」
私はソファから立ち上がると、自室に併設されている衣装ルームへと向かった。扉を開き、掛けられたドレスたちをざっと見渡す。
「ティーパーティーって何を着ていけばいいんだろう……?」
***
「……というわけで、街へドレスを買いに行こうと思っています」
昼食の席で、私はルイにそう報告した。
結婚当初は朝から晩まで家にいなかった彼も、最近は家でできる仕事が増えたらしく、三日に一度くらいはこうして顔を合わせて昼食を取るようになっていた。
「とりあえず、三着ほど購入しようと思うのですが。アクセサリー類は手持ちで事足りるので、予算は……」
外行きのドレスなどあまり着る機会のない人生を送ってきたため、衣装ルームにあるアフタヌーンドレスは、やや時代遅れだったり、私の年齢には不相応なものしかなかったのだ。ドレスコードは基本マナーであるし、必要経費だとは思うのだが……、着飾ることが好きな浪費家だと思われたら嫌だなぁ、と恐る恐るルイの表情を盗み見る。
「あぁ、構わない。というか、ドレス程度でいちいち報告など必要ないし、好きに使うといい」
「あ、ありがとうございます。でも、ドレスって結構ピンキリですよ? 有名なデザイナーのものだとかなりの値段がするし……」
貴族によってはお抱えのデザイナーがいたり、わざわざ業者を屋敷まで呼び寄せてドレスを購入したり、一度着たドレスは二度と着ない、なんて御令嬢もいるらしい。
しかしルイは事も無げに「所詮は既製デザインのドレスだろう?」と言った。「一からデザイナーに頼むわけでもないのだし、たかだか知れてるよ。というか、中央の街まで行くならついでにデザインから注文しなくていいのかね?」
「いやいや、必要ないですよ!」
私は慌てて断る。驚いた。
今まで、わざわざデザイン画から注文するこだわりの強い人もいるんだなぁ〜などと思っていたが、中央の貴族たちには案外普通の感覚なのだろうか。いや、それとも単純にルイが『こだわりの強い人間』なのか。……なんとなく後者のような気もするが。
「それで……」
私は気を取り直して、ルイに尋ねる。
「ルイ様はどのようなドレスをお望みですか? 希望のデザインや、色や雰囲気などがあれば参考にします」
この家の資産は今やデュシェル辺境伯爵となったルイのもので、彼のお金を使うのだから希望があれば聞くべきだろう。それに彼の奥方として茶会に参加するのだから、彼の求める立ち振る舞いをすべきだ。
しかしルイは、意外そうな顔をして私を見た。僅かに片眉が上がっただけ、というルイの微細な表情の変化に気付けるようになったのは、この一ヶ月間の結婚生活の成果だ。
「……それは僕に、ドレスの好みを聞いているのか?」
「はぁ、まぁ……、……あっ、もしかしてこれは個人的な質問に含まれますか? 答えたくなければ、結構ですので……」
「いや」
ルイは口元に手を当てると、暫し考えるように黙り込んだ。
「街へ行くのはいつだね? 僕も同行しよう」