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03 社交会


突然の招待から5日後。

メイドにドレスを着付けて貰いながら、私は憂鬱な気持ちで姿見を見ていた。

中央の社交会へ顔を出すなんて何年振りだろう。田舎貴族の催す小規模なパーティーに呼ばれることはあったものの、本格的な社交会にはもう何年も出ていなかった。ルイは付き添いとして居るだけでいいと言ってくれたけれど、やはり不安だ。


「箪笥の肥やしになってたドレスたちに、袖を通す日がやっと来たんですねぇ〜!」

誰よりも嬉しそうに、アナはドレスに合わせるアクセサリーを選んでいる。


今日選んだのは薄紫のイブニングドレスだ。タイトなシルエットは飾り気がなくシンプルだけれど、生地に入った細かな刺繍と、散りばめられ縫い込まれた小さな宝石のビーズが上品に華やかな印象を与えてくれる。

「体型が変わってなくてよかったよ……」

私は腰回りをチェックしながら安堵のため息を吐いた。あまりに急な予定だったため、新しくドレスを仕立てていては間に合わなかっただろう。


「それにしても大丈夫かな? 流行とかわかんないし、田舎っぽくてダサいとか馬鹿にされないかな?」

あらゆる方向から鏡を見て変なところがないかチェックする私に、メイドたちは「お綺麗ですよ〜」と励ましの言葉をかけてくれる。……申し訳ないけど、メイドが雇い主に送る言葉はアテにできない!


「まぁいいか、田舎者とか思われても実際その通りだし……」

そこそこで諦めをつけて、準備を終える。とは言え、今はもう私だけの問題ではないから心配なのだ。

私が馬鹿にされ嘲笑されることがあれば、夫であるルイの名も傷付けてしまうことになる。ただでさえ今夜は、ルイのために出席する夜会なのだから。


ルイが婿養子となり、正式にルイ・デュシェル辺境伯となったおかげで、彼の実家であるグラック家は国に抱えていた借金を返済し、その地位を正しきところまで回復しつつあった。社交会へ招待されることも増え、その招待の中には、グラック家が代々世話になってきた縁深い貴族からのものもあった。

グラース子爵家。彼らは、ルイが結婚したと聞き、是非とも夫婦共に社交会へ参加してくれないかと招待してきたのだ。


断ってもいい、と彼は言ったが、一応は妻なのだ。挨拶に行くのが礼儀というものだろう。


「すみません、準備に手間取ってしまって……」

大階段を降り、ルイの待つ玄関ホールへ向かうと、彼は深い紺色の夜会服を着てそこに立っていた。

ルイがこちらに目をやり、口を開く──。


「凄く……素敵です」彼が言葉を発するより先に、私は思わず口走った。


普段のシンプルなスーツと違い、生地は上等で、袖口には金糸で細かな刺繍が施されている。普段から美しい人だと思っていたけれど、思わず見惚れてしまうほど似合っている。


「あ……、もちろんいつも素敵ですけど、今日の服はとっても似合ってます! 肌が白いし髪も明るいから、暗い色で綺麗に映えるんですね。金が派手すぎなくて上品な感じで……。貴方のスーツが暗い色なので、私は薄い色にして正解でしたね。バランスが取れるから……。全然、並んで歩くには私なんかじゃ不相応ですけど、恥ずかしくないくらいにはなってますかね……? 大丈夫でしょうか……」


怪訝そうな、呆れたようなルイの視線に気がつき、私は段々と羞恥で赤くなる。

男性を女性の方から一方的に褒め称えてしまった! そんな行為は淑女がするべきではない。常識知らずでマナーがないと思われただろうか? だって仕方ないでしょ!? 芸術品があればその美を讃えずにはいられない、それが貴族のサガというもの……。


ぐるぐると脳内で言い訳をしている私に、ルイは手を差し出す。

「……行くよ」

「はい……」

落ち込みながら、私はその手を取り馬車までエスコートしてもらう。パーティーでは絶対にこんな失態は晒せない。気を引き締め、淑女としての振る舞いをしなければ……。


***


グラース子爵家の社交会は、私の想像していた以上に盛大なものだった。

今まで貴族の屋敷には何度も訪れてきたが、これは完全に"城"だ。数えきれないほどの馬車が次から次へとやってきては、派手に着飾った人々を降ろしていく。私のドレスはもしかすると地味すぎたかもしれない、と、この時点で早くも後悔し始めた。


ルイと共に、グラック家が世話になったというグラース子爵へ挨拶を済ませた後、グラック家の方々にも一通りの挨拶をして周った。ルイは私に「居るだけでいい」と言ったが、そんな言葉はまるで嘘だった。なんせ彼には全く愛想がないというか、他人とコミュニケーションを取る気が感じられないのだ。無愛想なルイの会話相手に気を遣って、あれこれとお世辞を言ったり話を広げたりしたのは私の方だった。

慣れない社交場で重労働をさせられ、すっかり疲れてしまった私はテラス近くの椅子に座り少し休憩していた。

ルイは飲み物を取ってくると言って離れたきりだ。



「こんばんは、見かけないお姉様」

甘い砂糖菓子のような可愛らしい声がして、顔を上げる。そこには薄ピンク色のドレスを纏った金髪の令嬢が立っていた。無駄な肉の一切ついていないすらりとしたスタイル。しかし決して貧相ではなく、出るべきところはしっかりと出ている。歳は19か20歳くらいだろうか。成熟した女性の体つきと、少女のような愛らしいかんばせ――。

私は慌てて立ち上がり、会釈をした。


「お初にお目にかかります。私はデュシェル辺境伯夫人、リアーネ・デュシェルと申します」

「あたしはグラース子爵家の三女、アンネ・グラースですわ、お姉様」

立って並んでみると、彼女は案外背が高い。私を少し見下げるようにして、アンネはクスクスと鈴を転がすように笑った。

「グラース子爵家の御令嬢とは、挨拶が遅れてすみません。本日はお招き頂きありがとうございます」


「お姉様かた〜い」

「……え?」


アンネは一歩私に近付くと、まるで古くからの親友かのように、ごく自然に腕を組んできた。

驚いて彼女を見る。

顔が近い。金色の長い睫毛に、つり目がちなブルーの瞳。カワイイ……。


「堅いし古臭〜い」

「古臭……!?」

「最近の都会ではそんな堅苦しい挨拶しないから! デュシェル家って田舎貴族だもんねぇ。わっかんないよねぇ。お姉様まだ24なのにババアと思われちゃいますわよ?」

「そ、それは困りますね……」


凄くズケズケくるなこの娘。子爵令嬢なのに? 田舎貴族とはいえ辺境伯夫人である私の方が爵位は上だ。ルイといいアンネといい、最近の中央ではそんな細かい爵位の上下関係など気にしないのだろうか?

……というか、私の年齢をどうして知って……?


「グラック家の借金肩代わりしてその代わりにルイを貰ったっていうから〜、どんな恐ろしい悪女が来るのかと思ったらチョ〜普通ですわね! 普通っていうか地味? 意外〜」

キャッキャと腕を組みながらアンネは軽く飛び跳ねる。

あれ? 私これディスられてる?



「ねぇねぇどうやってルイを誑かしましたの? 借金返済だったら、あたしだってしてあげるって言ったのにぃ。やっぱ爵位が高いから? 辺境伯なんて今じゃお飾りの爵位なのにねぇ? それともルイの弱みでも握って脅したのかしら?」

「え……、あの」

「ていうかルイはどこ? お姉様は放って置かれてますの? 可哀想に〜。代わりにあたしと遊びませんこと? 都会でのパーティーの過ごし方教えてあげますわ〜」

「ちょ、ちょっと待っ」

ぐいぐいと腕を引いて連れて行かれそうになるのを何とか抵抗する。なんだこの娘。このままじゃ不味い、気がする……。


「アンネ!」


ルイの声が聞こえた。

と同時に、アンネはぱっと手を離し、声のした方へと駆けていく。

「ルイお兄様〜っ!」

抱き付かん勢いで飛びつくアンネの頭を片手で抑え、ルイは冷たい瞳で彼女を睨みつけた。


「お兄様ひどい! あたしに黙って他の女と結婚するなんて! いったいどんな弱みを握られたんですの!?」

「喧しい。絡むんじゃない。……君、リアーネに妙なことをしていないだろうね?」

「都会のパーティーについて教え差し上げただけですわ〜?」

慣れた様子で言い合いを始める二人の様子を遠目から眺めて、私は理解した。


そうだ、あんなに美しい人なのだから、当然、彼のことを愛している女性がいるに決まっている。私が彼と出会うずっとずっと前から、彼を想い続けてきた女性がいるに決まっていたのだ。


アンネ・グラース、彼女がそうなのか。


ルイを見つめるアンネの瞳を見て、私はここにいるべきではないと感じた。

偽りの妻が、彼らの関係を邪魔するべきではないと。



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