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01 幸せな結婚式


晴れやかな青空の下、青々とした木々の木漏れ日の中の薔薇園で華やかにガーデンウェディングが行われていた。

品よく着飾った人々がシャンパングラスを傾け、楽しげに談笑する。白と薄黄色を基調としたウェディング飾りが、咲き誇る薔薇のピンクと調和し目に美しい。


──なんて素敵な結婚式だろう。


私は他人事のようにぼんやりと思った。

初夏の訪れを告げる温かな風が吹き抜け、私は髪飾りが飛ばないようにと左手で押さえた。と、同時に目に入る、薬指の煌めき。


──そうだ、これは私の結婚式だ。


右に目を向けると、白いタキシードに身を包み前を向く背の高い男性の姿。

薄金色の髪は細く柔らかそうで、凛とした眉の上で丁寧に切り揃えられている。切長で、冷たい印象を与える目元。薄いラベンダー色の瞳。

……綺麗な顔をしている。けれど、近寄り難くて温かみのない顔。


本日、私、リアーネ・デュシェルは、彼、ルイ・グラックと家名のために政略結婚を果たした。

愛のない結婚など、貴族社会にはよくある話。家のため、冷たく愛のない男の元に嫁ぐ可哀想なリアーネ……そう思われるだろうか?

否、これはルイ・グラックが、我がデュシェル家に婿養子となる形で結ばれた結婚であり、そもそも、この政略結婚を迫ったのは、私のほうなのだ。


何故こんなことになったのか? 話はどこまで遡ればいいだろうか。



我がデュシェル家は、辺境伯と呼ばれる、地方に領土を持つ田舎貴族だ。爵位こそ高けれど、現在は政に関する実権は殆どなく、中央の貴族たちから見れば取るに足らない存在かもしれない。

そんな田舎貴族の一人娘として生まれた私、リアーネは、中央の面倒くさい人間関係に巻き込まれることもなく、女ゆえに爵位を継ぐための教育を受けることもなく、ただ花嫁修行のみ済ませ、この田舎の地で両親に愛され、のびのび自由に育ってきた。

しかし男でなければ爵位を継ぐことができないこの国で、子宝に恵まれず一人娘しか授かれなかったデュシェル家は、家名を存続させるためには婿養子を迎えることが必然とされていた。


だからといって突然、顔も知らない男と結婚しろと言われたわけではない。


「お初にお目にかかります、お嬢様。私はエドワード・ギャルヴァンと申します」

これは私が9歳の頃の記憶だ。

目の前の少年は私と同い年くらいだと言うのに、ひどく大人びた仕草で私の手を取り、その甲に挨拶のキスをした。

少し癖のある栗色の髪に、べっこうのような瞳。口調も仕草も大人っぽいのに、笑うと乳歯の抜けたすきっ歯が見えて、何となくそれが好きだと思った。

ギャルヴァン家は我がデュシェル家と遠い親戚の関係にあり、エドワードはそこの三男坊だった。エドワードはデュシェル家への婿養子候補として、──つまり私の許嫁として挨拶に来たのだった。


幼い私にそんなことはよくわからなかったけれど、エドワードと私は、互いに幼馴染として親交を深めた。同い年だったエドワードと私はすぐに親しくなり、側にいるのが当たり前の存在になっていった。

そう、私はエドワードと結婚するのだと思っていたのだ。つい三ヶ月程前までは。


***


「──君、リアーネ」

名前を呼ばれ、意識が浮上する。

顔を上げれば、ここは薄暗い馬車の中で、外では既に日が沈みかけていた。目の前に座る男──ルイが私の顔を覗き込む。

「家に着いた。……帰るよ」

私はぼんやりと頷いた。


そうだ、結婚式を終え、目の前の男と夫婦になり、私達の家へと帰ってきたのだ。全てが夢の中の出来事のようだった。なにせ、三ヶ月という短い期間の間に、私の状況は目まぐるしく変わり過ぎた。

見慣れた屋敷の中に帰り、見知ったメイドたちの顔を見ると、幾ばくかは気持ちが落ち着いた。

ルイと私は結婚後、私の生家であるこの屋敷で暮らすことに落ち着いた。新居を建てることも可能だったが、領主の家として親しまれたこの屋敷にいたほうが領民も受け入れやすいだろうという結論だった。両親はやや山沿いの別邸へと移り住んだ。自然の中でのんびり過ごすことが夢だったらしい。


「……今日は互いに疲れただろう。戸締りをしてゆっくり休むといい」

それだけ言い残して、ルイは自室へ消えた。

夫婦の寝室はもちろん別だが、これは通常のことだ。慣習では、夜に妻の寝室へ夫が訪れ、寝室の鍵が開いていれば性行為の合意が取れたとみなされる。先程の言葉は、つまりはそういうことだろう。

互いに愛のない結婚だということは大前提であるし、もちろんこちらにだってその気はない。今の言葉は彼なりの気遣いとして感謝すべきなのだろう。


けれどメイドたちに花嫁衣装を脱がせて貰う自分の姿を鏡で見ながら、私は鼻の奥がつんと痛くなるのを感じた。

本当に綺麗な結婚式だった。素敵な花嫁衣装だった。偽物の愛を誓った、銀の指輪が薬指で輝いている。

人生に一度の美しいはずの瞬間が、少しの感動も喜びもないまま自分の元から過ぎ去ったのだという事実が、私にはどうしようもなく悲しかった。


***


三ヶ月前。

まだ雪深い季節の中、私と両親はあれこれと結婚の予定を練っていた。

「最近では梅雨の時期に式を挙げるのが流行ってるんでしょう?」と母。

「雨の中遠方から人を呼ぶなんて馬鹿げとるだろ! 春が一番いい季節だ」と父。

「でも春はちょっと今から急すぎません? 夏まで待っても……」「そう言い続けてリアーネはもう24歳だぞ! 婚期を逃すつもりか?」

やいやいと言い合いを始める両親の間に挟まれ、私はため息をつく。

「そうやって揉めるから24にもなっちゃったんじゃない……」


通常、この国での貴族女性の結婚適齢期は16〜23歳だ。

16になると社交会デビューを果たし、結婚相手を探す。私は相手がよく知った許嫁ということもあり、なんだかんだで結婚が先延ばしになっていたのだが。

「次の休みにエドに会いに行くから、その時にでもあっちと相談してみるよ」

そう言って、結論の出ない両親を黙らせる。

そう、もういい加減結婚について具体的に話を進めなくてはならない。日取りに、場所に、招待客に……、ウェディングドレスも。別にお金をかけて豪勢にするつもりはないけれど、せっかくなら素敵な式にしたい。だって一生に一度の、大切なものだから。

エドワードと相談する事柄を頭の中でリストアップしながら、私は彼に会える週末を待った。


久しぶりに会った許嫁は、どこか浮かない表情で私を彼の屋敷へと招き入れた。

幼い頃から何度も訪れているのだから、今更案内されなくともこの家の間取りは知り尽くしているのだが、相変わらずエドワードは紳士的に私をエスコートしてくれた。

応接室ではなく彼の部屋に通され、紅茶を淹れてくれたメイドが部屋から去ると、彼はソファには座らず私の向かいに立った。


「……今日、貴方を呼んだのは、私たちの結婚について話したかったからです」

わかってる、というように私は頷いた。

「私も。父も母も口出しばっかりでね。このままじゃ永遠に決まらないから、私と貴方で日程とか決めちゃったほうがいいと思う。私は貴方に合わせるけど──」

「リア」

呼ばれて、私は驚いて彼を見上げた。エドワードが人の言葉を遮るなんてことは珍しかったし、それに彼の声がひどく硬く緊張して聞こえたから。


「リア……、聞いて下さい。私は貴方との結婚を、取りやめたい」


数秒間、言葉の意味を考えた。

エドワードは悲しいような怒ったようなよくわからない表情をしていて、それでも真っ直ぐに私の目を見つめていた。

「……? それは、もう暫く式を待とう、という話?」

「違います。すみません……、貴方との婚約を、許嫁関係を破棄したいのです」

えぇと。

どういうことだろうか。

こんな冗談を言うような人でないことはわかっているし、きっと互いに何らかの誤解やすれ違いが生じているのだろう。話し合えばいい。それで解決するだろうと、私は本気でそう思った。

「……理由を聞かせて?」

人と人との溝は、話し合いで解決する。互いを理解して、受け入れればいい。今までそうやってきたし、これからだって──。


「好きな人ができました。本気で愛しています。だから貴方とは……結婚できない」


なるほど、話し合いで恋愛感情までは変えられそうにない。


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