(9) 久しぶりのホカホカご飯。
「それって本当に食べられるものなんですの? わたくし、ダークマターで治療院送りとか嫌ですわよ」
「つくづく失礼な奴だな貴様は!? ちゃんと食えるものくらい出せるわ!!!?」
そう言ってプンスカと憤慨する殿下を宥めて、大人しく待つこと十数分。
殿下に言われるまま小さなちゃぶ台と呼ばれる円卓の前で正座していると、トントントンやけに家庭的な音が聞こえてきた。
外の外見に似合わず設備はそこそこ充実しているのか、氷結箱から食材を取り出しては杖も使わず巧みに包丁を扱っている。
ジャッジャッジャーっとなべ底をかき回す音と共に、東洋産の白米が華麗に宙を舞う。
おぉ意外だ。
てっきり料理長の作った冷めた料理を文句を言いながら食べているイメージがあったのに。
「ずいぶんと手際がいいですわね。野菜がみるみる刻まれていきますけど、どういう風の吹きまわしですの」
「開口一番飯をたかった奴の言うセリフか。……一人も二人も同じことだ。この程度造作もない」
「ではチャーハンのついでにリュウモドキのスープもお願いしますわ」
「んな高級食材こんな下町にあるかッッ!!」
そう言ってドンと目の前に置かれたホッカホカのチャーハン。
一度確認するような目つきで殿下を見上げれば、顎をしゃくってみせる殿下の姿があった。
どうやらさっさと食えということだろう。
まぁ毒物混入の心配はないだろうし、そのメリットもない。
見た目はかなりうまそうにできているか、問題は味だ。
……これで不味かったら呪ってやると、スプーンを口に運べば、
「……おいしい」
複雑な感情が胸の中に飛びかい、堪らず顔をしかめるわたし自身がいた。
粗雑な食材でここまでおいしく仕上げられるとは、なかなかの腕前だ。
目の前のボッチ殿下のドヤ顔がさえなければ、今すぐにでも称賛してやってもいいのだが、
「ふふん。どうだ強欲の令嬢と呼ばれる貴様でも少しは俺のことを見直したんじゃないか」
「ええ、非常に残念です。ここでメシマズ展開を期待していましたのに……殿下には失望しましたわ」
「そこまで言うか!?」
そうしてやけにオーバーなリアクションを決めてみせる殿下を尻目に、久しぶりの食事らしい食事を楽しむことしばらく。
静かに食事を終えたあと、わたしは胸ポケットにしまっていたハンカチを取り出し、口元を拭っていた。
「東洋のセイユの味付けがまだまだですけど、陛下のへっぽこな腕を差し引いてもまぁまぁな出来でしたわね」
「……三人前も豪華に平らげておいてよく言えるなそのセリフ」
「令嬢ジョークと言うやつですわ。昨日から碌なもの食べていなくて困っていましたの。
殿下は将来、料理人に転職なさったらいかがです? 援助しますわよ?」
「かんっっぜんに厭味だよなそれ」
そう言ってしかめ面をしてみせる殿下が手際よく、汚れた皿を片付け始め、
水の張ったシンクに沈めては、軽く流水で洗い流し、乾いた布で丁寧に拭いってみせた。
「手伝いましょうか」
「別にこの程度の家事、貴様の手を借りるまでもない。後で何されるかもわからんし、そこで大人しくしていろ」
「別にとって食べたりしませんわよ? そこまで邪見にしなくてもいいのに」
「貴様――つい最近、この俺に魔法ぶっ放した事忘れてるだろ。庭園で極大魔法なんぞ放ちおって危うく死ぬところだったんだからな」
ああそういえばそんなこともありましたわね。昔のこと過ぎてすっかり忘れていましたわ。