(8) グラン殿下の意外な特技――
◇◇◇
そうして子どもたちと別れしばらく。
導かれるように殿下の後を追い、普段立ち入ることはないであろう貧民街の奥まで歩いていくと、そこには奥まった路地の一角に妙に真新しい掘っ建て小屋があった。
貧民街の路地裏通りにしてはやけに真新しい頑丈な造り。
別荘とは名ばかりで、決して王族が寝泊まりしていいような物件出ない事は確かだが、
少なくともわたしには王族の息子が変装してまで訪れるような場所だとは到底思えなかった。
そうして殿下に案内されるように最低限のプライベートを死守するカーテンをくぐれば、 案の定、やけに荒れ果てた質素な部屋が広がっていた。
期待を裏切らない殿下の意外性は相変わらずのようだが、こんな時まで発揮しなくてもいいと思う。
というよりここは――
「俺の秘密の別荘だ。貴様のような悪役令嬢と一緒にいるなんて面倒な噂が立つのは面倒だし、
貴様にやられた部下たちのメンツもある。貴様を止めるのは今夜一晩泊めてやるだけだからな!!」
「ええ、もちろんですわ。わたくしだって面倒な噂は御免ですもの。
近々ターミナル学園の宿舎に引っ越す予定ですし、それまでつなぎになれば十分ですわ」
どうやら少しばかりご立腹のようだが、いまは軽く身を隠せる場所があればそれで十分だ。
いい加減、魔法で身体を清潔に保つのも限界だったことだしちょうどいい機会だ。
とりあえず、無粋で無神経な殿下を後で外に叩きだすとして――
「なんですのこの悲惨な散らかりようは。これが王族の私室ですか」
わたしも研究が行き詰まると人のことを言えなくなるタチが、それにしたってひどすぎる。
異性の、それも殿方の部屋に招かれるのは初めてだが、
それこそ学園の玉の輿狙いの子たちがこの惨状を見たら落胆すること間違いなしだろう。
まぁ平民の殿方の部屋なら、こんなこともよくあることかもしれないが、
(ある程度、導線を確保してはいるが、とても客人を招けるような状態じゃありませんわね)
コレがわたしの宿敵とは、泣けてきますわ。
そして当然、若い男女が二人。密室(笑)に閉じ込められればなにも起きるはずもなく――
「脱ぎ散らかされた衣類に汚れっぱなしの食器、これはまさか、春画というやつですの? まったく未来の王さま候補が嘆かわしい。一人遊びもほどほどにしたらどうなのですか?」
「やかましいわ!? というか勝手に部屋を漁るんじゃない!! お前本当に箱入り前の淑女か!? 異性の部屋に招かれたんだから少しはしおらしくしてみたらどうだ。ええいい勝手に触るな貴様は俺の母上か!?」
「冗談じゃありませんわ。何を気持ち悪い妄想をしているんですの。わたくしはこれでもアリュミナル家の令嬢ですのよ? いずれはどこぞとも知らない殿方に嫁がされる身。色々と予行練習など等にすませております。それに――」
この程度の事態を想定せずしてなにが貴族令嬢だ。
ご令嬢限定の秘密の花園ではもっとエグイ会話が飛び交っている。
男女のアレコレ等、多感な彼女たちの妄想力を持てすれば次元を超え幻想的なまでに再現可能だ。
今更、春画の一つや二つ見つかったところで慌てふためく歳じゃない。
(まぁ実物は初めて見ましたけど……)
やけにスレイダーな薄着の美女の映った写真集をそっとつまみ上げるようにしてテーブルの上に放り投げてやれば、表紙が目に入ったのか。グラン殿下がすごく居た堪れないと言いたげな表情になった。
いくら高貴な家柄とはいえ、やはりそこら辺の事情は変わりありませんのね。
殿下ならその無駄に整った顔で一人二人引っ掛けてやれば、屋敷に連れ込むなど簡単だと思いますのに。
というか――
「それで先ほどからゴソゴソしてますけど……殿下は一体なにをなさっていますの? 秘密のお宝をまだお持ちならいっそわたくしの魔法で燃やして差し上げますけど……」
「馬鹿言うな!! あれを手に入れるのにどれだけ苦心したかわからぬのか貴様じゃなく――あれだけ派手に腹を鳴らしといてよく言えるな。飯を作るんだよ飯を」
「殿下が、料理ですの?」
キョトンと目を丸くしてやれば、大きく鼻を膨らませてどこからともなく大きな鉄なべを取り出してみせる。
確かにどんな感じのエプロン姿は様にはなっているがいまいち想像できない。
まぁこのカオスな空間にエプロンが存在したこと自体驚きなのだが……