(3) 孤高の第一王子、グラン・キリシュタリア殿下
◇◇◇
反射的に声のする方へと視線を飛ばせば、庭園の入口。
群がる女性の人垣が割れる道から見覚えのある男がゆっくりと歩いてきた。
ざわめく歓声と戸惑いが彼の容姿の良さを表現しているが、
その姿を一言で言い表すのなら形だけの『なりきり馬鹿』と言うべきか。
学生服の上に付けた真っ赤なマントに、自分の地位を主張するかのようないかにもな王冠。
明らかに整いすぎる容姿とファッションセンスがあっていない。
だがその胸に輝く大鷲と魔法の象徴である五芒星の紋章は紛れもない本物で――
「グラン殿下……なぜあなたがここに?」
「知れたこと。とある小娘から救援要請を受けてな。空気も読まぬ馬鹿どもが花園にいるから何とかしてほしいと泣きつかれたのだ」
誰が言ったのかはわからないが、恐る恐ると言いたげな男の声にはっきりと切り捨てるように低い声が轟く。
どこか虫の居所が悪いのか、殿下の放つプレッシャーにどこからか息を呑む声がどこからか聞こえてきた。
「それでこれはいったいなんの騒ぎだ。男子禁制の秘密の花園に踏み込むだけでなく、多くの淑女の前で杖を抜くとは。貴様ら謹慎だけでは済まされない蛮行だぞ」
「そ、それが――このローラ嬢のお屋敷が炎上して行く当てもないと聞き――」
「それで致し方なく踏み込んだと。まったく民を守る魔導士候補生のすることではないな。
相手が魔女であれレディには紳士であれと教わらなかったのか。部隊長を務めるお前がそれでは貴様の父上もさぞ落胆するであろうな」
「――ッ、大変申し訳ありません」
悔しそうに顔を歪め、しぶしぶと頭を下げるお坊ちゃま一号。
まぁ相手が国王の息子となれば跪かずにはいられないだろう。
まぁ『腐れ縁』のわたしから言わせてもらえれば、快活な短い黒髪を風に遊ばせた背の高い殿方、と言えば聞こえはいいが要はそれだけしか取り柄のない男だ。
現に、整った顔立ちは『玉の輿になりたい令嬢ランキング1位』に相応しく、猛禽類のように鋭い目つきが静まり返る庭園を端から端まで見渡し、
その件の視線がわたしを捕らえた時、その整った眉間が僅かに歪んだのがわかった。
「また貴様か、魔性の。俺の部下をからかうのはやめてくれと言っているだろう――ローラ」
「あら、人聞きが悪いですわ殿下。わたくしはただこの庭園で彼女たちと優雅にお茶を楽しんでいただけ。わたくしにちょっかいを掛けてきたのは彼らでしてよ?」
「ふん、馬鹿を言うな。貴様がそうなるように誘導したのであろう。貴様には確かフィアンセがいたはずだが、まだ食い足りないようだな」
打てば響くとはまさにこのことを言うのだろう。
悪意を孕んだ厭味を口にすれば、雪だるま式に悪意の言葉が返ってくる。
わたしと殿下の仲の悪さは折り紙付き。
試しに親しみを込める意味でサッと立ち上がりドレスの裾をつまみ、カーテシーしてやれば周囲から明らかな動揺が膨らんでいった。
ああ本当にいいところに来てくれた。
グラン殿下の表情は相変わらず、とらえどころのないものだったが、彼に枝垂れかかるように頼み込めばとりあえず全部丸く収まる。
相手はこの国の王様候補だ。
いくら軍部に関わっているお坊ちゃまとはいえ、国に喧嘩を売る勇気はないはず。
あとはなし崩しに彼らにはご退散願えれば万々歳だ。
そう思って、この場を収める計略を立てていたのだが――
「それにしても庭園が修羅場っているから助けてくれと慌ててきてみれば、お前らはこの女を取り合っていたのか? 貴様らずいぶんと趣味が悪いな」
ピシリと空気が凍り付いた音を初めて聞いた。
四人組の男たちはみんな顔を強張らせて、アワアワと顔を青ざめているが肝心のグラン殿下はその様子にも意にも返さずにただ淡々とくだらなそうに肩をすくめてみせた。
「たしかに見てくれはまぁまぁだがこの女狐は、究極の自己完結の成金だぞ。
どうせ、あなたにしか頼れるものがない、とか言って乗せられたのだろうが――やめておけ。
こんな女の為に杖を抜くくらいなら、勉学に心血を注いだ方がまだ有意義な青春の使い方だとなぜわからんのだ」
「し、しかし御言葉ですが殿下。ローラ嬢が王国随一の魔導の担い手なのはご存じのはず。なにもそこまでおっしゃらずとも――」
「だから貴様は阿呆なのだ。見てくれに騙されて本質を見失うから罠にはまる。あれは近寄ってはならない化生の類だ。文字通り骨までしゃぶりつくされても知らんぞ」
殿方その一のフォローもなんのその。
お前にだけは言われたくない、と本気で叫びたくなる暴言を振りまいては悦になこのしたり顔。
傲慢を通り越してなんて不遜な言い分だ。ピクピクと額の血管が蠢きだす。
我慢、我慢だわたし。相手は王族、せっかくの生贄だ。ここは我慢しなくては今までの努力が無駄になる。
「あ、あらあら何をおっしゃっていますの殿下。わたくしが化生などと、未来の防人候補生にそのようなことするはずないじゃありませんの」
「ふん、貴様のその猫かぶり。節操無しは相変わらずのようだな」
ブッッッチリ、と血管がブチ切れる音を聞いた。
「お褒めいただき、ありがとうございますわ。グラン殿下も相変わらずボッチのご様子。弟様に人望で負けていては次期国王『候補』として国を任せられないのでは? 背中のマントが痛々しく見えますわよ」
「ほほぅ、まさか貴様の口からそんな殊勝な言葉が飛んでくるとは思わなかったぞ女狐。この俺も貴様との因縁をいい加減断ち切りたいと思っていたところだ」
「あら、奇遇ですわね。わたくしもですわ」
そうしてお互い「おっほっほー」「あっはっはー」と白々しい高笑いが庭園に響き渡り、
導火線に火をつけるが如く視線の火花が交じり合った瞬間――
グラン殿下とわたしの『とっておき』が学園内に炸裂するのであった。