(2) モテモテなのも困りものです
◇◇◇
アリュミナル邸宅が炎上する少し前、
聖都ターミナル学園の前夜祭はお貴族様が通う学校とは思えないほど野蛮な空気に満ち満ちていた。
誰も彼もいいところを見せて評価されようと必死なのだろう。
魔導士として研究に余念がないのは結構だけどもうちょっと『人間』を保てないものだろうか。
誰も彼も他者を出し抜いてやろうと虎視眈々と目を光らせるさまは同じ貴族出身として見ていて情けなくなる。
そんな目を血走らせ、ピリピリとした殺気と熱気が充満する昼休み。
温かな陽の光に包まれながらのんびりお茶会を楽しんでいれば、一目で最高級品室だとわかる学生ローブに身を包んだ男が三人、テーブルを取り囲むように立っていた。
そこには優雅たるべき魔導士候補生たちの高貴さなど微塵もなく、睨み合う生徒たちの顔色は余裕のなさが表れていた。
まぁあと十日後にキリシュタリア王が視察に来るともなれば、みな平静ではいられないだろうが――
「それにしたってこの状況はあまりにも予想外ですわね」
そっと重たい頭に右手をやれば、カツカツとわたしのヒールが短いリズムを刻んでいた。
お茶会と称した、ご令嬢限定の情報交換会。
わたくしの家に火を放ってくれやがった下手人を捕らえるため、持てる人脈を駆使して情報収集に勤しんでいたのだけれど、
「ほんと、どうしてこうなったのでしょう」
大きなため息を一つうち、わたし――ローラ・アリュミナルは天を仰ぐように視線を泳がせていた。
完全なあきらめムード。
ただの決闘ならよそでやって欲しいのに、なんでよりにもよってわたしの目の前で『どちらが先にローラ嬢に話しかけるか』なんてくだらない睨み合いに巻き込まれるなければならないのだ。
こちとら昨夜、屋敷が焼けて今日から帰る居場所がないというのに。
というか――
(あと一歩のところでご令嬢限定のパジャマパーティーの約束を取り付けられそうでしたのに。この男たちのおかげで今日転がり込むアテがかんっっぜんに潰れましたわ)
どさくさに紛れて、他人の屋敷に転がり込む手はずだったのに、鬼気迫る殿方たちの登場のおかげで気の弱いご令嬢たちはみんな蜘蛛の子を散らすようにどこかへ行ってしまった。
まったく学園内でいくつ怨みを買ってきたか覚えていないが、意図してわたしをイラつかせるためにやってきたのだとしたら天才だ。
全員もれなくこの場で呪ってやりたいところだが――そうはいかない。
「それで皆々様、わたくしに何の御用ですの?」
外向け用の愛想笑いを浮かべ、この場を仕切り直すように短く柏手を叩いてやれば、
今までお互いをけん制し合っていた男たちの目が、わかりやすいくらい安直に興奮しだした。
捲し立てるような怒涛のアプローチが飛んでくる。
「昨夜、アリュミナル家のお屋敷が炎上したがと聞いてね。同じ貴族のよしみで困っているだろうからこうしてはせ参じたのさ。どうかな今宵、マリオネ家の本家に来る気はないかい?」
「おい抜け駆けは許さんぞ。ローラ嬢をお助けするのはこのヴォルフ家の正統後継者たるわたしだ!!」
「馬鹿言うな。貴様のような脳筋に繊細な彼女を迎えられるはずがないだろ。俺様こそがローラ嬢の婚約者に相応しいのだ。木っ端共は控えよ!!」
そう言って下心丸出しな世間知らずなお坊ちゃんが三人。
わたしを取り囲むようにして陣形を固め、恥ずかしげもなく杖をもって脅し合うではないか。
まったく魔法界の質も堕ちたものだ。
うら若き乙女を前に完全武装とはいつになく情熱的なお誘いだが、表情から察することのできる剥き出しの殺気を隠すつもりはないらしい。
身なりからして軍の内部にガッツリ関わっている教育を受けているくせに、なんで乙女心の機微に気づけないのだ。
「(もう一回母親の胎内の中から乙女心を学んでこいと罵倒してやりたいですわね)」
チラリと周りに視線を巡らせれば、面倒ごとに巻き込まれたくないのか。みな戸惑いつつも静観の構えを見せている。
まぁわたしも同じ場面に遭遇したら、彼女らと同じように我関せずとどこかへ歩いていってしまうが――
(いつもならこういう面倒事は取り巻きのみなさまにまかせるところですけど今はわたくし一人。
忌々しい炎上騒ぎさえなければこんな殿方など一蹴しているのですが、そうもいっていられないのが現実なのですわよね)
なによりここで彼らの提案を無碍にするのは時機が悪い。
いまでこそ忙しすぎる学園祭の準備のおかげで変な噂が出回っていないが、いつ尾ひれに火が付くかわからないのだ。
ここで面倒事を起こして『敵』に隙を見せるのはよろしくないし、いまこの場で弱みなど見せようものならハゲタカのように食い散らかされるのが目に見えている。
今後、彼らを手のひらでコロコロすることも考えるならば、次期アリュミナル家の正統後継者たるわたしが穏便に彼らの相手しなくてはならないのだが、
「その相手がよりにもよって魔導軍部の防人候補生たちとは、間の悪いことこの上ないですわね」
「うん? 何か言ったかローラ嬢?」
「いいえ、なにも」
誰にも聞こえないようにそっと息をつき、純度100%の社交スマイルを浮かべてみせる。
すると、バッ!! と勢いよく顔のいい男たちがわたしを見下ろし、
「「「「それでローラ嬢はどの男を選ぶんだい!!」」」」
固唾を呑んで見守る貴族ボンボンのお坊ちゃんたち。
まったく自意識が必要以上にオーバーロードした殿方と言うのはどうしてこうも面倒なのでしょう。
そもそも、ここは日々の学園生活に疲れた令嬢がクラスで口にできないような秘密を語り合う場。
貴方たちのような方たちをお茶会の招待した覚えはないのですが……
「自分の好いた女性が困っているのだ。なにを置いても助けたいと思うのは当然だろう?」
「アリュミナル家の魔法科学技術がこの国から失われるのはあまりにも惜しいのだ。ぜひ復興に協力させてくれ」
はいそこです。いつわたくしが貴方がたを必要としましたか?
すり寄ってくるのならもう少し、下心を隠してきてくださいます?
「なにを言うんだローラ嬢。君もこの学園に通っているのなら、俺たちのこの杖を見てわかるだろう。俺たちは本気だ。君の為なら彼らを殺すのも辞さない」
いや、キリッじゃないから。厭味言ったのにわかってないのかこの脳筋共は。
(はぁ、今後の出世に使えると思ってキープしていたのに、ここまで本気になられると面倒ですわね。どうにかあしらう必要があるのですが)
周りのみんなが固唾を呑んで結末を見届けようとしているので、話題を逸らそうにも難しい。
こんな時にあの異様にモテる田舎娘がいてくれたら楽なのに。
彼らがどうなろうと知ったことではないが、いい加減面倒になってきたし杖で黙らせるかと懐に手を入れたところで――
「両者、杖を下せ!!」
凛と身体の奥に響き渡る声が乙女の庭園に響き渡った。