(16) 呪われし姫君は火刑に処され――
◇◇◇
叫びと同時に、閃光が交じり合う。
所詮はナイフと侮ることなかれ。
魔力の込められた武器は、鋼鉄をも切り裂く魔法と化す。
ましてや純粋な殺意と呪いを込められた傷は完治するのに時間が掛かる。
「貴様さえ、貴様らさえいなければ我ら一族は――!!」
「被害妄想もそこまでにしてくださいまし、呪った相手のその後などいちいち覚えていませんわ」
「うるさい!!」
鈴を擦り合わせるかのような甲高い音が庭園に響き渡り、火花を散らしてはせめぎ合った。
杖とナイフ。
二つの殺気が輪舞のように交互に繰り返され、庭園の花が夕空に舞い散う。
まったく、こういう役割は殿方の役目だというのに。
(警備兵はいったい何をやっているのでしょうね)
レディに荒事を任せるなんてなんて方々かしら。
何かしらの作為を感じるのはわたしだけだろうか。
アン、ドゥ、トロワのリズムで杖から魔法を放てば、お行儀よく左右に動いていたロザリアの体勢が僅かに崩れた。
続いて周囲の花に呪いを振りまいて成長を促せば、身動きを封じられたロザリアの身体が地面に沈み、胸ポケットから見覚えのあるものが零れ落ちた。
咄嗟に滑り落ちたナイフを踏みつけ、
「チェックメイトですわ」
そう言って足裏で暗殺者の動きを封じ、彼女の目の前に杖を突きつけてやれば、怨みの籠った視線が噛みつくように突き刺さった。
まったく、よくもまぁぴょんぴょん動き回る人ですこと。
やけに動けるのは普段の仕事ぶりから知っていましたが、
「よくもまぁここまでわたくしに気づかれず内緒で密偵してましたね。まさか我が家のメイド長が裏切者とはさすがのわたくしも驚きましたわ」
「くっ――、なぜ私だとわかった。候補ならいくらでもいるだろうに」
「はぁ、まったくあれだけあからさまな嫌がらせをしておいてバレないとお思いですか?
屋敷の放火に作為的な呪殺の数々。先日は暗殺者を放ってしてくれましたわね。どれもわたくしのスケジュールを理解していないとできない犯行ですわ」
「先帝を呪殺した貴様らが言えることか。貴様らの邪魔さえなければ、私たちは――」
「そういう恨み言はわたくしのご先祖様にしてくださいます? それにあなたが欲しいのはわたくしの命ではなく『これ』なのでしょう?」
そう言って胸ポケットから真っ赤なペンダントを取り出してみせれば。
それを見たロザリアから、牙を剥くような声が返ってきた。
「どうして、貴様がそれを。それはマリアさまの持ち物じゃあ――」
「魔導の、キリシュタリア王国によって滅ぼされたザフト王朝の後継者を象徴する龍脈石。
あんな下民の小娘がこんな宝物を持っていると知った時はわたくしも驚きましたけど、少し拝借させていただきましたわ」
それはキリシュタリア王国が繫栄するひとつ前。
王国の魔導技術の発展によって飲み込まれた国の象徴だ。
竜と精霊の信仰によって栄えた国の成れの果て。
それは彼女――マリア・マクメネツが王族の血族である証明の一つで、
「旧王族の方々しか使えない光魔法の発現。精霊との対話。文献を調べたら簡単に出てきましたわ。
まったく――とんだ灰被りストーリーですわね。本人は貧民街の生まれだと信じ込んでいるみたいですけど」
母親の形見だと本気で信じ込んでいるあたりあの子のお花畑さは本物なのだろう。
あの小娘のことを思い出したら毒気が抜かれてしまった。
これだから純情少女を相手するのは嫌なんです。
「さてどうします? 降参するなら今のうちですわよ」
「ふん。私を衛兵に受け渡す気か」
「そんなもったいないことしませんわ。せいぜい、利用させてもらうだけですわ」
そう言ってロザリアの胸から零れ落ちた深紅のペンダントをチラつかせてやれば忌々しく顔をしかめる暗殺者の姿が。
今後散々利用される未来が見えたのだろう。
なぁにわたしはあの引きこもりと違って優しいですからそんな無茶は言いませんわ。
そうして今後の未来展望に花を咲かせていると、
「そう上手くいくかな」
とロザリアの乾いた言葉と共に、体表を覆っていた防御結界が突如として消失し――
作為的な大きな火花が夜空の庭園に咲き誇るのであった。