(14) グラン・キリシュタリアの騒がしい日常(グラン視点)
◇◇◇
そんなこんなでなぁなぁな関係が続いてからどれほど月日がたっただろうか。
例の怒涛の恩返し食中毒事件から一転。
アリュミナル家の令嬢。ローラ・アリュミナルはそれからちょくちょく暇を見つけては俺の別荘を訪ねてくるようになっていた。
なんでこうなったのか俺にもわからない。
気付けばキッチンやベットを我が物顔で占領され、床には明らかに男ものでない私物で溢れ返る頃には、ご近所さんに噂されるような近い間柄となっていった。
これを世間一般で言うと通い妻? と言うらいいが、
幸いなことにご近所さんが想像するような生々しい関係でなく、邪な肉体関係をもった事は一度もなかった。
買ってきた化粧品が気に入らなければ女性専門店に走らされ、脂っこい料理を出せばカロリーがなんだ美容に気を使えだのと文句を言われる毎日。
俺、こんなのでも王族なのだが「それがなにか?」と真顔で凄まれてしまえば、何も言えない。
本来は、煩わしい責任やプレッシャーから逃れるために建てた別荘だったが、それがまさかあの呪いの申し子と名高い女狐と生活を共にする日が来ようとは、
「人生何が起きるかわからぬな――」
父上が女性関係にはマジで気を付けろよ、とどこか遠い目で黄昏ていたのはこういうことなのか。
おかげで下町だけでなく「殿下にいい人ができたのではないか」という噂が学園内まで広がる始末だ。
いちいち否定するのも面倒になり、適当に話を合わせる程度にとどめているが
ひと月前の俺も未来の俺がこんな情けない姿を民衆にさらしているとは夢にも思わないだろう。
それにしても――
「初めての時は泣いて悲鳴を上げていたくせに、まさかここまで上手くなるとはな。正直侮っていたぞ――って搾り取られるッッ」
「ほらほらこの程度でもうギブアップですの? ついこの間まで初体験だった女に泣かされるなんて未来の王様が聞いてあきれますわね」
「なんだとコラ!? しつけがなっていないのは相変わらずだな貴様!!」
湧き上がる感情のまま無理やり体勢を盛り返してやれば「あん!? やりますわね……ッ」と艶っぽい息づかいが返ってくる。
責めて責められ搾り取られる。
夜も更けた薄暗い密室に二人の熱い息づかいが漏れ、怪しげな音がリズミカルに木霊する。
そして身の内に湧き上がるボルテージが一気に解放された時――
「あ、あ、ちょおまそれは――」
「これでフィニッシュですわ」
清々しく汗を滴らせるローラの勝利宣言に俺は魔水晶を投げ飛ばし、仰向けにひっくり返った。
シャトランジ。
魔水晶を媒介にして魔力空間を形成した仮想世界を伴った戦略遊戯の総称だ。
たまたま弟から送られてきた魔水晶に興味を持ったローラの強引な勧めでここ数日何度もプレイしてきたのだが、
「だあああああああああああああ負けたあああああああああ!!」
「相変わらず、周りが見えていませんことね。もう少しペース配分を考えた方がいいですわよ」
今回は自信があっただけに、上から目線で飛んでくる女狐のアドバイスは本当に悔しい。
「これで21戦18勝3敗ですわね。この調子だと殿下がわたくしにハンデを申しでてくるのも時間の問題ですわね」
「くそぉおおおお、そんなの認められるか!! もう一回、もう一回勝負だ」
「何度でもかかってらっしゃいな。返り討ちにして差し上げますわよ」
そう言って得意げに高笑いをキメてみせるローラ。
地位も立場も忘れて砕けた調子で遊戯を囲む。
昔の俺たちでは考えられなかった関係だ。
今でこそ俺たちは決して仲がいいという訳ではない。
所詮は互いを利用しあっているだけの間柄。
この関係もあと数日で解消されるだろう。でも――
(まぁ、あの女狐にここまで少女らしい素顔があるとは思いもしなかったながな)
いつもどこか達観したように、何かを諦め学園生活を送る彼女からは考えられないほど剥き出しの微笑み。
きっとアリュミナル家の令嬢に生まれさえしなければ、彼女はどこにでもいるただの女学生として生を終えたことだろう。
だけどこうして彼女の人となりを知ることができたのも、ひとえに俺が身分を偽り、そして彼女の実家が何者かによって燃やされたからに他ならない。
そうでなければ決して関わることのなかった縁だ。
「全てを失うことで見えてくる間柄か。本当に――皮肉なものだな」
「――? なにかいいました?」
「いいやなにも。今度こそ吠え面かかせてやるから覚悟しろと言いたかっただけさ」
どうせ、『女狐』とこうして気軽に会える時はもう一生訪れないのだ。
彼女が彼女として生きていられる時間は残り僅か。
俺は次期キリシュタリアの王として裁かねばならない裁定がある。
だからこそ俺は――
(最後の思い出でくらい、貴様の明るい笑みで締めくくりたいのだよ。ローラ)
そうして湧き上がる感情をそっと己の胸の内に隠し、俺とローラは互いの精魂が尽き果てるまでシャトランジを楽しみ、
崩れ落ちるように互いに身体を預け、訪れる最後の温もりに身をゆだねるのであった。