(11) 呪い、呪われ――眠り姫。
『とにかく、この秘密は貴様に守ってもらう。黙っていないとひどいぞ』
『ええ、わたくしもそこまで恥知らずではありません。一宿一飯の恩を受けましたし、承知しましたわ』
そういってお世辞にも立派とは言い難い別荘を出てから一週間。
意外なことにわたしは平和な学園生活を送っていた。
一週間も経てば平民出身の魔導科の方々にも屋敷炎上の噂を聞きつけたのか
わたしの何食わぬいつも通りの姿を見て、かなり驚いているようすだった。
こういうのはそれとなく情報を小出しに流して真相を捻じ曲げてやるのが一番だ。
結果、わたしの学園での地位は悲劇の令嬢として書き換えられて行ったわけだが――
「なぜその貴様がここにいる!!」
「なぜって、もう来るなとは言われておりませんでしたので」
そう言って慣れないエプロン姿で殿下を出迎えてやれば、愕然とした反応が返ってきた。
まさかこのタイミングでわたしと遭遇するとは思わなかったのだろう。
へたくそな鼻唄から一転、度肝を抜かれたような驚く姿は実に滑稽だったが
でもまぁ殿下の疑問に答えるとするならば――
「一宿一飯の恩、というやつですわ。借りっぱなしは気持ち悪いので」
「だからと言って何故よりにもよってメイド姿なのだ……」
「あら? 家庭的な女性はこの好みではありませんの? せっかく殿下のお好きな裸エプロンなる低俗な趣味を参考にしてみましたのに」
「貴様また性懲りもなく宝探ししたなッッ!?」
ええ、もちろん。完璧を謳うアリュミナル家の令嬢として最善を尽くさせてもらいましたわ。
まぁ隠し場所が安直すぎるというか普通過ぎで逆に引いてしまったが、どうして殿方と言うのはこうもわかりやすいのだろう。
メイド服を持ってこさせた時のロザリアのあの微妙な顔は今でも忘れられないが、
(それでもこの愉快な慌てようを見てしまえばお釣りがきますわね)
さてと、とりあえず殿下を揶揄うのはこのくらいにして。
「とにかく、お宝をベット下に仕舞う前に手を洗って食卓に着いてくださいませ。末代までの恥を必死に隠したい気持ちはわかりますが、まずはわたくしの手料理を食べられる幸せを噛みしめたらいかがですの?」
そう言って渾身の料理の数々を食卓に並べてやれば、殿下の表情があからさま強張ったのが見えた。
「おい、女狐。貴様、このゲテモノは一体なんなんだ」
「殿方はたくさん食べると聞いてわたくしが手づから取り寄せた品々を使ったフルコースですわ。
まぁ多少見た目は悪いですが会心の出来ですわね」
「貴様、正気で言っているのかッッ!? 毒物の間違いだろう!?」
まぁなんて失礼な。
わたしがわざわざ恥を忍んで取り巻きメンバーに「殿方にはどんな料理がいいでしょう」と聞いて取り寄せた珍味の数々をあろうことかゲテモノ呼ばわりとは。
「殿下。貴方、そんなんだからいつまでたってもボッチなんですわ」
「うるさい余計なお世話だわッ!? というかそもそも料理以前の問題であろう!? 貴様、どう調理したら食材をここまで悲惨にできるのだ!!」
「さぁ? レシピ通り作ったらこうなりましたの。まったくもって不思議ですわね」
「貴様の調理技術の問題だわたわけッ!!」と言ってワナワナと顔を青くして見せる殿下。
いち料理人(笑)としての本能が目の前の惨状を許せないのだろうが、そんなにひどい出来だろうか?
全体的に色味が紫色なくらいで味には関係ないと思うのだが――
すると「これを余が食べるのか?」とかブツブツ呟きながら額によくわからない汗を浮かべた殿下の顔にある天啓がよぎった。
「というより貴様、この食材を買う金はどっから出した。無事、寮暮らしとなったとはいえ貴様が無一文であることには変わらないはずだが……」
「ああ、それはもちろん殿下のお財布からいただきましたわ」
「貴様マジふざけんなよこのヤロウ」
そう言って堪らずといった様子で杖を抜いてみせる殿下。
その視線はわたしにではなくこっそり隠していたであろうへそくりの貯金箱に向けられていたのだが、
「まったく殿下の甲斐性のなさにはほとほと呆れますわ。まさか一国の王子の財産が金貨五枚も満たないとは――食材を吟味するのに苦労しましたわ」
「貴様なぁ!? 俺が身分を偽りここまでためるのにどれだけ苦労したかわかってるのか?」
「あら、一国を治める王様がそのようなけち臭いことをおっしゃるんですの?
そんなことでは器が知れますことよ? それと――全部せしめて銀貨十枚頂戴しましたわ」
「恩返しじゃなかったのかよ!! 貴様、よく人の金で呪いの塊みたいな毒物を錬成して金をとる気になれるな!? というか事後報告かよ!?」
「やっぱり貴様は悪女だ!!」という殿下の罵倒に「これでも屋敷が全焼したの、で」と言葉を返してやる。
まぁ騒がしい殿方は置いておいて冷める前に料理を食べなければ。
「おい、本当に食べる気か。なんかめっちゃぐつぐつ呪詛聞こえるんだが……」
「味見段階では大したことありませんでしたので大丈夫ですわ。もし万が一呪われたらわたくしが解呪して差し上げますのでご心配なく」
「これ食べ物なんだよね!?」
そう言って意気地がない腑抜けの代わりに目の前の怪鳥ゲバブの臓物スープを口に運べば、舌がはじけ飛ぶような刺激的なえぐみが広がった。
さすがは滋養強壮。魔力増強で名高い怪鳥ゲバブのスープ。
腹の奥底からスープが逆流しそうなほど刺激的な味だ。
「ほらなんともありませんわ。殿下はビビり過ぎなんですの」
「本当か? 自信満々に勧めた手前、引くに引けないとかそんなんじゃないのか?」
「まったくそんなことありませんわ。これだから見かけでしか人を判断できないお坊ちゃまは、問題は外側ではなく中身でしょうに」
「そんなことでは民を引っ張っていけませんわよ?」と言いかけたところで、視界が傾いたかと思ったら、ばたんとわたしの身体が横倒しになった。
おかしい。身体に力が入らない。というより若干、肌寒いような?
そうして一人、自己診断で身体の調子を整えていると
「ほら見たことか!?」と殿下の慌てたような声が鼓膜に響き、わたしの意識はゆるやかに暗闇の狭間へと消えていくのであった。