(10) 密室に若い男女が二人。なにも起きないはずもなく――
◇◇◇
まぁこの別荘(笑)の家主がくつろげと言っているのだ。
ここは殿方の顔を立てて素直にご厚意に甘えるとして――
そうしてきゅっきゅっと皿を擦る音が静かに小さな密室に響き渡り、手持ち無沙汰となったわたしはすっかり夕日の沈んだ世界を眺め、順繰りと部屋の様子を見渡していた。
改めてよく見れば、別荘と言うには狭すぎる部屋だ。
王族が隠れ住めるよなイメージできるような豪華な代物は一つなく、かといって不便かと言われればそこまでではない満ち足りた空間。
しかもやけに生活感があるということは――
「もしかしなくても殿下はここから学園に通っていられるのですか」
「……ああ、そうだよ。平日は学園の宿舎から通っているが、休日はもっぱらここに入り浸っている。悪徳令嬢と名高い貴様には理解できないロマンかもしれないがな」
そう言ってあらかた片付いたのか。ドカリとちゃぶ台の前に腰かけてみせる殿下が粗雑に緑茶を啜ってみせた。
普段はそこが定位置なのだろう。
まったくもって王族のふるまいじゃないが、彼らしいと思えてしまうのは何故だろう。
「それで貴様の両親はどうした」
「はい?」
「だから貴様の両親はどうしたと聞いているんだ」
突然声を掛けられて驚いたが、両親はと言うと?
「とぼけるな。家臣の懐事情を知らぬほど俺は無知な候補生ではない。
たかが屋敷が全焼した程度で取り潰しになるほど貴様の家柄は安くないだろう。
あんなところで娘に教師の真似事をさせて貴様の両親は何をやっているのだ」
「まさか心配してくださっているんですの?」
『あの』女嫌いで素気ないボッチのグラン殿下が?
「勘違いするな。確かに俺と貴様は最悪の宿敵と呼べる仲だが、その前に俺は一国の王になるべき男だぞ。知人があんな場所でキャンプしていたとあっては心配しない方がおかしいだろう」
まったく、人の仮宿の当てを潰してくれたくせにどの口が言うのだ。
だけどまぁ、その答えなら簡単だ。
「それなら死にましたわ。あっけなくね」
「は――?」
「ですから川に飛び込んで死にましたの。最後の最後、懐から零れ落ちた金貨を拾おうとしてね」
「まぁ所詮は因果応報ですわ」とドライに肩をすくめてやれば、
よほど意外だったのか目を点にしたようにしてアホ面を晒すグラン殿下。
でも、地位どころか評判を落とした貴族が辿る末路など考えつきそうなものだが、こういうところで頭が回らないから弟君に出し抜かれるのだ。
なんと言葉を口にしていいのかわからず、殿下の視線が一度天井を往復し、やがて気まずそうに咳ばらいをしてみせた。
「それは、その――済まないことを聞いたな。まさかそんな悲惨なことになっているとは知らず――」
「嘘ですわ」
「貴様なぁ!! おちょくるのもたいがいにしろよ。ちょっとだけ信じかけてしまったではないか!!」
ガタンと感情のままに立ち上がり額に青筋を立ててみせる殿下。
孤高の優等生の仮面が剥がれていますことよ。
まぁ金貨を拾おうとして二人とも川に飛び込んだのは事実ですわ。でも――
「落ちたのが夏場の増水した川だったのが幸いしたのでしょうね。日頃蓄えた脂肪が浮き輪のようになって水路に引っかかって今では治療院のベットの上ですわ」
今頃、お母様もお父様の付きそういと心労がたたって治療院で安静にしているでしょう。
まぁ屋敷が全焼して家財の他、宝物殿にしまわれた貴金属もろとも灰になりましたが、概ね二人とも元気ですわ。
「それじゃあ貴様があんなところで教導師の真似事をしていたのは」
「単なる成り行きですの。まぁ贅沢を言えば授業料はお金が良かったんですが、何も持たない子供に金を盗んで来いとまでは言えませんし、身を隠すには十分な環境でしたしね」
「……なるほどな。合点がいった。それで貴様はあんなところで野宿していたという訳か。噂に聞く美人な聖女が貧民街に現れたと聞いたから気になって見に来れば、そういうことだったのか」
「それを言うならわたしだって驚かされましたわ。まさか将来を約束されたグラン殿下がこんなところで一人暮らししているなんて。まさか出来の悪さに見かねて国王様から王城から追放されました?」
「俺と貴様を一緒にするな馬鹿者め。俺はいずれ王としてこの国を変えていく立場になるからな。
民の生活を知らねばならぬと思っただけのこと、
王宮の退屈な暮らしに飽き飽きして父上に進言したとかそういうのではない」
そう言って、おもむろに立ち上がったグラン殿下が衣装ダンスから一枚の厚手のバスタオルを投げてよこしてきた。
なんだこれは。これがお茶会で噂されている【ツンデレ】と言うやつなのだろうか。
いまいちよくわからないが、
「この毛布は?」
「もうそろそろいい時間だ。貴様とて学園祭の準備で明日忙しいのだろう? ベットは貸してやるからそこらへんの布にくるまってさっさと寝ろ」
そう言って自分も床に放置されていたマントを引っ掴むと、ゴロンと横になってみせた。
なるほどこれ以上は関わるつもりはないという意思表示なのだろう。
まぁここは殿下のお言葉に甘えるとして――
「どさくさに紛れてわたくしに触れるとは思わないでくださいね」
「誰が襲うか!!」