(1) ローラ・アリュミナル家の大・炎・上ッッ!!
第七話まで予約投稿済。
悪役令嬢のお嬢さまが素のままでザマァする愉快痛快な逆転劇をお楽しみくださいヾ(≧▽≦)ノ
◇◇◇
魔性の令嬢。悪魔に魂を売り渡した魔導使いとこれまでいろいろな方面から悪意と怨みを買ってきた自覚はあるが、まさかその悪評がこのような形で訪れることになろうとは思いもしなかった。
陽もとっぷりと暮れた真夜中。
お貴族お抱えの送迎馬車に揺られ、ふと窓の外に視線をやれば見覚えのある豪邸が炎に包まれていた。
やけに空が明るいと思った聖都の貴族街で火災が起きるなど珍しい。
成金主義を極めた豪勢な邸宅の炎上だ。
さぞ豪快に燃えているだろうと高をくくっていたら――
「わたくしのお屋敷が燃えている!?」
そう聞いたとき、わたし――ローラ・アリュミナルは居てもたってもいられず送迎用の馬車から飛び降りていた。
背後から聞こえてくるのは「お待ちくださいお嬢様!!」という執事の声。
一心不乱に魔力で強化した足で街道を駆け抜ければ、バチバチと乾いた轟音と共に崩れ去っていくお屋敷が眼前に広がっていた。
群がる野次馬の頭上を飛び越え、小さく歯噛みする。
復讐・報復は日常茶飯事だが、
「くっ――どこのどなたか知りませんが面倒なことをしてくれますわね!!」
屋敷が燃えていることなど『今』はどうでもいい。
所詮はお父様の成金を極めて建て替えさせた屋敷だ。
屋敷の奥深くに封印されている『術式』さえ残っていればアリュミナル家の再建などいくらでも取り返しがつく。
問題はこれが『人為的に仕組まれた魔術の炎』であるということだ。
(わたくしがついていながらなんて不祥事。これ以上、被害を広げてたまるもんですかッッ!!)
『襲撃』の二文字が脳裏をかすめ、ごった返す玄関先を風魔法でこじ開ければ、懐にしまい込んだ杖に手を伸ばし――、わたしの身体を羽交い絞めする温もりが飛び込んできた。
「いけませんお嬢さま!! これは罠です!! 近づいてはなりません!!」
「えっ――ちょっ!? あぶなっ!?」
危うく一緒に燃えるところでしたわよ!?
ギョッとなって後ろを振り返れば、そこには頬に黒いすすを付けた女性の姿が。
あまりにも粗末なボロを着ているから一瞬誰だか分らなかったが
「ロザリア、貴女。無事でしたの?」
驚き、声を張り上げれば、眼鏡の奥から尖ったような声色が飛んできた。
雇い主であるわたしに恐れず言い放つこの口調と仕事人を体現したような仏頂面。
間違いない。本物のロザリアだ。
でも――
「貴女生きていたんですの? じーやからは何者かに襲われたとばかり……」
「はい、例の新人メイドが不審火に気づいてなんとか避難できました。それより魔法で炎を吹き飛ばすのはおやめください。魔力反応でお嬢さまの仕業に仕立て上げる輩がいるかもしれません」
煙に巻かれたのか、いつも清潔そのものと言ったメイド服が所々虫食いのように焦げ付いてはいるがこれと言った火傷はみられなかった。
メイド長のロザリアが無事と言うことは――
「はい、お嬢様のご想像の通り、旦那様や奥様を含め屋敷の者はみな無事です。ですから軽率な行動はお控えください。四大貴族の威信が傷つきます」
「相変わらずきつい物言いですけど、そうですわね。あまりにも衝撃的なお出迎えだったものだからつい――興奮してしまいましたわ」
今にも泣きそうなロザリアの声で我に返り、振りかぶった杖をだらんと下ろす。
そうだ。こんなことで取り乱すなんて『わたくし』らしくない。
あくまで優雅にそれでいて冷徹に他人をいいように転がす。
それがアリュミナル家の令嬢としてのわたしの生き方なのに――
(はぁ……まったく。自分のものが壊されただけで逆上するこの性格も直さないとですわね。
生まれを選べないというのも難儀なものですわね)
屋敷に特別思い入れのないわたしでも、さすがに『これ』は想定外だった。
よりにもよって学園祭の前夜祭に炎上とは。
これではあの憎き田舎娘の言った通りではないか。
「――まったく、本当に笑えないですわね」
◇◇◇
結局のところ、消防隊が到着するまでわたしににできることは何もなかった。
まったく四大貴族の天才児が聞いてあきれる。
ガラガラと醜い音を立てて崩れ落ちる屋敷。
お気に入りのコスメや蔵書。ドレスまでも焼けていく。
そっと視線を屋敷から逸らせば、こんがり焼き上がるお屋敷を前に地面に膝をついて呆然とお屋敷を眺めるお父様の姿が。
さすがに「いつも優雅たれ」と自慢の髭を触る余裕もないらしく、ヒステリック気味なお母様も煤だらけの身体であるにもかかわらずいまも燃え上がるお屋敷に飛び込もうとして他のメイドたちに羽交い絞めされていた。
まぁ幸いにもメイドや執事と言った下働きたちが死ぬことはなかったようだが――
(それにしたってアリュミナル家にとってはとんでもない損害になりますわね)
なにせ由緒正しき魔術士の大家の滅亡だ。
貴族のスキャンダル。きっと明日の朝刊の見出しは派手に売れることだろう。
冷静に今後のことを考えている余裕がある自分自身に驚いているが、それ以上に今後の事後処理を思うと頭が痛い。
現に噂を嗅ぎつけたハイエナ共が録音杖を持って玄関の前に群がっていた。
「屋敷が炎上しているところ申し訳ないですが、今後のアリュミナル家はどうなるんですか!!」
「いままで散々恨まれてきた民主派閥からの警告と聞いていますが、その真相は――」
「答えてくださいローラ様!!」
チラリと冷たい感覚がして首元に手をやればそこにはクソ生意気な後輩から預かった小さな護符が。
半ば強引に奪った時はただの古物と思ったが、ここまで的確に効力を発揮してくるとは――
「まったく、一代で魔法科学の栄誉を築いたアリュミナル家が一夜で焼け落ちるなんて笑い話にもなりませんわ」
そうしてようやく到着したであろう消化部隊によって鎮火した煤くずを眺め、
わたしは今後の学園生活に思いをはせるのであった。