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隠れ里  作者: 葦原観月
1/1

夕刻の隠れん坊

島の秘密があきらかになっていきます。

「宗せんせ。上がって飯ぃ食わんか。まだ仰山ある。せっかくの御馳走じゃ。平佐田せんせも食わんか」


 さすがに平佐田は「もう食えません」と断った。散々に食ってきたばかりだ。宗爺はといえば、

「わしも先に〝挨拶〟に行ったばかり。しかも、どの患者の家でも、御馳走が出てくる。腹が減る暇もないわい。後、三日ほどは食わんでも生きていけそうじゃ」と、くしゃり、と顔を皺寄せて笑った。

「あぁ、じゃあ……」内儀は一旦そこで家に入り、ほかほかの芋を持ってきた。「土産じゃ。せんせ、ほんにありがとうございました」と丁寧に頭を下げた。

 体中が痛む平佐田が、内儀の後を追って家に入ろうとして、

「せんせ、ちぃと付きおうてもらえんか」宗爺の呼び止めに、やはり嫌とは言えない平佐田は、そのまま陽だまりに腰を下ろす羽目となった。


「せんせも、えらい目におうたな」

「はぁ」


 ほくほくと湯気を立てた焼き芋を手にしながら、平佐田は〝好々爺〟と向かい合っている。

(滋子さんがいたらいいのになぁ)

散々に振り回されたくせに、平佐田はもう、滋子に夢中だ。その滋子は、向かいの〝好々爺〟が手渡した薬を手にして、さっさと平佐田に背を向けた。

 遠ざかる華奢な背を、うっとりと、また、淋しい思いで見送った平佐田だ。


 滋子の言う宗爺とは、見るからに優しげな好々爺で、年の頃は智次のお爺さんと似たり寄ったり。島のたった一人の医者だという。

「爺は元気か? 近頃ちいとも会うておらんが。偏屈になりおって、ふん、年寄ると、頑固になっていかん」

 言いながらも顔は穏やかで、ひとしきり皺が深くなる。

(ほんとは仲がいいんだ。お爺さんは藪だなんていってたけど……)

「薬を届けに来たんじゃ。咳が出ると聞いてな。お内儀が心配だから、来てくれと。あれは、いい嫁じゃ。智頼は果報もんじゃ。餓鬼の頃は手の付けられん悪餓鬼じゃったが。人は変わるもんよ。変わらんのは神様だけじゃ」


 あの智頼が、手の付けられん悪餓鬼だったとは……とても信じられない。おおらかで、面倒見がよくて、頼りがいのある餓鬼大将、皆を引率して悪戯の数々はこなしそうではあるが、大人たちの手に余るほどの悪さをする姿は想像できない。

 子供たちから厚い信頼と尊敬を受ける智頼は、島人の信頼も厚く、常に島人の輪の中心にいる。誰からも慕われる存在だ。

「人の時は短い。変らにゃあ、生きていけんのよ。子供のまま……皆が無垢な子供のままであったなら……秩序なんてものは、存在せん」

 思い出したように宗爺は、ぱくり、と芋を頬張り、もぐもぐと口を動かす。平佐田も少し口に入れて、じわり、と口に広がる甘さを味わった。


「せんせは……お館様と話をしたちゅうこっだな」


 宗爺の言葉に、平佐田は飲み込みかけていた芋が喉に引っ掛かる。

けほけほと咽せる平佐田に、宗爺は竹筒を差し出した。平佐田はそれをぐびぐびと飲み干す。

「今しがたすれ違ったお館様の用心棒から、話を聞いた。お館様は大層せんせを気にしておられたと言うとった。珍しいこっちゃ。お館様はあまり、他人に興味を示されん。せんせは本土の郷士の出だと聞くが、ご先祖にその昔、京の都で一世を風靡したお方がおられはせんか?」


 またまた咽せるようなことを聞く。郷士とは言えど〝無高郷士〟の平佐田家に、遠い昔とはいえ、そのような立派な血が存在したなどあり得ない。大きく首を振る平佐田に、

「そうか。ま、遠い昔じゃ。一度は叩き潰された家じゃから、その血統を辿るは難しいじゃろうよ。んだがま、滋子のこつもあう。あの滋子が誰かを頼るなんぞ……これもまた珍しい。せんせ、これに懲りず、滋子と仲ようしたってくれ。あれは、根はいい子なんじゃ、ちいと意地を張っとるだけ。きっとこれは神様の縁じゃ。滋子は、せんせを好いておるのやもしれん」


「へっ?」

まさかの言葉に平佐田の顔が熱くなる。

 にたり、と笑った宗爺は、

「せんせも、まんざらでもあるまい。滋子は島一番の別嬪じゃ。本土から来なすったせんせ方も、まずは最初に滋子に目をつける。それが、ことごとく袖にされ、わしらとしちゃあ、見ていて実に面白い。本土の人を悪う思うてはおらんが、島人は島人としての誇りがあう。全部が本土のいいなりにはならん、と心の底では思うておるんじゃ。本土から来たせんせ方は、いずれもどことなく横柄じゃ。せんせのように穏やかで優しいお人は、珍しい。あの智頼が褒めちぎり、内儀も大層、気に入っているとの噂が広まって、皆、せんせのこつを気にしておるんじゃ。だから智頼は、お館様にお目通りさせようと〝挨拶〟にせんせを向かわせたんじゃろ。で、お館様は大層せんせを気にしておられう」


 良くはわからぬが、智頼さんはただ、手が足りないから平佐田を使っただけではなさそうだ。

島に迎え入れようとしてくれている――

平佐田には、それがとても嬉しかった。


「あの……お館様とは。「取次様」と呼ばれておられましたが……」

 聞いてもいいだろうか、と思いながら、せっかくだからこの好々爺に色々と尋ねてみたい。

 わざわざ誘ってくれたこの島人は、平佐田に島の話を聞かせてくれるために、神様が遣わしてくれた人物のように思える。ここは神のいる島だ。


「ふむ。その話をするには少々時を遡らねばならん。そうじゃなぁ……」

 宗爺はきらきらと輝く海に目を眇め、そのまま静かに目を閉じた。

 じっと動かぬ様子に、(寝とるんか?)平佐田は、不安になる。こんな場所で居眠りをされても困る。平佐田は今、腰を痛めている、爺を背負って家の中に運び込むのは結構難儀だ。


「懐かしい話をしてみるか。わしと、この家の爺、時盛の子供の頃の話じゃ。わしらは、とても仲が良かった。暇があればいつだってつるんでいて、親兄弟よりも深い繋がりを感じていたほどじゃ。あれはそう……」

今の時頼と同じくらいの年頃だった。

時頼は爺さん似だ。もっとも、時頼の顔のでかさは母親譲りだが、と、言葉を繋いだ宗爺に、起きていたかと、平佐田は、ちょっとほっとする。


 昔から年寄りに馴染んでいる平佐田は、〝年寄りの不思議〟には慣れている。突然に居眠りを始めたり、突然に話が他へ飛んだりは、よくあることだ。

 今もまた、目の前の好々爺は、居眠りはしなかったものの、話が他へ飛びそうだ。ここで話の腰を折るのは失礼だから、平佐田は黙って聞くことにする。

我が身の〝人の好さ〟の原点は、年寄りの友人が多かった事実に基づくものだと、今更ながら納得する。

 じっと耳を傾ける平佐田に、宗爺は穏やかに笑い、

「夕刻の隠れん坊が、事の発端なんじゃ。重定坊もやった。で、〝隠れ里〟に招かれたというわけじゃ」


 平佐田が大きく目を見張る。心の隅に引っ掛かっていたものが、一気に飛び出してくるような感覚に陥った。眩暈がする。


「夕刻の隠れん坊――島では昔から、禁忌の遊びとされておる。それは神隠しの誘いだからじゃ。昼と夜が混ざり合う不思議な刻……昔から恐れられておる刻じゃ。昼と夜、光と闇、現実と夢幻、神と魔物……何もかもが曖昧となり、混ざり合う。そこでは、不思議は常識となり、常識が不思議となる。なんとも奇妙な歪みじゃ。だが、人はそれを恐れると同時に、憧れもする。その隙を突いて、神隠しが起こるのやもしれん」


 夕刻とは、逢魔ヶ刻ともいう。文字通り「魔に逢う刻」なのだろう。

 昼をじわじわと侵食していく闇は、魔が神を冒涜しているようにも見える。神聖なものを汚す行為は、何故か人の心を引きつけるものだ。逢魔ヶ刻に何故かそわそわと落ち着かぬ気持になるのは、子供だけとは限らない。


「はぁ、それで……子供らぁが夕刻に外へ出んのですね。おいは不思議に思うとりました。夕刻と言えば、子供らも仕事が一段落し、遊ぶ時間ができる頃です。

おいも夕刻には、よう遊びました。母親が「はよう帰らんかっ」と呼びに来るまでね。それが島では、夕刻に子供が外で遊んどる姿を見ん。家の中にはおりましたが。重定坊はよう、家に来て、時頼坊らと遊んじょりました。おいも何度か、話をしたこつがあります」

「そうか。そうか」と、宗爺は頷き、淋しそうに笑った。


「子供らが夕刻に家におるのは、おそらくは親の言いつけ。子供ちゅうんは、予想がつかんこつをしう。皆で集まれば気が大きうなるんも事実じゃ。誰かが「禁忌の遊びをしよう」と言えば、誰もが嫌とは言うまい。駄目だと言われれば、逆らいたくなるのが子供というもの。特に男子は、そうじゃ。せんせもわかろう?」

 確かに。へなちょこであっても、男は男。まぁ、それに気弱というおまけがついた搖坊に、大胆な反抗はなかったものの、「ちんちんが腫れるから、絶対にミミズにしょんべんを掛けちゃいかん」という言葉に逆らい、ミミズを見るたびに、出もしないしょんべんをひっ掛けた覚えはある。

 だが、何故か本当にちんちんが腫れ、〝その類の駄目〟には従順になった。重定坊は「ちんちんミミズ」に逆らって神隠しに遭ったというわけか。

(えらい「ちんちんミミズ」じゃ)と平佐田は眉を顰める。


「わしと時盛も、そうじゃった。あれは、暑い日じゃったな。重惟、時定、清重、隆平……いずれも、なんとなく集った友人じゃ。虫取りをしとった。誰が捕ったのが一番でかいか、どいつのが一番強いか。比べながら、遊んでおったんじゃ。それが――ふいに一匹が飛び立って逃げてしまい、それを追うように次々と逃げてしまった。不機嫌になったのは一番でかいのを捕まえていた重惟だった……」

 その重惟が「隠れん坊しようや」と言い出したのだそうだ。腹いせに「いかん」言うことをしてやろうという腹だったのだろう。


 そろそろ夕刻に近い時間で、宗爺……当時の宗坊は、ちらり、と他の子供たちの様子を窺った。誰もが不安を顔に張り付けていたが、誰もが「やめよう」とは言わなかった。

 それは、わかる。男の子は意気地なしだと思われたくはない。あの搖坊ですらも、そんな意地だけは持っていた。結果、散々な目に遭ったのも、事実ではあるが。


暮れてゆく陽、じわじわと這い寄る闇が、ひんやりとした空気を吐き出して、子供たちは、それから逃げるように走り出した。

「も~い~かい」聞き慣れた友人の声が、背を追って来て襟首を掴みそうな……そんな気がして、童の宗爺は気が気じゃなかった。日が暮れれば、あまり遠くへ行くのは危険と、わかってはいながらも、何故か宗爺の足は止まらなかった。


「気がつけば、辺りは白くけぶっておって、恐怖に身が竦むという経験を、初めてしたな。長年、生きちょるが、あれほどの恐怖を感じたことは、今までにない。子供の頃に一番の恐怖を経験しちまったわけじゃ。おかげで、度胸だけは据わったの。そう思えば悪い経験でもなかったちゅうこつだ」


(ふぅん。あの白じゃな)


 あれには、誰でも魂消るだろう。

 大人でも身を縮めてやり過ごすあれに、子供が山の中で出くわせば、竦み上がるのは当然だ。おそらくは噴火口に近い山の中では、白はさらに深く、硫黄の臭いも、ただならぬものであったろう。


「立ち止まった場所がどこであるか……まるで分らんかった。何しろ、白一色で、はぁ、夢の中よりもずっと夢に近い感じがしたの。わしは恐怖に体を包み込まれたようじゃった。暑かったはずなのに、背筋が、ひゃっ、として、夜になってしもうたんじゃ、と思うた」


「おっ、宗爺。往診は済んだんか? 酒があるぞ、飲んでいかんか?」

 隣の惟清、定清が荷車を引いて通り過ぎる。宗爺に声を掛け、平佐田に親しげに会釈する。二人とも親睦を深めている平佐田は、「お疲れさん」と声を掛けた。

「おう。今は、せんせと大事な話をしちょる。酒は、今はいかん。明日の朝一番で届てくれんか。朝酒は、いいもんじゃ。ほっとするもんよ」

 からからと笑う好々爺に、二人の顔が釣られて笑う。


 惟清、定清は年子で、十八と十七。島ではいっぱしの大人だ。同じく漁師をしている二人には、「そろそろ嫁候補を探さねばならん」と、智頼も奔走している。当の二人はおかしげにそれを見守り、大いに若さを満喫している。年の近い二人は平佐田にとって、島の若者の倣いを教えてくれる師でもある。


「せんせ、年寄りの話は長い。腹ぁ括って付き合わにゃあならんよ。飽いたら家に寄って。宴会でもしようや」

 二人の引く荷車には、一番下の忠定がくうくうと眠っている。誰もが皆、重定がいなくなった事実に、日常を狂わされている。忠定の頬に、いく筋かの跡が木漏れ日に輝いた。



「もう、いいかい」



 二人が家の中に入った後姿を見ながら、宗爺が呟いた。


 弾かれたように見返った平佐田の目に、宗爺の皺が日を受けて光った。

「甲高い童の声じゃ。あの日、集った連中のものじゃない。もっと、こう……澄み切った、例えれば冬の朝の空気のような、厚く張った氷の底から出てくる泡のような……とても人が発することなどできないような、澄み切った声じゃった」

 それが白い中を楽しげに漂ったという。


 ともかくにも、生まれてこのかた、一番の恐怖を感じていた宗坊は、身を縮めて、へたりこんだ。

「すぐ前にあった木にしがみついた気もするが、よくは覚えておらん」と宗爺(、、)は頭を振った。

「それが年のせいなのか、その時の恐怖のせいなのかは、神様だけが知ることじゃ」情けなさそうな顔をして。

 搖坊であれば、間違いなく後者だ。


「見つからんように、見つからんように……。ともかく、それだけを祈った。何故かは、わからん。見つかったら最期じゃと思うたんじゃ」


「もうい~かい。もうい~よ」


澄んだ童の声が木霊し、宗坊は耳を塞いだ。

 と、不意に声がやみ、ざっ、ざっ、と足音が聞こえた。こわごわと顔を上げれば、重惟がふわふわと目の前を歩いていく。


(わぁ。これはいかん)


理由はわからないが、宗坊の本能が騒ぎ出した。

 ところが声を出したくても、声が出ない。体は縮こまったまま、全く動かない。全身に汗がびっしょりと噴き出して、体を押さえつけているような気がした――と、宗爺は身震いした。

「するとな、儂の後ろから、いきなり何かが走り出たんじゃ。あぁ、もう、魂消たのなんの。心ノ臓が口から飛び出るかと思うた」

 だが、そのおかげで宗坊の呪縛が解けた。

(いかん)と思ってその後を追った。走り出た何かが、時盛だと気が付いたからだ。

 なにが〝いかん〟のか、どうして、そう思うのか、その時は考えもしなかった。ただひたすらに時盛を追いかけ、飛びついた。

 宗爺は足の速さに自信があった。少なくとも、時盛に負けたことはない。


「うわっ」


時盛もまた驚いたようだった。じたばたと手足を動かして逃れようとする。乱暴に振り回した手が、宗坊のでこに当たった。

「いてっ、何するんじゃ、儂じゃ、儂。宗兼じゃよ」

 急におとなしくなった時盛が、「は?」と首だけを巡らせて宗坊を見、すぐに立ち上がって走り出そうとする。



「どこ行くんじゃ」「重惟がいかん!」


時盛もまた、宗坊と同じものを感じたらしい。ただ違うところは、時盛は。、恐怖に身が竦んでいなかったことだ。宗坊は今一度、時盛に飛びつき、ぐっと地面に押さえつけた。


「そらもう……暴れる暴れる。体は小さい割に、昔から力があった。で、すぐに頭に血が上るやつじゃから、もう無茶苦茶じゃ」

ただ、少し体のでかい宗坊に分があった。

何とか押さえつけた時盛は、悪態三昧。


卑怯者――。

ろくでなし――。

おまんは友人を見捨てるんか――。


「時盛は重惟と仲が良かった。一番の友人じゃったのかもしれん。だが、ここで時盛を行かせたら、二人とも帰らんような気がした。だから、儂は時盛を離さんかった」

 そのうち二人とも疲れ果て、いつの間にか寝てしまっていたらしく、大人たちの声に目が覚めた。

「かやせ、戻せ」という大声は、二人にとって「天の声」に聞こえたらしい。


「それからじゃ。時盛は儂を避けるようになった。もう何十年も昔の話なのにな。あれは結構な頑固もんじゃ」

 懐かしむような、悲しい思い出を語るような、何とも言えない表情で、宗爺は口を閉じた。


「夕刻の隠れん坊」か……。

 宗爺の話によれば、「夕刻の隠れん坊」が事の発端だという。重定坊も同じことをして、神隠しに遭った。宗爺と時盛は難を逃れて帰還し、宗爺は甲高い子供の声を聞いている。

「もうい~かい」と――。


「夕刻の隠れん坊」が昔から島の禁忌の遊びとは、今までに何度も「神隠し」があったということだろう。

「夕刻の隠れん坊」は、神隠しの誘い……だから、それをして、いなくなった子供は、事故でも人攫いでもなく、間違いなく(、、、、、)神隠しだと、島の人は知って(、、、)いる。

(何となくわかってきたぞ。智次坊は、おいがふざけて言った「も~い~かい」に腹を立てたんだ。時頼坊が〝とめられなかった〟こととは、重定坊が計画した夕刻の隠れん坊だ。もしかしたら、時頼坊や、智次坊も誘われていたんだろうか)

 そう思うと、ぞっとする。二人が参加していたら今頃、この家にもたくさんの供え物が届けられていた可能性がある。二人が親の言いつけを良く守る子供でよかったと、平佐田は胸を撫で下ろした。


だが何故、隠れん坊なのか。夕刻、逢魔ヶ刻の怪異は何となく納得はできる。(けど、隠れん坊はただの遊びじゃ)

 平佐田には、遊びと神隠しが結びつかない。


「重惟は帰ってはこなんだ。儂らは重惟が、連れ去られる場面を見たっちゅうこつだ。あの白の向こうに〝隠れ里〟がある。連れ去られた子供は〝隠れ里〟の一員となって、ずっとそこで暮らす。それが島に伝わる神隠しの真実じゃ」

「では……他の子供たちは? 連れ去られたのは、一人だけ? 後は全員が、無事に戻ったのですか?」平佐田が聞けば、

「いや。戻ったんは、儂ら二人。時定、清重、隆平、後の三人は……」

 宗爺はそこで言葉を切り、「儂には、わからん」困ったように鬢を掻いた。

「三人が連れ去られる現場は見ておらん。だが、おそらく、一旦は、招かれたものと思う。儂は三日ほど頭痛がひどく、ひどく咳き込んで、寝たり起きたりの繰り返しじゃった。時盛も似たような状態だったそうじゃ。だから後の三人が見つかった(、、、、、)時の状況は知らされておらん。「かやせ、戻せ」の途中、空から降ってきたとも、見たこつもない白い大きな獣が背負って運んできたとも言う。まぁ、それも後から聞いた話じゃ。本当かどうかは、わからん」

 見つかった? さっき「戻ったのは二人だけ」と言わなかったか。どういうことだ。

「隠れ里に行くもんは、その身のままに連れ去られる。つまり、綺麗さっぱりと消える、いうこつだ。見つかるもんは……隠れ里に行けなんだもん。島の言い伝えでは、居王様が邪魔をした、ちゅうことになっとる。島神である居王様は、島人が島を去るこつを嫌う。島人は島神様のもんじゃ。横取りされるんが気に食わなくて、島人の魂だけを取り出し、放り出すっちゅう話じゃ。だが儂は、それは違うと思うとる。居王様は荒神様じゃが、島人を愛しんでおられる。無下に命を奪ったりはせん、と」


 島神様は「遊び相手」なんぞ欲しがらん――


「見つかったもんは、荼毘に付される。島の一つとなるために、だ。いずれ土に返り、島の一部となる。島の恵みの一部となるのじゃ」

島人は島神様に感謝し、こっちは僧侶が来て、葬儀が執り行われる。同時に島神様に供え物をし、末永く島神様と在るように願う。

「そうではないもの、重定坊や重惟のように〝隠れ里〟へと招かれた者だけが「取次様」の手によって、文字通り、「取次」をしていただく、というこつじゃな。〝隠れ里〟への取次はお館様にしかできん」

 誰に? 誰に取り次ぐというんだ。平佐田の胸が、どくん、と躍り上がる。


 お友達が欲しいのは、御子様じゃ――


 甲高い童の声じゃ。あの日に集った連中のものじゃない――


「お館家は、長い時に渡り、尊い血を守り続けてこられた。今のお館様が目と口を封じられておられるは、余計なものを見ず、要らぬ口を語らぬようにと言われておる。じゃが、儂は医者じゃ。濃すぎる血の交わりによって、体に支障を来す例は、結構ある。今のお館様は、その影響を受けたものだと儂は思う。先代も、体が弱かった」

 血を守る? 尊き血とは……


「せんせは、お館様の着物の背を、ご覧になられたかの?」


(背? いや……)

祭壇に背を向けて座した取次様の、正面にいた平佐田に、その背が見えるはずはない。智次に引きずられるようにして祭壇の後ろを回った時は、何とも不思議な気持ちでいたから、気にも留めなかった。

 平佐田が首を振ると、

「そうか。背に、大きな家紋を縫い込んでおられる。黄色い蝶の御紋じゃ」

「そ、それって……」 

「わざわざ京の都まで、仕立てに出すのじゃというこつだ。すべての着物の背に縫い込んでおられる。代々当家の仕立てを請け負っておる老舗だそうじゃ。お偉い方々のすうこつは、儂らには、ようわからん。儂は……お館様が、でっかい重石を背負わされておるような気がして、気の毒に思う」

 平佐田の言葉を遮るように、宗爺は付け加えた。

「黄色い蝶の御方は、擁護した御子様のため、〝黒木御所〟をお造りになり、代々の当主が一族の血を守り、御子様にお仕えされておる。お館様、島の有力者、お館家の元じゃ。御子様が召されたご友人を取り次ぐのは、お館様の仕事。島のもんは御子様を〝黒御子様〟と呼ぶ。黒木御所の御子様というこつじゃ」

 それで、刀があったわけか。かの御子様と言えば、「宝剣」をお持ちであったと聞く。


「では。神隠しをなさるのは、その、黒御子様なのですね? ですが、何故、黒御子様は神隠しを? しかも、隠れん坊とは……」

 平佐田としては、そこが気に懸かるところだ。元々が日の皇子であられる御子様だ。わざわざ隠れん坊なぞしなくても、ちょちょいと神隠しくらい……

「そこじゃ。そこには、深いわけがある。島人が絡んでおるのじゃ。黒御子様は、〝たった一人の遊び相手〟を探しておられう」

(たった一人? たった一人を探すために、多くの子供を連れ去っている?)


 これまでにどれほどの子供が連れ去られたかは知らぬ。だが、今なお続いている現状を見れば、まだ、その〝たった一人〟は見つかっていないわけだ。随分と気の長い話だし、やはり、神様のすることは、ちぃともわからん。

 それでも宗爺のおかげで、抱えていた謎が随分と解けた。


(これも、神様のおかげじゃな)


 かつて信心なぞした覚えのない平佐田が、すっかり神様を崇拝している。

 が、少しも違和感を感じない所以は、ここが神のいる島だからなのだろう。

人にも、物にも、木々にも、もっと言えば今まさに手にしている焼き芋にも……全部に神様の存在を感じるこの島には、神様の存在は絶対だ。

(不思議な島だなぁ)と、平佐田はしみじみと思う。


 今にして思えば、ただの見習いである平佐田に〝密命〟が下り、乗った舟で平佐田の窮地を救ってくれた智次は、初めて本土へと渡った帰り。それが縁で父親とも親しくなり、島での滞在先がその親子の家になるとは――。


偶然とはとても思えない。さらに、そこに晴天の霹靂のごとく、平佐田の知らぬうちに初恋を感じた女子のおかげで、〝密命〟に近づけたと思えば……


 神様のお導きとしか考えられんではないか――

 平佐田は、大いに神様に感謝した。


「その〝たった一人の遊び相手〟じゃが……」


 宗爺の言葉に思わず身を乗り出した平佐田に、当の爺は手にした芋を振って見せる。

「せんせ。覚悟は、あるんか? 島の秘密じゃ。知ったからには、知らん顔はできんぞ」

 思わせぶりに声を潜める爺に、平佐田はごくり。と唾を呑む。毒を食らえば皿までじゃ。と、覚悟を決めて頷いた。

「いい度胸じゃ。〝たった一人の遊び相手〟には、〝守女〟が関わっておる。滋子が、その〝守女〟なんじゃ」


(えっ。ここで滋子さんが出てくる? もりめとは、智次が言っていた……)


「へぇ、うちがその〝守女〟どす。ほぅら。うちは、せんせと縁がありますのんや……」

 高く甘い声が耳元で囁いて、

「わあぁぁぁっ!」飛び退いたおかげで、平佐田はまた、腰をしたたかに打った。

 うぅぅぅっ、と、呻いて平佐田は蹲る。


「わっ、兄ちゃん、大丈夫かっ!」聞き慣れた声が飛びついた。

「馬鹿、智次、いい加減にせい」時頼の叱責が被さった。

 そして、

「宗爺! 経子婆が、喉に餅を詰まらせよった!」

 切羽詰まった大声が、捲し立てる。

 御館様も待っている。はよう頼むと、急き立てた。

「経子も、相変わらず食い意地が張っとるの」

 宗爺は、のんびりと息を吐く。

「せんせ、残念じゃが、本日はここまで。医者とは、難儀なものよな」と、腰を上げた。

「そうじゃ。せんせに草薬を集めてもらおうかの。続きはまた、薬草と引き替えに――」

かかかと笑った好々爺は、魔物だったようだ。

平佐田は智次と肩を並べ、逢魔ヶ刻に消える魔物の背を見送った。

  


この先、小さな島に、様々な因縁が絡み合っていきます。どうぞまた、起こし下さい。m(_ _)m

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