六話 こうして彼女は狂いゆく。
「姉さん、勉強の時間でしょう? 先生が待ってるよ。僕は大丈夫だから――」
「いいえ、あなたの看病以上に重要なことなんてないわ」
僕の意識が戻ってから、セシリア姉さんは、片時も僕の傍を離れようとしなかった。
僕の顔を眺め続けて眠ろうとせず、食事も僕のベッドの脇でとる。
終いには、用を足すのもこの部屋の中で済ませようとして、これだけはメイドが全力で阻止した。
何より困ったのが、動けない僕の介助を一身に引き受けようとしたことだ。
というのも、使用人たちの僕を蔑む視線に、姉さんはすっかり怒ってしまったのだ。
「それが怪我人に対する振る舞いですか! あなた方にはダリオを任せておけません!」
気炎を上げる姉さんに、メイドたちはおろか、父上や母上でさえ、彼女を説き伏せることができなかった。
こういう事態は、決して今回が初めてではない。
行き過ぎた介助自体は毎回のことであるのだが、ただ、今回の僕は全身骨折で微動だにできないというのがネックだった。
「はいダリオ。あーんして」と、食事介助に始まって、
「あらダリオ。そろそろ、催してきたんじゃない?」と、排泄の処理までしようとする。
「大丈夫だよ姉さん。メイドさんにしてもらうから」
若干11歳の少女に、そこまでさせるのはよろしくない。
今後の展開を考えても、そして、こちらの精神衛生的にも。
しかし。
「だめよダリオ。あの人たちはあなたのことを害虫くらいにしか思っていないもの。お父様だってそう。事故死にみせかけようとしていたよの。私を救ってくれたダリオを、こんなに可愛いダリオを、ダリオを、ダリオを、ダリオを……」
「わかったよ! わかったから! 姉さんに全部任せる、任せるって!」
瞳に狂気の光を宿していく姉さんを直視できず、僕は彼女に体の全権を委ねた。
まだ末期とまではいかないけれど、間違いなく病みのスタートラインを越えてしまっている。
今、姉さんを拒んでメイドに介助を頼んだら、そのメイドさんは、明日には死体で見つかってしまうかもしれない。
「ありがとう、ダリオ。姉さんが、あなたのために尽くしてあげるわ。ああ、愛しい私の、私だけのダリオ……」
こうして、治癒魔法の術師さんがやってくるまで、姉さんは僕の部屋から離れなかった。
僕と違って、姉さんの心はまだ軽傷だったので、動けないからといって度を越したスキンシップは図られなかった。
キスはされても頬までだったし、一晩頭を撫でられ続けても、血やそれ以外の体液が付着することもなかった。
排尿の際には僕の陰部を見る目が怖かったが、すぐに顔を赤らめて目を逸らしていた。
このくらいなら、まだ大丈夫だ。
怪我が治ったそのあとも、姉さんは僕にべったりと寄り添っては、愛と凶気を育み続けた。
凶々しいまでの情愛が、鮮血の殺意に裏返るまで、残すところ、わずかに数年。