四話 そして、その日は訪れる
「あの、【セシリア姉さんを知りませんか。どこにも見当たらないのですが?】」
僕は専属メイドにこう尋ねた。
この問いかけも、虐待死を防ぐキーワードだ。
「……いいえ。存じません」
冷淡なメイドは、言葉少なに返答すると、すぐに去ろうと背を向けた。
「おかしいんです。先ほど姉さんに、【外に行くから用意するよう言われた】のですが、【部屋にも庭園にも、姉さんの姿が見えない】んです」
メイドの足が、にわかに動きを止めていた。
***
「お嬢様! セシリアお嬢様! どちらにおられるのですか!」
庭園に響く、メイドたちの声。
彼女らは必死になってセシリア姉さんを探している。
僕の専属メイドもだ。
彼女たちは、父の残酷な顔を知っている。
第四王子との顔合わせが不調に終われば、いや、実現すらしなかったなら、父は烈火のごとく赫怒するだろう。
普段は僕だけに向くその顔が、今日は自分たちにも向きかねないと、必死にならざるを得ないのだ。
「そのくせ、崖を探そうとはしないんだもんなあ」
あるいは、だからこそ、なのかもしれない。
懸命に声を振り絞る彼女らにとって、セシリア姉さんが危険な崖を降りようとしているなどとは、考えたくもない事態だろう。
本能レベルで、その悪い想像を追い払ってしまう従者たちには、姉さんを決して見つけられない。
これも、いつもの運命だ。
***
「いた。もうあんなところまで降りちゃってる」
使用人たちの目をかいくぐり、崖の縁まで到達すると、斜面にセシリア姉さんを認めた。
彼女はもう、崖の中腹くらいの位置にいる。
固有魔法重力操作を器用に、かつ慎重に駆使して、姉さんはどんどん下に降りていく。
「でも、だんだん足もとがおぼつかなくなってくる」
姉さんは才能に溢れている。
しかし、魔法の原動力となる魔力の総量は歳相応だ。
魔力の量は、使えば使うだけ伸びていく。
せいぜい庭を走り回るくらいにしか魔法を使わない姉さんでは、慎重に崖を降下しきるに足る魔力量を確保できていないのである。
「もっとも、魔力が足りたとしても、たぶん転落は防げない」
これは、そういう運命だ。
姉さんは必ず馬車を見ようとするし、崖から必ず転落する。
「ただし、転落は変えられないけれど――」
――結末だけは、変えられる。
「きゃあ!」
悲鳴が上がり、少女が斜面を滑落する。
「姉さん!」
叫び声。上からだ。
少女は見上げ、そして目にする。
急峻な崖を、魔法も用いず、命綱もなく、駆け降りてくる少年の姿を。
「掴まって!」
手を掴み、引き寄せて、体の位置を入れ替える。
そうして彼は、姉の体を突き放した。
「きゃ!?」
彼女の体は、崖の岩場に引っかかり、
「――これで、ひとつ目の運命を乗り切った」
身代わりとなった少年の体は、険しい斜面を滑り落ちた。