三話 迫り来るヤンデレ化の運命
よりにもよって、アーチバーグのお屋敷は、高い崖の上に建っていた。
「弟! 崖から王子様の馬車を見にいくわよ!」
針のむしろの朝食後、僕の部屋を訪れたセシリア姉さんは、どう噛み砕いてもフラグにしか聞こえない暴言を吐き出した。
「姉さん。そんなに王子様に興味ありましたか?」
ついに今日、この国の第四王子が我が家に来訪する。
二人には、かねてより婚約の話が持ち上がっていて、その初顔合わせが行われるのである。
セシリア姉さんは、小さな胸を張り、「当然よ」と息巻いた。
実は、この屋敷の崖下には王都と町を繋ぐ道がある。
第四王子を乗せた馬車は、朝のうちにここを通ることになっていた。
だから、急峻な崖を下りさえすれば、その馬車を眺められるのだ。
無事に下れるものならば。
「婚約相手を一刻も早く見たいというのは、乙女の嗜みじゃない」
「僕は【淑女な姉さんのほうが好き】です」
「気持ち悪いわね。あんたに好かれるなんて虫酸が走るわ」
さらりと酷い本心を吐き出す姉さん。
この台詞は何度も聞いている。
なにせ、ここで淑女が好きだと言っておかないと、後々僕の死亡が確定してしまうのだから。
「まあ、言ったところで死んでるんだけど」
「なにか言った?」
「崖に行ったら死んでしまいますと言いました。このところ日照りが続いて地面が乾燥しています。砂が滑りやすくなっていて、転落まちがいなしです」
嘘ではない。
姉さんは崖から転落する。これはもう変えられない。何度やってもダメだった。
運命とでもいうのだろうか、そういう絶対不可避の出来事が、この後いくつも突発するのだ。
「それに、王子の来訪前におめかしするのでしょう?」
「ええ、時間がないわ。だからさっさと見に行くのよ」
「ダメです。父上に叱られますよ。【母上も泣くかもしれません】」
途端、姉さんが色めき立った。
「あんたが『母上』って呼ぶんじゃない!」
怒号とともに、平手が飛んだ。
昨日、父上に張られて赤い頬に、再び鈍痛が走った。
「母さまは私の母さまなの! 汚らわしいあんたに、『母上』なんて呼ばせないわ!」
叫び終え、姉さんは部屋を出て行く。
これも、何度も体験したことだ。
こう言えば、姉さんは必ず激昂する。
「これで僕は一緒に行かずに済む。殺人犯の汚名を着ることはない」
そう。
姉さんは崖から転落する。
最初からその場に居合わせてしまうと、僕は姉さんを突き落とした犯人として、酷い虐遇に置かれてしまうことになる。姉さんが意識を取り戻すまで。
「それでさえ、姉さんが生きていることが前提なんだ」
その場に僕がいなければ、姉さんは死んでしまう。そうなれば、僕は拷問に近い虐待によって命を落とすだろう。
試したことはなくともわかる。
この家は、そういう家だから。
「僕は姉さんを助けに行く。そうすることで、自分が大怪我を負う運命でも」