三十八話 王国の都
「いったい、どうしてこうなったの?」
王都を目指す馬車の中、ビアトリス姉さんが嘆いた。
「ビアトリス姉さんの、人徳の賜物ですよ」
言葉を発した僕のことを、ビアトリス姉さんはギロリと睨み、しかし、何も言わずにまたぶつぶつと悩み始めた。
僕らはギルバート公爵に呼ばれて(厳密には、その長男のキースさんの思惑によって)、遠路はるばる王都に向かっている。
公爵家のお屋敷に招待されて、一泊することになっているのだ。
お招きに預かったのは、僕とビアトリス姉さん。
それに、それぞれの専属従者の合計4人で、馬車で仲良く(?)揺られている。
「これまでまともに男女のお付き合いなんてしてこなかったのよ。それが公爵家に仕える殿方と、しかも下手したら婚姻を前提にだなんて……」
ビアトリス姉さんが呼ばれた理由は、公爵家従者のブライアンさんとの、いわば非公式のお見合いだ。
以前に持ち上がった話は社交辞令などではなく、先方が割と本気だという噂が、すでに貴族の社交界でも広まっている。
おかげで父上も母上も、婚期を逃した娘の最後の大逆転チャンスだと、大手を振って送り出した。
僕も公爵家の人たちに口添えしたとはいえ、あちらの動きは、異常なまでに迅速だった。
(キースさんたち、たぶん、色々と誤解してるんだろうなあ)
姉さんの縁談話は、探りの意味が強いのだろう。
僕の後ろにいる何者かとか、そういうありもしない幻を、彼らは警戒しているのだ。
(僕はただ、今度こそ生き残りたいだけなんだけど)
そして、僕が公爵家に呼ばれているのは、この間の伝書カラスの手紙の件だ。
キースさんたちに頼んであったお願いごとが、ようやく形になったのである。
なお、キースさんたちは、父上たちへの表向きの説明として、チェスターとフランちゃんが僕に会いたがっているとの理由をこじつけていた。
この前の来訪時に、ふたりがばったり僕と出会っていて、とてつもなく仲良くなっていたことにしたのだ。
チェスターがヤンチャで手を焼かせる子だというのは、もはや王都でも有名な話だそうで、忌み子と聞いて僕に興味を持っても不思議がないのだという。
実際のところ、本当にこっそり会っていたんだけど、それはそれ。
***
3日ほど馬車に揺られた僕たちは、無事、王都へと到着した。
馬車は、そのまま公爵家の屋敷へと乗り入れて、玄関の前に僕らを降ろした。
「お待ちしておりました。ビアトリス様、ダリオ様」
現れたブライアンさんが、僕らを中に招き入れる。
「ご、ごきげんようブライアン様。ほ、本日はお日柄もよく……」
テンパっているビアトリス姉さん。
まさか、案内の段階でブライアンさんが出てくるとは、夢にも思っていなかったようだ。
「こんにちは、ブライアンさん」
「こんにちは、ダリオ様。馬車での旅はいかがでしたか」
僕はそつ無く挨拶して、そのまま中に案内してもらった。
***
屋敷の中に入ってからは、しばらく形式ばったやりとりが続いた。
当主のギルバート公と長男のキースさんが出てきて挨拶したり、すぐに公務に戻らなければならないギルバート公のかわりにキースさんが僕らをもてなしたり、チェスターとフランちゃんがやってきて、礼節をわきまえながらおしゃべりをしたり。
僕がふたりと話している間、キースさんは気を利かせて、ビアトリス姉さんとブライアンさんを繋ぎとめていた。
「ブライアンにも、今日くらいは仕事を休めと言ったのですが、聞き入れなくて……」
「公爵家にお仕えすることが私の職責にして生きがいです。私の人となりを知っていただくならば、この方がよろしいかと」
「誇りを持ってお仕事されている姿は、とても凛々しく、好ましく思いますわ」
こんな具合に、時間はゆっくり過ぎていった。
***
僕と姉さんには、それぞれ違う客室があてがわれた。
持ち込んだ荷物は、歓談しているうちに従者がセッティングを済ませてくれているので(と言っても、僕の荷物は数えるほどもない)、すぐにくつろげるようになっている。
「ただ、僕はぼんやりもしていられない」
コンコン、と窓のガラスを叩く音。
鍵を開けると、黒いカラスが入ってきた。
先日、アーチバーグの僕の部屋まで密書を届けてくれた伝書カラスだ。
足首の筒から手紙を取り出し、その内容を確認する。
「やっぱり密会は、人が寝静まった後だよね」