二話 ヤンデレ化する運命の次女
アーチバーグ家には、6人の兄と姉がいる。
兄が4人と、姉が2人。
長男と次男、それに長女は、すでに20歳を過ぎていて、国の要職に就いている。
三男は騎士団に入り剣の稽古に明け暮れて、四男は貴族子弟の入学する学園にて勉学に励んでいる。
なので、日中屋敷にいる子どもは、8歳の僕と、まだ11歳で学園に入学前の次女セシリア=アーチバーグだけとなる。
そのセシリア姉さんが、昼食後に部屋にやってきた。
「弟、お庭に出るわよ。供をしなさい」
姉さんは、僕をダリオとは決して呼ばない。
肩まで届く髪を振りまき、僕に指さし命令する。
この頃の彼女は、こんな感じで僕を連れ出すことが多かった。
無論、一緒に楽しく遊びましょうなどということではない。
これまで末っ子だったところに、下の立場の弟ができて、それも、誰からも忌み嫌われる存在とあって、唯一傍若無人に扱えるおもちゃだと認識されていた。
「すみませんセシリア姉さん。まだ、今日の分の勉強が済んでいないんです」
僕は自室で勉強を課せられている。
去年まで全くの無学だったところに、突然貴族の子弟としての、最低限の教養を要求されたのである。
「なによ。私はもう終わったのよ。よく予習ができていますねって、先生が褒めてくれたわ」
この自画自賛もさるもので、セシリア姉さんはとても利発な少女だった。
専属教師からの課題は難なくこなし、数年後には、学園の入学試験も主席で突破するのである。
対して僕のところには、教育係の人間がいない。
7歳の頃に文字を教わったその後は、教師を誰一人と充てがわれず、独学での勉学を余儀なくされた。
104回目の今でこそ、教養知識は完璧だ。
けれど最初は、この勉強が痛苦だった。
不出来な忌み子は、ムチで手ひどく叩かれた。
***
僕は姉さんと庭に出た。
この頃の僕に、拒否権なんてものは存在しない。
アーチバーグのお屋敷には、大きな庭園が備わっていて、常に季節の花が咲き誇っている。
が、優雅に花を愛でる時間は、僕には存在しなかった。
「姉さん、駆けまわると危ないよ」
「私に指図するんじゃないわよ!」
子ども時代のセシリア姉さんは、それはそれはお転婆だった。
庭は憩いの場でなく駆けまわる広場。時には魔法まで用いて小気味良いほどに疾走する。
というのも、姉さんの固有魔法は重力操作という重力魔法。
魔法の才覚にも秀でた彼女は、体にかかる重力を天才的なセンスで制御して、空を飛ぶかの跳躍力さえ実現してしまう。
「元気があってなによりだ、なんて言えないよなあ」
理由はもちろん、彼女が貴族の子女だからだ。
転んで怪我でもしたら一大事。ちょっとでも膝を擦りむけば、その責任は、一緒にいた僕に災禍となって振りかかる。
案の定、彼女はつまづき、小枝の端で服を破いた。
***
その晩、僕は父に平手をくらった。
「姉に怪我をさせかねるとは、何のための付き人だ!」
今日は苛烈な父の罵声。
頬が腫れたが、もう慣れている。
付き人呼ばわりも気にならない。
それよりも、もっと重大な問題が、この後控えているのだから。
「来週には、第四王子が来訪されるのだぞ! セシリアが婚約できるかが懸かっておるのだ! 怪我でもさせて見栄えを損ねるようなことがあってみろ! 子どもといえど、情けはかけぬぞ!」