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二十三話 大人たちの思惑②

 公爵ギルバート=バレスタインは、ミルザリア王国の貴族たちの監査監督を職務としている。


 監査と言っても、高圧的な態度はとらない。

 彼は諸侯の反発を招かぬよう、査察を行う際は、該当者の名前を伏せた事前告知を貴族全体に対して行い、その一カ月後に内密に所領に赴く手法をとっていた。

 悪事の証拠を隠すには短く、しかし、公的な書類等の準備にはぎりぎり間に合う、そんな期間設定である。


 該当の所領は直前まで秘密にされるが、今回はアーチバーグ領ヴァジーネル地方が、そのひとつとして選ばれた。

 これは、領主エドワード=アーチバーグにとって、完全に寝耳に水だった。

 娘セシリアと第四王子の婚約話が進んでいる。なのに自分が対象になるはずがないと、高を括っていたのである。

 もしも、彼が事前告知の段階で、騎士団に不安要素の廃絶を命じていたならば、あるいは、こういう事態は起こらず済んだのかもしれなかった。


***


 ギルバート公は、今回の査察に家族を同行させていた。

 表向きは、お忍びの家族旅行ということになっている。

 王族との婚約話は、実際のところ、査察をするうえで厄介だ。

 しかし、王家の血筋に連なろうという以上、その潔白をあらかじめ確認しておかねばならない。

 査察は絶対的に必要で、そのために、公爵家の旅行先という名目を前面に押し出して、アーチバーグの反感を抑える魂胆があった。


 そんなギルバート公の長男キースは、宿泊先のホテルの一室に入ると、友であり、従者である男に声をかけた。


「今戻ったよ、ブライアン。我が弟と妹の様子はどうだい?」

「おかえりなさいませ、キース様」


 従者ブライアンは、公務を終えたキースを労うと、この旅に同行している彼の弟妹について報告した。


「おふたりともご機嫌斜めです。特に、チェスター様は」


 畏まった態度をとっているが、年齢はブライアンのほうが年上だ。

 キースは今年で20歳、ブライアンは26歳。

 キースはそんなブライアンに、親しみと信頼のこもった顔を向けている。

 幼い頃から専属の従者として傍に仕えていたブライアンは、キースにとって、血の繋がらない兄とも呼べる存在だった。


 そのブライアンからの報告を受けて、キースはふるふると首を振った。


「あの弟は、やっぱり我慢が効かないか。連泊のうえ、外に出られないともなれば」


 一番下の弟チェスターは11歳、末妹のフランセスは8歳だ。

 手狭なホテルの部屋に閉じられて――といっても、ここはヴァジーネル地方で最も大きい高級ホテルだ――我慢できるような歳ではない。


「査察の公務でなければ、アーチバーグ邸に宿泊させてもらうところだが……」

「ええ、ギルバート公が認めないでしょう」


 領主エドワードも、事前に公爵家の宿泊先として自分の屋敷を勧めていた。

 だが、ギルバート公がそれを固辞していた。

 内密に行う査察で相手の家に逗留するのは、監査役としての道義に反するという理由からだ。


「この旅行日程の変更、先方が提案したそうですね?」


 従者の鋭い問いに、キースの目が細まった。


「言葉巧みに、といった感じだったな。あるいは、マフィアを何名かは取り逃がしていたのかもしれん」

「では、残党が町のどこかに潜伏を?」


 キースは小さく首肯(しゅこう)した。


「父上が出発を伸ばしたのも、その可能性を見越してのことだろう」


 父の判断は、幼い弟と妹の安全を考えてのことだと、キースは理解している。

 特に、弟のチェスターはやんちゃ盛りで、熟練の従者たちでさえ手を焼いているくらいだ。


「よくない状況ですね。もし本当に報復を考えていたとして、公爵家が町に滞在していると知れれば」

「その通りだ。だが、今から移動するのも危険といえる。逃げた犯人を拿捕したならば、あの騎士団長が仄めかすだろう」

「それまでは、ここに足止めですか」

「最終的にはお忍びを取りやめ、厳戒態勢を敷かせての出立となるだろうな」


***


 大人たちの思惑が交錯しているその最中。


「よし、いいぞフラン」

「うう、本当にいいのかなあ?」


 町の片隅に、こっそりうごめくふたつの影。


「いいに決まってる。せっかくの旅行なのに、部屋で勉強なんてしてられるもんか」

「でもお兄様、お父様は何かご事情があって宿泊を伸ばされたのではありませんか?」

「フランだって、アーチバーグ邸に咲くプギティバ草の黄色い花をみたいって言ってたじゃないか」

「そうですけど、今はもう季節外れで……」



 大人の思惑は、得てして、子どもたちの行動と絡みあう。

 それはもう、複雑なまでに絡みあってしまうのである。

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