一話 忌み子の末弟
「起きてください。もう朝食の時刻です」
無機質なメイドの声に、僕、ダリオ=アーチバーグは目を覚ました。
起き上がり、自分の体を確認する。
さっきまでグサグサ刺し殺されていたのに、傷はおろか、血の一滴もついていない。
いつものことだ。もう慣れていて、冷や汗もかかなくなった。
「ありがとう、今起きるよ」
礼を述べるも、メイドはすでに部屋から去っていた。
彼女は僕の言葉を待つことはない。返事をしたいとも思っていないのだ。
一応僕の専属となっているけれど、話をする機会なんて、人生1回あたりで数える程度なのだから。
「……そう、これでもう、104回目だ」
僕は、103回ほど姉に殺された。
殺される度に時をさかのぼり、8歳の自分に還ってくる。
「こんなのが、僕の固有魔法」
貴族なら、誰でも有しているはずの天与の才。
生まれつき発現するはずの、個別の特殊技能。
なのに。
「死ぬときにしか発動しない。そりゃあ、魔法の才なしって言われちゃうよなあ……」
***
食堂に赴くと、僕以外はもう全員揃っていた。
「遅いぞ。家族を待たせるものではない」
威厳と蔑みに満ちた父エドワード=アーチバーグの氷の瞳が、僕を冷たく突き刺した。
隣に座る母の目は、父以上の憎しみに凍っている。
全部で六人いる兄や姉も、白い目をしてこちらを見るか、全くの興味なしといったふうに料理のほうを向いているかだ。
「はい、申し訳ありません、父上」
壁際では、従者の列にいる専属メイドが、目を合わせずにツンと澄ましている。
たぶん、「私は何度もお起こししましたが……」なんて感じでみんなに吹聴したのだろう。
「魔法も使えぬ家名の泥めが、せめて規範を示せぬのか」
父の罵倒も、もはや心に響かない。
僕は無能の烙印を押されていた。
固有魔法が使えないうえ、おまけに妾の産んだ子だったからだ。
路上娼婦をしていた母を、酔った父が孕ませた。
市井の者に扮装しての、いわばお忍びでの売春だったが、生まれた子どもに魔力が見つかり、貴族の子であると発覚した。
僕が7歳のことである。
妻に問い詰められた父が口を割り、1年前、僕は屋敷に迎えられた。
魔力は貴族の専売特許。
市民に渡せば、革命の火種となりかねない。
家の体面を保つため、父は苦渋の思いで僕を引き取った。
だから僕は、ここの家族から疎まれている。
(まあ、もう慣れちゃってるんだけどさ)
強がりではない。
100回以上も繰り返し、心の芯は麻痺している。
(なにより、これ以上の恐怖が、すぐ後に待ってるわけだし)
そう。
あと1週間後に、僕は最初の選択を迫られる。
ヤンデレ化する運命の次女、セシリアの命を救って大怪我をするか。それとも、無視して自分が虐待死するか。