十六話 ブロークン・ビアトリス①
これは、25回目のことである。
屋敷の廊下でばったり出会っただけの姉妹は、何かの拍子に、口論になった。
「貴族としての節度と常識をわきまえなさい!」
「家族と親密に過ごすことの、どこがいけないのですか!」
原因は僕の存在だ。
僕へのスキンシップが過剰であるいという注意から、話がこじれてこうなった。
「家族ですって? あんな妾腹の子に入れ込むだなんて、アーチバーグの誇りを失ったのですか?」
「妾腹であっても、ダリオは弟です!」
パァンと、高い音が響いた。
「目を覚ましなさいセシリア!」
ビアトリスの右掌が、妹の頬を張っていた。
「あなたには、第四王子の妻となる未来がある。並大抵の貴族以上に、王家に忠誠を果たす義務があるのです。それを、あのような小汚い者にかまけるなど――」
「……小汚い?」
この中傷が、セシリアの心のタガに触った。
叩かれた頬をさするセシリアの背に、闇が降りた。
「汚らわしい娼婦の血が混じった子など、下水のネズミも同然です。父上の一時の気まぐれで、たまたま産み落とされただけの――」
「……してください、姉上」
聞き取れなかった言葉の中に、長姉は、何やら不穏な気配を覚えた。
「なんですって? 今――」
「訂正してください、姉様!」
ズシンと、屋敷が振動した。
セシリアの髪が、風もないのに揺らめいていく。
「セシリアあなたっ、固有魔法を!?」
「訂正してください、姉様……テイセイシテクダサイ……」
屋敷の振動は止まらない。
ギシリギシリと、壁や柱が悲鳴を上げる。
重力操作。
物体にかかる重力を操るその魔法を、セシリアは家族に向けて解き放った。
「テイセイシテクダサイ……テイセイシテクダサイ……」
「くっ……」
妹に言葉は通じない。
瞬時に悟ったビアトリスは、咄嗟の反射で、自身の固有魔法を発動した。
「銀鏡結界!」
ビアトリスの体を中心に、球体状の魔法障壁が現れる。
重力操作の超重力が、彼女の体に降り注いだのは、その直後だった。
「っつ、やるわねセシリア。でも……」
障壁の中、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「これしきの威力、倍にして返してあげるわ!」
銀鏡結界
その本質は、防御ではなく反射攻撃。
結界で受けた攻撃の力を、倍加して衝撃波として跳ね返す。攻防一致の至高の切り札。
しかし、
「嘘っ!? 衝撃波ごと押し潰された!?」
軋む壁、軋む柱。
次女セシリアの重力操作は長女の結界の範囲を越えていた。
セシリアの魔法は、屋敷全体を覆う範囲に及んでいる。
「そんな! この子の歳では、広域展開できる魔力なんて――」
「テイセイシテクダサイ……テイセイシテクダサイ……テイセイシテクダサイ……」
セシリアの右手が、姉に向かって掲げられる。
ビシリという嫌な音。
左右の壁に、天井と床に、大きな亀裂が生まれていく。
「やめなさいセシリア! これでは屋敷が――」
「テイセイシテ……シネ」
右手が強く握られる、その直前に、
「待って姉さん!」
セシリアの最愛の弟ダリオが、惨劇の舞台に参上した。