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十二話 プギティバ草と乙女の猛毒

 姉さんの指導によって、僕は本日の勉強を、つつがなく完了した。


「これで、ダリオも一緒にお庭に行けるわね」


 嬉しそうなセシリア姉さんに、僕は従順に付き従う。

 もちろん目当ては、プギティバ草の花。

 厳密には、この花から作れる妙薬、【エリクシル】。


 この花は、滋養強壮の薬として、南方大陸の原住民に用いられてきた。

 花弁を干して、粉にする。ただそれだけの簡単調剤。

 だが、その薬効は驚異的で、遠く離れた我が国ミルザリアの商人までもが目をつけた程だ。


 しかし、その商人たちの慧眼をもっても、予測できないことがあった。

 もともとは青緑色だった花が、ミルザリアの土では黄色く育つ。

 この黄色い花で薬をつくってみたところ、その効力は、従来の薬を遥かに凌駕した。

 商人は、薬に【エリクシル】という名を与え、王侯貴族に高い値段で販売した。

 強気の価格設定だったが、薬は飛ぶように売り切れた。

 それほどまでに、効果の程は凄まじかった。

 まさに、死者を蘇生させるが如しの薬効を【エリクシル】は発揮したのである。


(これは大げさな話じゃない。現に僕は、死ぬほどの毒を摂取させられたことがあったのに、【エリクシル】のお陰で生還したんだ)


***


 それは33回目のやり直し、僕が11歳の年だった。


 色々あって(もちろん姉さん絡みだ)、真冬の冷たい川に流された僕は、酷い風邪をひいてしまった。

 数日間、ベッド上での安静を余儀なくされたが、その中で、ある重大な危機に直面していた。


「この家には……看病してくれる……人がいない……」


 かろうじて一命を取り留めたものの、体は高熱に浮かされ動けない。

 けれど、家族も使用人も、僕の部屋には最低限以下の頻度でしか訪れてくれなかった。

 一応食事は持ってきてくれるけど、病人食ではなく通常の献立のまま。

 この体調では、ほとんど食べられず、ほとんどを残してしまっている。

 そんな絶食に近い状態が、もう三日目になろうとしていた。


「あわよくば……このまま死んで……ほしいってことか」


 転落事故の時からそうだ。

 この屋敷の中に、僕の味方は一人もいない。

 わかっていたけど、でも、このままでは本当に死にかねない。


「この際……セシリア姉さんでも……いいから……」


 しかし、彼女はここに来れなかった。

 本来ならば、断られようと看病に訪れるはずの姉さんは、僕と一緒に川に落ち、見事に風邪をひいていた。


(まあ、姉さんに殺される心配はないって見方もあるか)


 ついには、考えるのもおっくうになる。

 意識がぼやけて、僕は気を失うように眠りに落ちた。


 ・

 ・

 ・


「……リオ、ダリオ」


 声が、上から降りてきた。


「姉、さん……?」


 声に揺られて、まぶたを開ける。

 朦朧とした視界の先には、僕を心配そうに覗きこむ、セシリア姉さんの顔があった。


「ダリオ、大丈夫?」


(ああ、お見舞いに来てくれたのか……)


 この時の僕は、まともな思考ができなかった。

 三日も続く高熱に、絶食による栄養の不足。

 平時のような警戒心は露と消え、姉さんの言動を疑うことをしなかった。


「すごい汗。かわいそうに、まだ熱が下がらないのね」

「姉さんも……すごい熱が出てたって……」

「私はもう治ったわ」


 ひと目で分かる嘘だった。

 姉さんの顔は上気したように赤みを帯びて、呼吸もわずかに乱れている。

 熱が引けていないに違いなかった。


「体を拭いてあげるわ。それと、なにか食べたほうがいいわね。さっき厨房を借りて、ポリッジ(おかゆ)を作ってきたの」


 姉さんは僕の体をベッドから起こすと、上半身の服を脱がして、濡らした布で体をぬぐい始めた。

 感覚がぼんやりとしていて、どこを拭かれているのかわからなかった。


「ダリオの体、こんなに熱くて……」


 段々と、声色が熱を帯び始める。

 あれ? これってまずいのでは……と思ったが、姉さんは手際よく清拭(せいしき)を終え、僕に新しい寝間着を着せてくれた。


「あり……がとう……姉さん……」

「どういたしまして。でも、無理に喋らなくていいわ。食事はどう? 食べられそう?」


 首を動かし、肯定する。

 だるくて仕方なかったけれど、体は栄養を求めていた。


 姉さんは毛布を丸めて背凭れにして、僕の体を預けさせた。

 そして、用意してあったポリッジを器によそうと、スプーンで僕の口まで運んできた。


「はい、あーんして」


 促されるまま口を開け、ポリッジを咀嚼する。

 柔らかいポリッジは、蕩けるように喉を通って、全身に染みていく。

 僕は雛鳥のように夢中でポリッジを口に詰め、三日ぶりのまともな食事をむさぼった。

 時間をかけて、かなりの量を平らげた。

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