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ある事務所の記録

(ミ)ライの記録

作者: りんごまん


季節は冬。

ここは都内某駅から徒歩五分の雑居ビルの四階である。殺し屋のオーナー代行としてタシロが派遣され、夏と秋が過ぎ、冬がやってきていた。


◾︎ライとミ

四階のダイニングには大きなダイニングテーブルが置いてある。重厚な木製のテーブルである。

床にはペルシア絨毯が敷かれている。

ダイニングには現在、五名の人物がいる。


一人目はタシロである。青白い顔をして、猫背で一重。語彙力が著しく乏しい。

ハヤシライスを食べようとしている。


二人目は塩顔のオカダ。料理の腕と調査能力に長けており、あらゆる雑務を引き受けている。

レンがケチャップをこぼしたので、紙ナプキンを手渡そうとしている。


三人目は戦闘担当のレン。ジャンクフードとコーラでできている。黒目が大きい二重の顔をしており、いわゆる濃い顔だちである。ハンバーガーを食べようとして、ジーンズにケチャップをたらしたところである。


四人目は毒というか、薬物全般担当のトモヤ。

髪を金髪に染めて、くっきり二重と涙袋が特徴の顔である。顔を五人目のライの方に向けながら、温野菜のサラダにごまドレッシングをかけようとしている。


五人目は爆発物担当のライ。華奢で身長が低く童顔。成人していると聞いた際、タシロは飛び上がるほど驚いた。苺大福と豆大福のどちらから食べようか悩んでいる。


タシロを除く四人は、三秒ほど静止している。

タシロだけが目をキョロキョロしており、タシロ以外は時が止まったようである。

こんな設定の成人向けビデオあるよな?とタシロは思った。


三秒ほど前になにがあったのか。タシロは思いを巡らしたが全くわからない。ただ、トモヤが、ライの名前を呼んだはずだが、言葉の音として発せられたのはライではなかったとタシロは思った。

トモヤはライの方を見ながら、「ねぇ、ミライ」と言ったのである。ねぇのあとに普段ならライと二語が続くはずが、今回はミがついていたのである。


静止を解いたのはレンだった。「ぶはは!」と笑った。続いてトモヤとオカダも笑った。トモヤは手のひらで顔を覆った。

レンは「やっちまったなー!」と愉快そうに言いながら、ダイニングの、壁にかかった振り子時計の下にある猫足のチェストから煎餅缶を取り出した。

猫足のチェストの上にはラナンキュラスの切り花が飾られている。


「ほら、トモヤ一万円よこせよ」とレンは缶を開けてトモヤの前にずいっと出した。缶の中には二十枚ほどの一万円札が入っている。

「トモヤがやらかすのは、二年ぶりくらいじゃねーかー?」とレンが言う。

「あぁ、もうー、昨日映画見たでしょう?僕、危ないなぁって思ってたんだよね」トモキはスマートフォンカバーに三つ折りにしまっていた一万円を取り出し、缶の中に投げ入れる。

「勘弁してよね」とライが言う。


昨日は五階で九時からアニメ映画をみんなで見た。四階のダイニングには、テレビはないためだ。

みんなで見たのは、赤ちゃん返りした少年のファンタジーアニメ物語である。映画の題名にミライという単語が二つも入っている。


「俺も昨日の映画やばいと思ったんだよねー!タシロも一緒に見たっしょ?でも、俺、もしかして、タシロがミラクル起こして、タシロがミライって呼ぶんじゃねーかって思ってた!」とレンが言った。


「あのぉ‥‥?」とタシロは訳がわからないという顔をした。オカダが、煎餅缶をチェストにしまいながら言う。

「ライの名前は正確にはミライというんですよ。でもそれは内緒の名前です。ライと呼ばないといけません。でも、うっかり言ってしまうことが、年に数回あるんですよねぇ」


ほぅ、ライは、ミライというのかとタシロは思った。

ライという名前は、珍しいと思っていた。どんな漢字を書くのだろうと思っていた。ミライなら合点がいく。


食事を終えて、シャワーを浴び、タシロは、寝る支度をしていた。頭の中にはまだミライという単語が主張している。

ミライというのか‥‥そういえば、夏にどこぞの議員をホテルで処分した。その際、議員秘書が、ライを指して、シモダ代議士の‥‥と言った事を思い出した。その続きはわからない。レンが喉をかっ開いて殺してしまったからだ。

ということは、ライは、シモダミライという名前なのか。シモダミライ‥‥シモダミライ‥‥。

タシロは目を見開いた。タシロは今世紀最大のアハ体験をした。


翌日、オカダがタシロのためにコーヒーを入れている。いつもなら香ばしい香りを楽しむのだが、今日のタシロは、チラチラとオカダを見ている。

話題にしていいのか、いけないのかを、オカダの気配から察知しようとしていた。

マグカップを持ったオカダは、くるりとタシロの方を向いた。

「タシロさん。昨日のことが気になっていますね?」

あぁ、そうだ、単細胞生物のタシロなぞ、切れ者のオカダにかかれば、思考を読むことなどたやすいはずだ。

「オカダさん‥‥ライはつまり‥‥シモダミライちゃん誘拐事件のミライちゃんというわけですか‥‥」と、タシロは尋ねた。


時計の針は十二年前に遡る。タシロが十三歳。ライは九歳である。

シモダ家は、江戸時代には反物で財を成し、さらに明治時代には百貨店業と銀行業で広く名をひろめた。簡単にいうととにかくお金持ちの一族である。現在は、政治家、卸売小売業、劇場経営、飲食店経営などを一族で展開しつつ、黄色のシンボルマークが有名な銀行の経営陣にも、もちろんシモダ家の人間が多数名前をつらねている。

ここまではタシロも知っているシモダ家の情報だ。

一族にはタレントもいて、バラエティ番組でその華麗なる家系図を披露しているのを見たことがあった。


十二年前、シモダ家の当時の当主には三人の息子がいた。

その長男が、ライの父親であり現在の当主である。ライは正確には妾の子ではあるが、ライが小学校に入ると同時にライはシモダ家に引き取られた。これは以前オカダが説明してくれた。


そしてシモダミライちゃん誘拐事件である。

シモダミライちゃんは、九段下に位置する由緒正しい私立小学校に通っており、代々シモダ家付きの運転手が運転するハイヤーで登下校していた。

小学校の正門からハイヤーの停止場所までは50メートルほどしかない。下校時刻の14時45分にアーチ型の正門をくぐったミライちゃんが、監視カメラから確認されている。だが、その日はいつまでたっても、ミライちゃんはハイヤーには現れなかった。50メートルの間には信号が一つあり、場所柄多くの人が行き来している。誘拐することなど不可能に近い。


だが、ミライちゃんは忽然と姿を消した。

警察は連日300人体制で捜索にあたった。有志の会も結成され、ビラ配りがなされた。

有力情報には懸賞金がかけられ、色々な憶測が飛び交った。運転手が嘘の証言をしているのではないか‥‥監視カメラの映像はフェイクなのではないか‥‥。

ミライちゃんの家族はテレビカメラに向かって必死に呼びかけた。


家族の切なる願いも虚しく、半年後にミライちゃんは奥多摩の山中で、遺体で発見された。

タシロはこの事をドキュメンタリー番組で見て知っていた。当時、タシロ家は父親を亡くし、苦しい生活を送っていた。だが、金があるというのも楽じゃねぇなとテレビを見ながら思ったのを覚えている。あのシモダミライちゃんが、あの、ライだと‥‥?

タシロは頭が蒸気を発して、オーバーヒートするのではないかと錯覚した。

ていうか、ミライちゃん生きてんのかよ!見つかった遺体はなんなんだよ!とタシロは思った。


オカダは、あのライは、シモダミライであっている。だが、消して口外してはいけませんよと言って、管理人室を後にした。


一週間後、ライはあるチラシを持って、ダイニングでオカダに相談事をしていた。高田馬場にある某大学で開催される公開講座に参加したいという事らしい。

公開講座は毎週金曜日16時から開講。全部で四回あり、エネルギー研究の権威が、原発と放射線、再生可能エネルギーなどをテーマに講義をするらしい。

事前の申し込みが必要だが、行ってもいいかと、ライはオカダに聞いた。

オカダは珍しく歯切れが悪く悩んでいる様子だった。ライの身の安全を懸念しているらしい。


「とりあえず偽名だけ用意してやって、送り迎えは俺らが交代でやりゃいんじゃねー?」とレンが助け舟を出す。

「一応変装もした方がいいよね、冬だしニット帽かぶればいいよ。あと、僕の伊達眼鏡貸してあげるよ」とトモヤが言う。

タシロはサングラスを貸そうかと提案したが、それはいらないと、ライに食い気味に断られた。


オカダは渋々了承した。

かくして、ライは、「モリタサトシ」と言う名前を与えられ、公開講座への申し込みを済ませた。オカダは念のためモリタ姓の免許証と保険証を用意してやった。


◾︎ライとミサ

ライは言われた通り、ニット帽と黒縁の伊達眼鏡をかけ、高田馬場にある某大学の大教室の前はじに座っていた。

送迎したのはライだ。教室にも付き添うかと言ったが余計目立つ気がしたので断った。


初回のテーマは原発と放射線だ。ライは原子力エネルギーにも興味があるし、放射線が人体に及ぼす影響にも興味があった。両方をしっかり勉強すれば、爆弾制作にも活かせるかと考えていた。

90分の講座を、ライは飽きる事なく熱心にノートをとって聞いた。知的好奇心のコップがぐんぐんと、満たされるのを感じていた。申し込んでよかったとライは思っていた。


講座が終わり、そっと教室出ようとしたときに、声をかけられた。

「あの、ペンケース忘れてますよ」と女性の声で呼ばれた。ライは振り返り、女性を認識した。

ボブヘアーのライより少しだけ背が低い女性である。ロング丈のモッズコートを着て、ライのペンケースを差し出している。

「あ、すいません‥‥」とライはペンケースを受け取った。帰ろうとしたが、女性は構わず言葉を続ける。

「ずいぶん熱心だったね。うちの学生?」と女性はリュックの肩紐を直しながら聞いてくる。リュックはパンパンだ。ライを年下と認識したのだろう。タメ口に変わっている。ライは首を振る。

まぁうちの学生だったら、たぶん寝てるだろうしねと女性はおどけた。

「私、ミサ。理工学修士課程の二年なんだけど。熱心にノート取ってる姿に感動しちゃったよ。難しいテーマなのにさ。そうだ、この本貸してあげる。次の授業の時に返してくれたらいいよ」と言って、「放射線と人類の戦い」という本を差し出した。

ライはミサの勢いに押され、本を手に取る。ずっしりと重たい本だ。

ミサはじゃあねと言って、次の授業に出るのだろうか、別の棟向かって去っていった。

レンの運転する車に乗りながら、オカダにミサのことを報告すべきだろうかと、ライは考えていた。


タシロは五階で銀色の小さなノートパソコンに届いた依頼メールを眺めていた。

殺しの依頼はタシロのウインドウズのノートパソコンにメールで届く。

なるべく良心が痛まない依頼を選別するのがタシロの、心掛けだ。


テレビからは、銀座のグルメ特集の音声が聞こえてくる。若者に人気の漫才コンビの二人がA5ランクの焼肉を食べている。うまいとか、とろけるとか感想を言っている。銀座、渋谷、新宿に店を構えているらしく、若者にも本物の味をということで、一頭買いした牛をリーズナブルに提供しているということだ。

では、次は銀座でいただく最先端パンケーキです、と言って女性レポーターに切り替わった。


今週の送迎は、トモヤだった。レンは帰りは自分で帰るよと、伝えた。ミサに本を返却せねばならない。

トモヤは心配したが、何かあればすぐ連絡するようにと伝えて去っていった。


二回目の講義は、「エネルギー政策の今」だった。海外のアグレッシブなエネルギー政策の紹介や、人口が増加し続ける中、どうエネルギー政策を進めていくべきかについて学んだ。

講義後、ミサに本を返したかったが、姿が見えない。うーんと悩んだが、ライは大学の構内案内図を見て、理工学部の研究棟を目指した。


研究棟の入り口で、「あれぇ」とミサに声をかけられた。実験に使うのかポリバケツを手に持っている。本を返しに来た旨を伝えると、「あぁーそっかぁ!実験に夢中で、講義があるの、忘れてたぁ。あはは」と笑った。そうだ、ついでに研究室によっていきなよとライの手を引いた。ポリバケツの中にはじゃがいもが入っていた。


二階の奥にある研究室は、実験室とスタディルームがガラスで仕切られていた。棚には書籍やファイルが雑然と並び、実験用と思われる器具も雑多に置かれている。スタディルームにライを通すと、ミサは、適当に座ってとライに告げ、インスタントコーヒーを入れると手渡した。

ライはとりあえず受け取り、一口飲んだ。


「君、名前なんていうの?」ミサは尋ねた。

オカダに与えられたサトシという名前を伝えた。

「サトシ君かぁ、研究室にある本、読みたいのがあれば借りてっていいよ。学術書って馬鹿みたいに高いからさぁ〜。ね、サトシ君は普段何やってる人?別の大学からきてるとか?」とさらに尋ねた。

「探偵事務所でお手伝いしている」と、これもオカダの、シナリオ通り回答した。

「へぇ!探偵!私ねぇ、探して欲しい人がいるんだぁ。人の探し方なんてわからないからさぁ。会いたいなと思ってもう十年近く経っちゃった。お願いしちゃおうかなぁ〜」とミサがライの顔をのぞき込む。

ミサの丸い目と、ライの丸い目が合う。


「えっ‥‥」と続きを聞こうとしたとき、研究室にドヤドヤと学生たちが入ってきた。驚いたライは手短に挨拶をして、一礼をして研究室を出ていった。

ライの背後から、遺伝子工学部から余ったじゃがいももらってきたからみんなで食べようとミサの大きな声が聞こえた。


テーブルの上にはカップになみなみと注がれたコーヒーが残っていた。


ライが大学にいるころ、タシロは、トモヤとレンに仕事の説明をしていた。

今回のターゲットは、サチカという女性だ。女性をさらって、汐留で彼女を引き渡す。

ある大物人物が生き別れの娘を探しているらしく、サチカという人物が候補に上がったらしいのだ。

サチカは、22時に仕事をあがる。その帰り道がいいだろうと言うことだった。

ライは、大学の図書館は21時まで開いていて、図書館に寄りたいとの事で今回は不参加だ。


時刻は22時池袋。

トモヤとレンは、ターゲットを車内から確認し、彼女に声をかけ、薬を嗅がせると、手際良くバンの中にサチカを運んだ。汐留駅に向かう。平日夜遅くの汐留駅は閑散としている。


だが、手違いがあったのだろうか、彼女を引き取りにくる人物は、現れる気配がない。汐留駅で待機してもう一時間が経とうとしている。あまり長居するのも不審だろう。トモヤはオカダに電話をして指示を仰いだ。

「僕、念のためと思って、きつめのお薬嗅がせちゃったんだぁ。明日の朝までは起きないと思うんだよね。このまま汐留の路上に転がすわけにもいかないしさぁ‥‥」とトモヤは困った声をだした。


トモヤが電話中、レンはサチカの髪の匂いを嗅いでいた。「あ〜女の子ってなんでこんなにいい匂いすんだろ」レンは邪な気持ちが湧いてくるのを、これはクライアントのものだと必死で制した。


オカダの指示で、サチカは住処に運ぶ事にした。

明日、彼女が目を覚ます前に彼女の住まいの最寄り駅前に運ぶ。彼女は訳がわからないだろうが、レン達のことも気付くことはないだろうとオカダは言った。

どっこいしょと、レンはサチカをお姫様抱っこで四階に運ぶ。まったく女の子ってのは軽くて、こんなので良く生きてられるなと、レンは思った。


24時。

四階のダイニングに鎮座している皮張りのアンティークソファにサチカを横たえるとレンはサチカの額を撫でた。オカダがブランケットをかけてやる。

「ねぇ、何かあったの?」といつもと違う雰囲気を察したのか、二階の居室から上がってきたライが顔をだした。ソファに横たわっている女性と、レンが視界に入る。


ライは「ミサ」と呟いた。

ダイニングの空気が、ピリッと張り詰める。

瞬間、ライはレンの胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。「てめぇ、この野郎!」怒鳴ったのはライだ。

続けて、ライはレンの頬を拳で殴った。

レンにとって、ライのパンチは特別痛いものではない。だが、レンは驚いた。いつも仏頂面の同僚が突然鬼の形相で襲いかかってきたのであるから。


25時。

すやすやと眠るサチカを四階に残し、五人は五階で沈黙を保っていた。

最初に口を開いたのはオカダだ。

「彼女の名前は、ミタ サチカです。ミと、サでミサがニックネームだから、ライにミサと名乗ったんですね」

「俺は仕事しただけだし、なんで殴られないといけないわけよ」とレンは腕を組んでふてくされながらもこの状況を楽しむかのように言う。

そう、レンとトモヤはアルバイト帰りのサチカをさらった。

そしてそれは、ライが大学で出会ったミサであった。

トモヤはふぁぁとあくびをしながら、「とりあえず眠いよ。彼女を引き取る人間が現れなかったことはおいといてさ、彼女をどうするかだけ決めて、もう寝ようよ」と言った。トモヤは本来は朝方人間だ。

タシロが「あの、ライさんは、探偵事務所で働いてるってサチカさんに言ったんすよね。じゃあ、サチカさんは、アルバイト先からの帰り、気を失った。たまたま居合わせたライさんが探偵事務所に運んだということにしたらどうです?」と提案した。

タシロのこの提案に、オカダ、レン、トモヤは同意の意をこめ、小さく拍手した。ライは口を尖らせて、まだ少し怒っていた。


7時。

サチカは目を覚ます。「あれぇ‥‥」と何が起こったか訳がわからない様子だ。サトシの姿を見つけて、ホッとした様子を見せた。

ライ‥‥ではなくサトシは、昨日タシロが作ったストーリーを話して聞かせた。倒れたこと、サトシと探偵事務所のメンバーがたまたま居合わせて、助けたこと。

「じゃあここ、探偵事務所ってことなんだ‥‥」

サチカはオカダから、アレルギーはあるかと尋ねられた。ないとサチカが答えると、オカダはコーヒーとサンドイッチをサチカに差し出した。サチカは礼を言った。

サチカは物珍しそうにダイニングを眺める。

トモヤとライが、バンにサチカを乗せ、自宅まで送り届けることとなった。


バンが走っていくのを五階の窓から眺めながら、タシロは、レンに向かって言った。

「昨日、ライさん怒ってましたね。ライさんってあんな表情もするんすね‥‥」

「おぉ、俺もびっくりしたけどな。ただ、あいつは見た目以上に熱い男だよ」レンは続けた。

「いつだったか、ヤクザの親玉を処分するのに結構な争いになったことがあってよぉ。俺は結構な傷を負っちまったんだよ。俺を置いて、さっさと離脱しろってライに言ったんだけど、ライは絶対に嫌だつって、ロープで、自分の体に俺をくくりつけて救ってくれたんだぜ。あの華奢な体でなぁ」

タシロは感嘆の声をもらした。ツンデレな童顔青年はそれほどまでに熱い男であったとは。

あ、あとな、とレンは付け加えた。

「ライは普段、格闘はしねぇが、戦うとめちゃくちゃつぇぇぞ」


8時30分。池袋駅前。

「ありがとうね、サトシ。急に倒れるなんて、助けてくれたのがサトシ以外の人だったら私、危なかったかもしんない。最近変な人多いから」とサチカは簡単に礼を言って自宅であるアパートへ戻っていった。

まぁ、危なかったことには間違いないんだけど、とライは見送りながら思った。

土曜日であったが、池袋駅は通勤であろう人、お待たせとスマートフォンを操作している待ち人に声をかける人、これからハイキングにでも行くのであろうか、登山ウェアに身を包んだグループなどでザワザワとごった返していた。


サチカと別れた後、ライは自室に戻った。ベッドの上に腰掛ける。昨日はあまり寝れなかったので眠い。

ポツポツと雨が降り出し、やがてざあざあという音にかわる。ライは眠気に身を委ね、横になり目を閉じた。


ライは夢を見た。そうだ、あの日も雨だった。今日よりひどい雨だった。話し声さえもかき消されるようなどしゃぶりの雨の中、喪服をきた弔問客が、続々とシモダ家の屋敷に向かっている。向かう先はシモダミライのお葬式だ。涙を流す者、ヒソヒソ話をする者、沢山の花‥‥。

オーナーとライは、運転手が運転する車の後部座席に、座っていた。皮張りのシートで、登下校の送迎をしていたハイヤーよりさらにフカフカしている。オーナーのつけている香水の香りがライの鼻をくすぐる。

オーナーはライの頭をなでながら優しく言った。「僕は当主にご挨拶してくるから、車の中で待っててくれる?ご挨拶が終われば全て終わりだから、一緒にケーキでも食べに行こうねぇ。いい子にして待ってて」表情はよく覚えていないが優しくて甘い声だった。ライにそのように告げた後、オーナーは車外へ出て行った。


オーナーを待つ間、ふと窓から車の外をのぞく。

自分の葬式の弔問客は途絶える気配がない。弔問客の中に、女の子がいる。自分より少し年上の女の子だ。髪を編み込みにして、傘をさしてまっすぐ立っている。あんなお友達いたかな‥‥とライは思った。その瞬間、女の子は顔の角度を変えてこちらを見た。外からライのいる車内は見えないようになっているはずなのに、ライは女の子と目があった気がした。


ふとライが目を覚ますと、時計は午後三時をさそうかとしている。昼ごはんも食べずに寝てしまったようだ。雨の日は時々眠り込んでしまうことがある。


その日のディナーは、テリヤキチキンバーガー、シュリンプサラダ、お汁粉だった。タシロがいない。

「あれ?タシロは?」とライが尋ねる。

昔の仲間と会うのだかで、飲みにいきましたよとオカダは言った。


翌日の朝食にもタシロはおらず、結局タシロがダイニングに顔を出したのは月曜日の朝だった。

本日の朝ごはんは焼きおにぎりと味噌汁、エッグマフィン、グリーンスムージー、ホットケーキだった。

エッグマフィンには厚切りのベーコンが挟まれ、

ホットケーキにはマカダミアソースがかかっている。


ほぼ2日間行方をくらましていたわけだが、大して誰もタシロの不在について言及することも、気にかける様子もなかった。

ふいに、ライが「オカダさ、僕に話してないことない?」と尋ねる。緊張した空気がダイニングを包む。

オカダは手をタオルで拭きながら言った。

「いいえ、資料がまとまりましたので、これからご報告致します」

タシロは疲れていたのか、大きなあくびをして、すませんと謝った。



◾︎ライと水曜日

ライはキャンパスにいた。

金曜日の公開講座は残すところ二回だ。講座が終われば自分は高田馬場に来ることはまぁないだろう。

オカダに頼んでスイートポテトを用意してもらった。差し入れだ。


サチカに会えれば少し話をしよう。

会えなければ図書館に寄って帰ればいいとライは考えていた。だが、件の研究室を覗くとサチカはすぐに見つかった。

実験器具のバーナーで串に刺した餅を炙ろうとしていた所だった。

「何やってるの」とライが声をかけるとサチカはひゃああと飛び上がった。危ないからやめてくれとサチカは言ったが、餅をバーナーであぶる方がずっと危ない。お腹が空いていたらしい。

「ちょうどよかった」といい、ライはスイートポテトが入った紙袋を差しだす。サチカは今度は歓喜で飛び上がった。


卵黄で艶々と輝くスイートポテトを口に含む。

しっとりとした芋の食感の後、自然由来の優しい甘みを舌の上で感じて、サチカは「んん〜、さいっっっこうに美味しい」と喜んだ。「いつもなら研究室のみんなにもお裾分けするけど、これは持って帰って独り占めしちゃお〜」とにこにこした。

ライは、料理上手の同僚がいること、ミサではなくサチカと呼ぶことなどを話した。ミサと呼ぶのは、あの四人にはどうもピンとこないらしい。

研究室には、静かで穏やかな時間が流れていた。


「あ、いけない、私、今日、バイトの日なんだ!オープンからだからそろそろ行かないとだ。ありがとねサトシ」と、サチカが、慌ててスイートポテトをリュックにしまう。

「研究とアルバイトの両立って大変だね」ライは以前理系の大学生は学校に泊まり込むことも多くてとにかく時間がない、というのを聞いたことがあった。

「しょうがないよ。うちは母子家庭でね、そんなに余裕ないんだぁ。大学には奨学金もらっててね。だから、生活費くらいは自分で稼がないとね」とサチカは答えた。「でも居酒屋バイトって、まかないでるし、シフトの融通もきくから。店長もいい人だし。それに、私めちゃくちゃ勉強して、返還義務のない奨学金もらってるんだ。だからさ、恵まれてる方だよ」と付け足した。


研究室に残されたライは本棚をしばらく眺めた後、自分も帰ろうと席を立った。

「あれ?誰かいるの?」と声をかけられる。どうやらサチカと同じ研究室の学生らしい。先日も研究室で見かけた気がする。

「あぁ、サチカさんの知り合いの」と男子学生は言った。「学部生?サチカさんって人懐こいよねぇ」学生は、棚からファイルを取り出し、パラパラとめくった。

どこにしまったかなぁと独り言を言っている。

「サチカさんさぁ、博士課程のことなんか言ってた?」とファイルやプリントをゴソゴソとあさりながら学生はライにきく。

「いいえ、なにも」とライはこたえる。

「先輩のおうち色々苦しいみたいでさぁ、博士課程に進まないで、教授が紹介してくれる会社で働こうかなって言うんだよ。でもさぁ、もったいないと思うんだよね。先輩だったらもっとスケールの大きい仕事ができる気がするんだよ。発電所開発とかさ、でっかいやつ。

教授の紹介ってさ、保険代理店の子会社でシステム保守だってさ。まぁ、別に悪く言うわけじゃないけど、論文で表彰までされたのにもったいないよねぇ」

表彰式でもらった盾を、食えないって怒ってたけどね、と、サチカが聞けば怒りそうな情報まで学生は話した。

ライは学生に一礼をして研究室をあとにした。


ライはキャンパス内を歩きながら、ホットケーキを食べながらきいた、オカダとタシロからの報告を思い出していた。


「サチカさんに関する報告ですが、まず初めに、念のため、ライさんに確認です。ライさんにとってはあまり気分のいい内容ではありません。配慮して欲しいことはありますか?」とオカダはきいた。

「なにもないよ」と、ライは間を開けることなく言った。「僕が先に知りたいことも、後で知りたいことも、一人で知りたいことも。その逆の知りたくないことも、ないよ」


「そうですか、では。

サチカさんは、シモダ代議士の隠し子です」

オカダは顔色を変えずに告げた。明日の天気は晴れですと同じトーンだ。

「それってつまりライにとっての‥‥」とトモヤが引き継ぐ。

「へぇ、やんちゃだったんだな」とレンがエッグマフィンにかぶりつく。

「異母兄弟ということになりますね。シモダ代議士はライさんのお母さんと出会う前に、サチカさんのお母さんと出会っています。サチカさんのお母様の実家は葉山でミタ写真館という名の写真館を営んでいました。そしてその葉山にはシモダ家の別荘があり、シモダ家とミタ家は関係があったようです。それがきっかけか、どんなロマンスがあったのか、代議士がどこまで何を知っているのか、本当のところはわかりません。ただ」とオカダは続ける。


「サチカさんとシモダ議員は三ヶ月前、偶然にも同じ空間にいました。新宿のホテルです。代議士は後援会とのお食事、サチカさんは論文の祝賀会だったようです。これは想像に過ぎませんが、二人は偶然ホテルですれ違った。シモダ議員はどこか見覚えのある顔だと感じた。その後、何らかの方法で彼女の苗字を知る。そして過去の出来事を思い出す‥‥まぁ想像に過ぎませんが」

「論文を発表すると、名前はあちこちに掲載されるし、表彰されるくらいだから、顔写真も載るだろうしねぇ。サチカさんの存在をシモダが認識するきっかけはいくらでもあっただろうね」とトモヤが言う。


「で、タシロさんにはちょっと葉山まで行っていただきました。産院まで行って話を聞いてもまあ、個人情報ですし、教えてはくれないだろうというのは予想していました。でも、十分な収穫はありましたよ」と、オカダ。


「二ヶ月前に、シモダ議員が、ミタ写真館、区役所、産院のあたりで目撃されていました。一部の情報は、シモダ議員のスキャンダル狙いのカメラマンからも、裏がとれました。ただ、写真館は既に店を畳んでいて、覗いたんですが、人が住んでいる気配はありませんでした」とタシロは報告した。

「シモダ議員が探していたのは、サチカさんか、お袋さんだったんだろうなぁ」とレンが言う。


「そしてもう一つ、彼女は狙われています。ご存知の通り、うちにも、同業にも、拉致依頼が来ています。週刊誌のカメラマンも。まぁすごく簡単に言うと、狙われまくってますね」とオカダは言った。「全部盛りじゃねぇか」とレンは独り言を行った。


四階のダイニングから二階の自室にもどり、ライはベッドに腰掛けた。

机の引き出しから新品のパズルを取り出し、箱を開け、ピースを机にばら撒く。ピースの一つ一つは無色透明だ。完成すると立体の城ができるらしい。ライはパズルを組み立てながら、これまでに得た情報と、事実を頭の中で整理していた。


タシロの報告には続きがあった。

「なんつぅか‥‥言いづらいスけど‥‥サチカさんのお袋さんは二ヶ月前、自殺したらしいス。近所の人は自殺するような理由には心当たりはないみたいで‥‥写真館は先代で店じまいしちまってて、お袋さんは一人で細々と貯金を切り崩して生活してたらしいんスけど‥‥練炭自殺だったということス。サチカさんは泣くこともできないくらいショックを受けていたと、見ていられなかったと近所の爺さんが言ってました」


ライはパズルを組み立てるスピードを上げる。

収めるべきものを収まるべき所に収めるためには、自分はどのように動くべきか、誰に何を伝え、どう動かすべきか。どんな言葉を選択し、発するのが最良の選択か。無数にある選択肢を浮かべ、仮説を立て、壊して、やり直す。ライの頭の中では、壊して、作り直しての作業が何度も行われた。



◾︎ライとスマートウォッチ


第三回目の講義は、「再生可能エネルギーの最先端研究」というテーマだった。

講義後、サチカはライにイチゴミルク牛乳のパックをこの間のお礼と言って渡した。二人はキャンパスのメイン通りに設置されたベンチに腰掛ける。「サトシはさ、コーヒー苦手なんでしょ。この間のさ‥‥ふふっ、あの表情、すぐわかったよ。言ってくれればよかったのに」とサチカは笑った。


サチカは、研究室で今度鍋パーティーをやる予定であるとか、居酒屋の客にムカついたなどのたわいもない話をサトシにした。

サチカは一通り話すと、少し声を小さくして言った。

「ねぇ、サトシの職場、探偵事務所だったよね。私さ、最近ちょっと怖いことがあって‥‥なんか、あとをつけられているようなさ、見られているような‥‥なんかいい防犯対策知らないかなぁ?」まぁ気のせいだと思うんだけど、と添えて。

ライは気のせいではないよと心の中で言った。

「うーん‥‥防犯対策にもいろいろあるんだけど‥‥サチカはスマートウォッチつけてるから‥‥」と、ライはサチカの腕を指差した。研究室のガジェットマニアの先輩が、新しいのを買ったからといって、サチカにくれたお下がりのスマートウォッチだ。

ライは自分の知っている防犯に関するアドバイスをした。


その晩、四階ダイニングでの食事を終えて、レンは一人部屋で悶々としていた。

先日のサチカの一件は仕方なかったが、モヤモヤとした欲望はレンの中で燻ったままだ。健全な男子がこれではいかんと思い、シャワーを浴びた。お気に入りの柄シャツを着て、青いボトルの香水を首元に振る。久々にクラブに顔を出すことにした。ガチャンと、21時過ぎにレンが出て行く音を自室で聞いて、トモヤはやれやれと思いながら歯磨きを続けた。


西麻布のクラブには、何人かレンの顔見知りがいた。片手を上げて軽く挨拶をする。ズンズンと低音の音楽が体の芯に響く。バーテンダーにラムコークをオーダーする。すると、腰まではあろうか、黒いロングヘアーの女性がすっとレンの隣に立ち、自分はシャンパンをと、オーダーした。

レンは長い黒髪が大好物である。女性の香水の気高くも甘い香りがして、レンはクラクラした。照明が暗いためか嗅覚がいつもより鋭くなっているのだろうか。来てよかったと思った。

彼女に近づき耳元で声をかける。奥にVIPルームがあるから行こうよ、と。うんと甘い声で。VIPルームは個室だ。何をしにいくかは決まっている。女性は、手入れされた指でスッとレンの指に触った。レンはその指に、自分の指を優しくからめて、ドリンクを一方の手に持ち、奥の部屋へ導いた。



ライが教えた防犯対策が、不幸にも早速意味を成したようだ。

ライのスマートフォンがメロディを奏でる。

自室で読書中であったライは、メロディがなって四秒目に通話のアイコンをタップする。

発信者は、サチカである。

もしもしとは、自分からは言わないことをライは習慣にしている。

理由は二つある。一つはライが電話に出たと相手に認識させないため。ライの番号にかけているのだから、ライが出るはずだが、相手に先に喋らせることで得られる情報は多い。二つ目は自分の声が電話口から聞こえることで、電話をかけてきた相手を不利な状況に陥らせないため。向こうからかけているのだからそんなことは普通ありえないが、ライたちの界隈ではたまに有効に働くことがある。今回は後者だ。


ライは無言でスマートフォンの向こうから聞こえて来る音に全神経を集中させた。物音と話し声が聞こえるがサチカの声はしない。

スマートフォンを通話状態にしたまま、トモヤを無言でゆすって起こし、階段を上がり、オカダの部屋をノックした。電話番号のメモを渡す。発信者の位置を特定するためだ。

トモヤがタシロを起こし、タシロはバンのキーを持って出て行く。


ライはサチカとの昼間の会話を思い出していた。

「サチカはスマートウォッチを持っているでしょう。仮に危ない目にあったとして、スマートフォンを取り上げる悪い奴は多いけどスマートウォッチまでは気が回らない人が多いんだよね」とライは説明を始めた。

「だから、危ない目にあって、携帯も取られちゃったらスマートウォッチから僕に電話をかけて。

サチカは何も話さなくていいよ。もちろん話してもいいんだけど。

僕は5秒以内に電話に出る。僕が電話にでたら、充電が持つ限りは通話状態にしておいて欲しいけど、危なければすぐきってもいいよ。とにかくやることは、ただ僕に向かって通話ボタンを押すだけ。そしたら僕は助けにいくよ」

ライは、俯きながら言葉を発するが、一文が終わるたびに、サチカの目を見つめた。自分の言葉と意図が伝わっているか確認するかのように。


サチカは笑った。「うそでしょお〜催涙スプレー持ち歩けって言ってくれた方がまだ、説得力あるよ。っていうかさ、それさ、もう捕まってんじゃん。捕まらない方法教えてよね〜!」


「信じなくてもいいけどね。でも、いつか役に立つかもしれないから、僕の電話番号を教えておくよ。僕の携帯を、一度鳴らしてくれるかな。そうしたら発信履歴からすぐに僕を呼べるでしょう。あと、発信音は最小にしておこう。不便だったら戻してもいいけど。でも僕はオフにしてるけど全然不便じゃないよ。あ、スマートフォンがあるならスマートフォン使ってね。まぁ、役に立たないのが一番だけどね」とライは伝えた。


発信場所は川崎の倉庫街だとオカダは告げた。

ライとサチカの通話は既に切れている。揉める声などは聞こえなかったから、気付かれたというより、スマートフォン本体とサチカの距離が離れてBluetoothの接続が切れたんだろう。


タシロが運転するバンの後部座席から、トモヤはレンに電話をする。「ねぇ、あと5分でそっち着くから。服着てる?」思わずツンケンした声が出てしまった。通話を終了後、我ながら子供ぽかったかなとトモヤは思った。

レンを西麻布の交差点で拾って首都高に乗る。服は着ていたが、髪は乱れていて、慌てて支度をしたのが、よくわかった。

ライは車の中で、おそらくサチカをさらったのは三名程度だ。でも、倉庫内にはもっと敵がいるかもしれない。電話口から聞こえてきた声と足音で、ライはそのように推測し、トモヤらに伝えた。


目的地にバンが到着後、レン、ライ、トモヤは最奥の倉庫を目指して走る。

サチカのいるであろう倉庫を見つけるのは容易かった。とある倉庫の前で、柄の悪い、いかにもやんちゃな男たちがタムロしていたのである。

「10人か。俺はさ、こういう、さぁ暴れてください的なシチュエーションは大好きだけどよ、あいつらは野郎だけでタムロして何が楽しんだろな」とレンは言う。「寂しがり屋なんだろうねぇ」とトモヤは返事をする。深いのか浅いのかよくわからない返答だ。「道をあけてくれるかな」とライは二人に言った。二人はうなづいて、タムロの中に突進した。


「ひゃはー世紀末だぁ、YO!」とレンは叫びながら集団の中に突っ込んでいく。「なにそれ」とトモヤが言う。「こんな漫画あったろ?!しらねーのか、よ!」

よ、のタイミングでまず、手前の男の顔面に拳をくらわせる。男の奥歯が数本砕けたことを拳で感じた。次に、脇の男に頭突きをかます。次は、顎に拳をくらわせる。しばらく飯がまずいだろう、かわいそうにな、とレンは思った。

レンは頭部に衝撃を感じた。一斗缶で殴られたらしい。「一斗缶‥‥俺、一斗缶ひさびさぁ!」とレンはテンションを上げ、一斗缶を奪い取るとお返しにと、男の頭部に一斗缶を振り下ろした。男はよろめき、地面に倒れた。

トモヤは、レンの素手戦闘へのこだわりに呆れていた。飛び道具を使う方がコスパがいいだろうに。ダンッダンッと手にした銃で野郎の脇腹を狙う。心臓を外したのは優しさだ。

ライは振り向くことなく、倉庫の奥へ駆けて行った。


サチカは手足を拘束され、口にガムテープを貼られて地面に寝そべっていた。

後手に拘束されなくてよかった。どうにか必死でスマートウォッチの画面をタップした。履歴にライの番号が残っていたので三回のタップで発信することができた。だが数分通話状態になったものの、サトシの声は聞こえず、いくらか雑音が聞こえてきれた。

こんなので助けに来れるわけないじゃんね。サトシのばか。サチカはこれから自分の身に起こるであろうことを想像し、恐怖感と嫌悪感で、胃の内容物がせり上がってくるのを必死で飲み込んだ。



「サチカ」

サチカは耳を疑った。目も疑った。目の前にサトシがいる。全く彼には不釣り合いの場所で。少し息が上がっているが、サトシは、キャンパスで会ったときと変わらないテンションで、まるでスイートポテトを持って研究室に遊びに来たときのような表情をして、サチカの名前を呼んだ。ただ今回は甘い匂いのする紙袋ではなく、サトシはアタッシュケースを手にしていた。


ライはサチカの口に貼られたガムテープを剥がし手首の拘束を解いてやる。足は解かないでおいた。本来なら、俺に任せてお前は先に逃げろと言うべきかもしれないが、ライは言わない。

戦闘中にサチカが逃走するリスクを考え、解かないという判断をした。

逃走すること自体は構わないが、めぼしい出口はレン達が暴れ回っている。無闇に近づくと怪我を負いかねない。かといって予期せぬ出口に向かって行かれてもやっかいだ。今は自分のそばにいるのが一番安全で最良の選択だ。

「サチカはさ、捕まらない方法を教えろっていったでしょう。僕、それも考えたんだ。でも、どう想像しても、サチカが捕まらないことよりも、助けに行く方が

確実だと思ったんだ。でも、怖かったね。ごめん。僕の考慮が足りなかった」とライは淡々と謝った。明るいうちに帰宅しろ?戸締りをちゃんとしろ?もしくはサチカのGPSを見張っておけばよかっただろうか。いや、それでもたどり着く結果は同じだとライは思った。

サチカは、「うっうっ‥」と嗚咽が止まらない。サトシの顔を見て安心したものの恐怖心と嘔吐感はまだサチカの胸にとどまっている。

「大丈夫だから、泣かないで、ねぇ」


次の瞬間、ライはこめかみに衝撃を感じた。

ライの背後にまわった男に鉄パイプで殴られたのである。

倒れ込んだライを三人の男が囲み、それぞれに角材や鉄パイプを振り下ろす。サチカは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら後退りすることしかできなかった。


五分ほど続いた攻撃が止むと、ライは「痛いよ。いや、痛くはないな。力任せに攻撃してもダメだよ」といってよいしょと立ち上がった。服の埃を払う。男たちの息は上がっている。ライはフーと息をはき、空手のような構えをして、まず一人目の男の腕をとった。くるりと回転をかけながら回して肩の関節を外す。

男は何か叫んだが聞き取れない。みぞおちに拳を差し込む。二人目は足をとって床に倒したら羽交い締めにして首を締める。首の骨は折らないように気をつけた。三人目は、めんどくさくなって股間を狙った。一番苦しんでいるのは三人目だ。ライは少し申し訳なく思った。


レンとトモヤが、一通り暴れ終わったのか、ライに合流したが、各々は特段称え合うわけもなく、レンら二人は床で伸びている男三人をルーチーンをこなすように拘束した。


さて、とライはサチカの方に向き直った。

足の拘束を解いてやりたいが、まだもう一仕事ある。

ライはトモヤに目で合図をした。

トモヤはうなづき、カジュアルジャケットの内ポケットから取り出した小瓶の蓋を開けると、手に持ったハンカチに染み込ませる。そのハンカチで、サチカの背後からサチカの口と鼻を覆う。

サチカはあっという間に気を失った。


「ここから先は、見せるわけにはいかないからね」とライは呟いた。サチカの足元で意識を失っている三人の男を眺めながら。


サチカを襲った三人は、ほぼ同じタイミングで目を覚ました。手足の自由が聞かない状態で床に転がっていることに気づき、何かを叫びながらジタバタしている。

トモヤはスマートフォンでゲームをし、レンはコーラを飲んでその様子を眺めた。

レンは、「おい起きたぞ」と、ライに声をかけた。


「はーい」とライは返事をして、アタッシュケースを閉じる。男たちに近づいていく。「おはよう」とライは三人の男たちに挨拶をする。「手短にいうね。今君たちの首と、右腕にベルトがついてるね。それは爆弾だ。僕の質問に答えてくれれば爆発はしないよ。でも、質問に答えない、あるいは答えを持っていないということなら爆発する。

質問はひとつだけ。君たちの雇い主はだれだろう?」

男たちは、確かに首と右の二の腕にベルトがついているのを把握した。ベルトには黒い箱が付いており、信号を受信しているように赤いライトが点滅している。


一人の男が、俺は何も知らないと叫んだ。

「何もしらないんだね?」とライは聞き返す。男は必死に首を縦に振る。「そう、じゃあ」と言ってライはエレベーターのスイッチを押すのと同じように、手に持った装置のスイッチを押した。

ボンという音がして、男の首が転がる。肉片が地面に散らばった。先程まで男がばたつかせていた足は、動かなくなった。男たちは恐怖で声がだせないようだ。

一人は失禁しているようで、地面にシミができている。

「残りの二人はどうだろう?」とライは尋ねた。

だが、二人は本当によく知らないらしい。知らないを繰り返す二人目の右腕を消失させると、二人目は気を失ってしまった。まぁ利き手を失ったから悪いことはもうしないだろうとライは思った。

なお、同時に一人目と三人目の右腕も消失してしまった。

あっそうか、同じスイッチだったなとライは思った。

装置の信号の切り分けが面倒で一緒にしたんだった。


三人目は、恐怖で震えておりうまく話せなかったがこう言った。突然右腕が吹っ飛んだのだから仕方ない。だが彼は、先の二人からきちんと学んだらしい。知っていることを話した。彼らは半グレ集団の下っ端で、新宿付近をふらついていたら、いい仕事があると声をかけられた。封筒に入った100万円をもらった。細身の男だった。男のスーツにはバッチが付いていた。

「どんなバッチだろう?」とレンが尋ねると、あれだよ、あれ、焼肉屋のマークだよ、三角が三つと丸が一つのやつ!と叫んだ。


その後、結局ライは倉庫に灯油をまいて火をつけた。

残りの二人は生きたまま焼かれたか、一酸化炭素中毒で意識を失った後、焼かれたかのどちらかであろう。

トモヤが容赦ないねと言うと、ライは、まぁ、牽制の意味も兼ねてだねと答えた。

「僕さ‥‥」ライはトモヤに話しかける。ん?とトモヤはライを見る。

「さっき、一瞬、姉さんって呼びそうになった」あははとライは笑った。鉄パイプで殴ってもらって本当によかった。「言えばよかったんじゃない?いいジョークになったかも」とトモヤはこたえた。

レンはサチカをかついでいたが、そういえばこの子をかつぐのは二度目だなあと思った。相変わらず羽のように軽い。


サチカを救ったあと、レンは西麻布の夜を思い出していた。あの時間は最高だった。トモヤが電話をかけてくるまでは。ロングヘアの女性と気持ちよくまどろんでいたのに、トモヤのツンツンした声で現実に引き戻されてしまった。お陰で彼女の名前も連絡先も聞かなかった。惜しいことをした。


三角が三つと丸が一つ。サチカを襲った男の一人は彼らの雇い主をこう説明した。

ライはオカダに調べるように依頼したが、隣で話を聞いていたタシロが、「あー、あー!」と人さし指を振りながら声を出した。

「あれすよ、あれ、一頭買いの!A5のやつ!」

タシロの頭の中には、先日お笑いコンビが舌鼓を打っていた焼肉屋の映像が流れていた。

あのコンビが首にかけていたペーパーエプロンに、三角が三つと丸が一つ描かれていたのだ、


◾︎ライと牛


最後の講義のテーマは「未知のエネルギーを求めて」だった。地球の奥深くに眠る地下資源や、宇宙空間に眠るエネルギーまで。さすがに最後のテーマはライの想像が及ばない内容で、難しいと感じた。


講義後、ライとサチカはキャンパスのベンチに座っていた。サチカはライの顔を見るなり、「頭の中に銀河が生まれたよぉ」と言った。サチカにとっても難解であったようだ。


ライはイチゴミルクオレを飲み、サチカはホットコーヒーの缶をすすっている。

ライは、川崎港での件には一切触れず、話し始める。

「サチカ、以前、探して欲しい人がいるって言ってたでしょう。たぶん、これがその人」と封筒を渡した。

封筒には写真とシモダの簡単な略歴、連絡先が書いた紙が入っている。


「サチカのお父さん。そして、シモダ家の現当主。シモダ家って、テレビで聞いたことあるでしょう?この当主である人物もサチカの存在を知って、サチカを探しているよ」

目を丸くするサチカを見つめながらライは続ける。


「これはあくまで僕の個人的な、それも極めて僕個人のわがままな希望を含んだ意見だけど。サチカはシモダの娘だと名乗り出るべきだと思っている。シモダ家はいわゆる華麗なる一族だ。苦労もあるかもしれない。でも、あの財力と影響力は誰にでも手に入れられるものじゃない。シモダ家はインフラ系企業にも多くの人間を送り込んでいるから、サチカの興味のある職にもつけると思う。

僕は、サチカは力を正しくコントロールして、よいことに使える人だと思う。だからサチカはシモダの人間になって、いつかは社会全体にいい影響を与えられる人になってほしい。まぁ、これは僕の希望だから、聞き流してくれて構わないんだけど」


「私、お父さんの話なんてしたことなかったよね。どうして‥‥」とサチカは言った。

「サチカが探すとしたら、誰だろうって想像しただけだよ。あー‥‥もしかして迷惑だった、かな?それとも不気味?」とライは聞き返す。サチカは慌てて首を振る。


「昔、お母さんが教えてくれたんだ。お父さんはすごく立派な人で、名前を言ったらみんながあっと驚くから、内緒なんだよって。その時は、ううん、今の今まで、お母さんはテイのいい嘘を言ってるんだって思ってた。そっかぁ‥‥」


二人の間を冷たい風が吹いていく。イチョウの葉が舞い上がる。

「でも、不安しかないよ。仮に名乗ったところでお父さんとうまくやれるのか。家族とうまくやれるのか」

「まぁ、大きな変化だよね。変化が発生する時には大なり小なりハレーションが起こると思う。なんとかなるでしょとは思わないけど、サチカなら変化によって生じた事象にも上手く対処すると、僕は思う。

でも‥‥うーん‥‥仮にうまくいかなかったら‥‥

そうだね、その時は、僕を呼び出せばいいんじゃない?事情は説明しなくていい。通話ボタンを押すだけでいいから。そしたら僕は助けにいくよ」と、ライは伝えた。


「じゃあね、また研究室に遊びにいくよ」とライはイチゴミルクオレの空箱をゴミ箱に捨てる。

「うん‥‥」とサチカは答える。

「サ、サトシ!」とサチカが、ライの背中に声をかける。「ありがとう。ほんとうに‥ありがとう」と続けた。

ライは、振り向かずに、「どういたしまして」とこたえた。


ひときわ強い風が、ライの横を通り過ぎる。

空気の匂いは一段と冬の匂いを濃くしたようだ。

風にあおられた学生が、さむーいと話している。

遠くからは下手なドラムの音や、ランニングの掛け声が聞こえる。


四週間前、公開講座にいきたいとオカダに打診したことがずいぶん前のことのように感じられた。

さようならと呟いて、ライはキャンパスの門を出た。


キャンパスを出ると、タシロ、レン、トモヤがバンの前でライを待っていた。「さーて、ラスボス倒しにいきますかぁ」とトモヤが言う。「クソ雑魚いラスボスだけどな〜」とレンはテンションが低い。


ラスボスで、雑魚で、三角が三つと丸が一つのやつとはつまり、シモダ家当主の弟だった。倉庫の男らに声をかけたのはその部下と思われる。前当主にとっては次男、ライにとってはおじさんということになる。


現在はシモダ家の飲食店事業の一部をまかされているポジションだが、それでは満足していなかったらしい。シモダ家の系譜のものが社長を務めるインフラ関連会社のポストを狙っていたとのことだ。

だが、まもなく任期満了となるシモダ代議士、つまりライの父親が、再選を目指すのではなく、政界の一線を脱してそのポストに興味を示しているという情報を得た。


同時に、長男の隠し子が大学院での研究者である可能性が高いとの情報も次男の耳に入ってきた。

兄が簡単に政界から身を引くわけがない。いずれはそのポストを隠し子に渡す気だと予想した次男は隠し子の消去を試みた。

「‥とはいえ、八割は恨みか嫉妬だろうねぇ。やり手の兄への」とトモヤは言った。

「だって、飲食店事業の決算資料、真っ赤だもん。あの焼肉屋は、高価格帯の事業に乗り出した格安焼肉チェーン、モゥモゥへの売却話が上がってるんだって」

タシロが運転するバンは港区六本木のビルの地下駐車場を目指した。


「赤坂に寄ってくれるか」と、ラスボス次男は牛のような巨体をユサユサと揺らしながら、ハイヤーに乗り込むなり運転手に告げた。「ママの顔をそろそろ見てやらんとなぁ」と続ける。「かしこまりました」と運転手は言う。

次に、「よ、オッさん、赤坂のママより俺らと遊ぼーぜ」と言う声が車内に響き、レンが助手席から銃口を次男に向けて構えた。

驚いた次男はドアから脱出を試みるがロックがかかっていて開かない。開いているわけがないのに。確かめる必要などないのに。大体みんな同じことをするなとレンは思った。拉致られるんだから、ロックはかかってるだろうよ。

「暴れたらここでトドメさすぜ、オッさん」とレンが言った。巨体がこの狭い空間で暴れるのは勘弁してほしい。ライに届ける前に、耐えられず殺してしまうだろう。

運転席にいたトモヤは「高級車運転してみたかったんだぁ」とにこにこしながらアクセルを踏んだ。


ハイヤーが到着した先は、先日の一件の川崎港である。港で働く人には申し訳ないが、人を沈めるには夜の港が最適だ。

黒い波がコンクリートの壁にぶつかり、ちゃぷちゃぷと音を立てている。

タシロとライは、バンの中でハイヤーが来るのを待っている。タシロはバックミラーに映るライに尋ねた「ライさん、その雑魚いラスボスっての、ほんとに処理します?」

ライは「どうしよっかね」と呟いた。

「あ、到着しましたね」とタシロが窓の向こうを見た。


雑魚いラスボスで牛みたいな次男は、はぁはぁと息を荒くしながら川崎港にやってきた。レンとトモヤがオラオラと銃を振って次男を膝まづかせる。次男の背後から容赦なく後頭部をライが踏みつける。次男は地面に土下座をついた。額は血を流し、アスファルトにめり込みそうだ。ライは氷のように冷たい眼差しを向けて聞いた。

「こんばんは。今からすごく簡単な質問をするよ。よく聞いて、できれば即答してほしいな。答えられなければ僕が決めてあげるよ。海に沈められるか、後頭部を撃ち抜かれるか、どっちが希望?」



◾︎ライと最低野郎

数日後、タシロとライは再びバンの中にいた。


二人の視線の先には、サチカとシモダが向かい合って談笑している。サチカとシモダの間には、スタンドに設置された三段のプレートが存在感を発揮している。最上段には、ハイヒールや宝石をかたどったチョコレート細工とラズベリーが飾られている。中段はカラフルな一口サイズのケーキが並んでいる。下段はサンドイッチだ。

シモダは甘いものは嗜まなかったはずだ。サチカはあれを一人で全て食べるのだろうかと、ライは思った。


「まー‥収まるべき所に収まったってことすかね」と運転席のタシロがいう。

「そうだね、いい結果だったんじゃない?」とライがいう。

「ライさんも、男前な事してくれますねぇ〜」とタシロが笑いながら言う。


場面は港に遡る。沈められるか、撃たれるか選べと言われた次男は震えながら「ヒィ‥ヒィ‥」と言うのが精一杯のようである。本当に牛か、豚のようだ。いや、家畜に失礼だとトモヤは思った。

「即答してっていったのに。時間切れだよ」とライは次男の後頭部に銃口をピタリとつける。

「アヒィ‥‥アヒィ‥」次男は過呼吸を起こしそうだ。

ライは躊躇うことなく引き金をひいた。


次男は、絶命してゴロンと横たわるかと思われたがそうはならなかった。次男は何が起こったか理解できていない。

「ふん。いい、よく聞いて。今日は殺さない。その代わり今から僕が言うことを明日中に実行すると約束して欲しい。

一つ目、シモダ議員のまわりにチョロついてるパパラッチを片付けて。二つ目、ミタサチカ、いやシモダサチカに関する報道は、今後全力で揉み消すこと。親子の感動の再会を邪魔する奴は僕は許さない。貴方も同じ気持ちでしょう?」

ライは、少し頭をもたげた次男の後頭部を、力を入れて踏みつけ直した。衝撃で次男の前歯が折れる。鼻血も出ているようだ。

「簡単なお願いでしょう?わかったら返事は?」

「ヒィ‥ヒィ」

「返事はって言ったんだよ、ぶち抜くぞ、豚野郎」ライはさらに足裏に、体重をかける。

「ハイッハイィ‥‥」

「‥‥豚に失礼だったかもしれない。とにかく、今後、シモダ代議士あるいはシモダサチカに関する記事が出るようなことがあれば、僕は真っ先に貴方を殺しに行く。次は選択肢は用意しないよ。どうぞ、よろしく」


そうして、次男を川崎港に置き去りにし、四人はオカダの待つ住処へ帰っていった。

次男は地面に額をつけながらも、横目で、去りゆく四人の背中を見た。

一番小さな背中にどこか見覚えがあった気がしたが、思い出すことはできなかった。

オカダは、ホットミルクとコーラ、炭酸水とイチゴミルクオレを用意して四人をねぎらった。



外からは暖かい日差しが差し込んでいる。レンとライはトモヤの部屋にいた。標本のラベリングを手伝わされているのだ。サボってたからたまっちゃってぇとトモヤは決まり悪そうに、レンとライにヘルプを頼んできた。

トモヤはポータブルテレビを机に置いて、ニュースを見ながら作業をしている。トモヤはテレビはあまり好きではなかったが、タシロが色々な情報をニュースから拾うので、参考にしてみようと思ったらしい。

テレビの向こうでは、「イケメンが作るパンケーキ特集」をやっている。パンケーキを持ったイケメンが映るたびにワイプの女性ゲストが黄色い声を上げている。

「でも、よかったねぇ」とトモヤがピンセットでラベルを台紙から剥がしながら言う。

「サチカさんがシモダ家の人間だって、公になるのは時間の問題だったわけじゃない?騒ぎになったら最悪、大学にいられなかったかもしれないじゃんねぇ」

「まぁ、シモダの力に守ってもらった方が得策だろうなぁ」とレンが新たな標本の束を棚から取り出す。

「そうだねぇ」とライが相槌を打つ。


テレビはいつのまにか、真面目なコーナーに切り替わっていた。復興庁のコメント映像の後、アナウンサーとゲストコメンテーターが原発について意見交換を始めたようだ。

レンとライは顔を上げて同時に口から音を発した。

ライは、「あ、この間の公開講座の教授だ」といい、レンは、「あ、おれ、この人と西麻布でやったわ」と言った。ミリ秒の狂いもなく完全なシンクロであった。

その後しばらく、トモヤとライは、レンのことを最低野郎と呼んだ。







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