混線、一本化、そして受付の矜持
前書き
仕事が回り始めると、次に起きるのは――「ズレ」だ。
人が増えたぶんだけ、連絡の道も増える。
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本編
ロッペンハイマー便利屋ギルド支部。
夕方前のカウンターには、いつもより乾いた緊張が漂っていた。
理由は単純。
受付に人が増えたからだ。
車椅子のセシリアは、帳簿と依頼票の束を膝の上に揃え、落ち着いた手つきで確認している。
横にはミリィ。今日も声がよく通る。
奥ではアレンが倉庫帳の写しを広げ、細い指で行を追っていた。
「……次の方、どうぞ」
ミリィが声をかけると、厚手の外套の男が、帽子を取って頭を下げた。
革の匂いがする。職人か、運び屋か。
「こちら、便利屋の……受付でいいのか?」
「はい。内容をお伺いします」
セシリアが答え、男は依頼票を差し出した。
「ワーグハウゼンの方から来た。工房の……ええと、リノエのところだ。弟子の手が足りんって」
「工房の追加手伝い依頼、ですね」
セシリアは依頼票を読み、すぐに顔を上げた。
「場所がワーグハウゼン。内容は細工と梱包、検品補助……日数は三日。報酬は銀貨で……」
「うん。それで頼みたい」
セシリアが視線を横へ流す。アレンがすぐに小さく頷いた。
「工房系は、カルロ村側からの派遣が回ってます。……ただ、今日の便で“別件の追加”が来るはずです」
セシリアは一息置き、男に言った。
「受けられます。ですが――本日の確定返信は、夕刻の帳合せ後になります。いいですか?」
「それでいい」
男が去り、ミリィが小声で囁く。
「セシリアさん、かっこいい……」
「褒めても、早くは終わりません」
セシリアは平然としていたが、指先は少しだけ速く動いていた。
そのとき、扉が開く。
「ただいま」
ミンジュンが戻ってきた。
エプロン姿のまま――というより、今日は店を離れられない。だからこそ、往復で支部を支えている。
「何か来た?」
「ワーグハウゼンの工房から追加。三日間の補助依頼です」
「また増えたな……」
ミンジュンが眉を寄せた、その直後だった。
別の依頼人が、ほとんど転がり込むように入ってきた。
顔が白い。汗が冷たい。
「……た、助けてくれ。倉庫が……」
セシリアが即座に姿勢を正す。
「落ち着いてください。場所はどちらですか」
「旧市街の北側だ。共同倉庫。昼に確認した在庫が、夕方になったら合わない。荷が……消えたかもしれん」
「盗難?」
ミリィが息を呑む。
セシリアは首を振らない。断定しない。まず確認。
「倉庫番はいますか」
「いる。だが、怖がって扉を閉めたままだ。何か、音がするって……」
「音?」
その単語に、奥のアレンが顔を上げた。
「……旧市街の共同倉庫は、昨日も“棚の倒れる音”の報告がありました。結局、鼠でしたけど」
「鼠ならまだいい」
依頼人は喉を鳴らす。
「でも今日は違う。……鍵が、勝手に回った音がしたって」
セシリアは依頼票に記し、淡々と指示を出した。
「分かりました。現地確認を優先します。
ただし、便利屋ギルドは“騒ぎを大きくしない”のが原則です。まずは状況整理――」
そこまで言って、セシリアの視線が止まった。
依頼人が差し出した紙束。
その端に、別の印が混じっている。
「……これ」
セシリアの指が、紙の隅の押印を示す。
「冒険者ギルドの仮受付印です。……この依頼、どちらに先に出しましたか」
依頼人は言いよどんだ。
「……冒険者ギルドへ、先に。だが、受付が言ったんだ。
『危険度が低すぎて、うちの案件として回しにくい。便利屋へ』って……」
「なるほど」
セシリアは納得したが、同時に胸の奥がざわついた。
これは混線の典型だ。
冒険者ギルドの「扱いにくい仕事」が、便利屋に落ちる。
それ自体は想定内。だが――
「……連絡票が、二重になってます」
アレンが指摘した。
「同じ倉庫の件、カルロ村側にも“軽作業”として転送されてます。
このままだと、現地に二系統が向かう」
「……だめ」
セシリアが小さく呟く。
二系統が動けば、依頼人は混乱する。
責任の所在も曖昧になる。
そして何より――「便利屋が回している」という信頼が揺らぐ。
ミンジュンがすぐに察した。
「混線か」
「はい」
セシリアは短く頷き、ミリィに言う。
「ミリィさん。冒険者ギルドへ“今こちらで一次対応する”と伝言を。口頭でいい。
アレンさん。カルロ村側へ“待機”の連絡。先走らないで、と」
「はい!」
「分かりました!」
二人が動く。
セシリアは依頼人に向き直った。
「こちらで受けます。現地へ行くのは――」
「俺が行く」
そう言って、カイラが奥から現れた。いつの間に入ったのか分からないほど静かだった。
「……あなた」
依頼人が固まる。
美形で、目が冷たい。しかも空気が違う。普通の便利屋には見えない。
セシリアは言い方を選んだ。
「現地確認担当です。危険がある場合、彼が最も安全に切り分けます」
「……分かった。頼む」
「ミンジュンさんは、支部を離れられますか」
セシリアが問うと、ミンジュンは首を振った。
「今日は無理。夕方の仕込みが詰まってる。
でも、ここで判断はできる。セシリア、続けて」
セシリアは呼吸を整えた。
「依頼票の書き直しをします。
冒険者ギルド印のものは“連絡票”として処理。こちらの正式依頼票に一本化します」
「一本化?」
依頼人が聞き返す。
「はい。受付の都合で、あなたが振り回されないように。
これが、便利屋ギルドのやり方です」
セシリアがペンを走らせる。
字は丁寧で、線がぶれない。
震えていたのは、指ではなく――ほんの少しの心だった。
(間違えかけたら、終わる)
「……セシリアさん」
ミリィが戻ってくる。
「冒険者ギルド、了解です。
『じゃあ今回は便利屋さんに任せる』って」
「ありがとうございます。受領印はこちらで押します」
アレンも戻り、短く言う。
「カルロ村側、待機。
『勝手に動かない。指示待つ』って返事です」
「よし」
セシリアは、胸の奥のざわつきが一段落するのを感じた。
そのとき、カイラが扉の前で足を止めた。
「……一つだけ」
「はい」
セシリアが顔を上げる。
「倉庫の鍵が勝手に回った、という話。
“人”の可能性は?」
依頼人は首を振る。
「見てない。だが、扉の外に……女の影を見たっていう奴がいる」
「女」
セシリアが復唱し、視線をミンジュンへ。
ミンジュンは何も言わず、口元だけが少し硬くなる。
「特徴は?」
カイラが淡々と問う。
依頼人は、思い出すように言った。
「……黒い外套。指先が、妙に光って見えた。
あと……香りがした。薬草の、強いやつ」
その一言で、セシリアの背筋が冷たくなる。
香り――薬草。
この町で“薬草の匂いをまとった怪しい影”なんて、普通はそうそういない。
だが、ここで言うべきではない。
今は、ただの倉庫点検。
余計な推測は混線を増やす。
セシリアは結論だけを言った。
「分かりました。
現地確認の結果で、必要なら追加の編成を組みます」
「……行ってくる」
カイラが出ていく。
扉が閉まると、支部は一瞬だけ静かになった。
その静けさの中で、ミンジュンがぽつりと言う。
「セシリア、今の判断は正しい」
「……はい」
「一本化。待機指示。連絡票の扱い。
全部、必要だった」
セシリアは帳簿を見つめたまま答える。
「……混線は、怖いです」
「怖いから、確認する」
ミンジュンは短く言った。
その言葉に、セシリアは小さく頷いた。
今はまだ、胸の奥で揺れている。
でも――揺れながらでも、回せる。
そこへ、外から小さな声が聞こえた。
「……今日も、灯り全部点いてるな」
通りすがりの住民の囁き。
誰かが、夜を回している。
そして昼は、ここで回す。
セシリアは依頼票の束を揃え、受領印を押した。
「次の方、どうぞ」
その声は、さっきより少しだけ強かった。
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後書き(作者視点)
二拠点運用は「増えた」ではなく「繋がった」なので、最初に起きるのは混線です。
今回は、セシリアが受付として“仕事を一本化する”回。
次は、現地確認の結果と、そこで出る「女の証言」がどう繋がるか――が焦点になります。




