手は、もう一つあればいい
オープニング
――ワーグハイゼン・工芸工房
朝の工房は、音で始まる。
革を叩く乾いた音。
金具を磨く擦過音。
糸を引く、規則正しい呼吸。
「……よし」
角刈りの男――リノエ・ゲーヴォルドは、腰を伸ばして作業台から一歩下がった。
弟子たちの動きを、ざっと見渡す。
そこに、**いつもと違う“気配”**が混じっていた。
低い位置。
無駄のない動き。
そして――静かだ。
「おい、そっち」
声をかけると、四足の獣人が顔を上げた。
◆工房に新たに派遣された獣人
ラグ
・種族:熊族(四足)
・力仕事担当
・革束や木箱を一人で運ぶ
・口数は少ないが、指示を一度で覚える
シェラ
・種族:狐族(四足)
・裁断・下処理担当
・刃物の扱いが非常に丁寧
・失敗した端材を自分で管理している
ラグは、リノエの視線に気づくと、前足を止めた。
「……何か?」
「いや」
リノエは、腕を組む。
「その革、反り出てる。
乾燥室、三番に回せ」
「了解」
言い訳はない。
返事も短い。
シェラの方では、弟子のターニャが目を丸くしていた。
「ね、ねえ……その切り口、どうやったの?」
「刃、立て過ぎない。
“置いて、引く”」
「……なるほど」
ターニャは、真似してみて――失敗した。
「むずかしい……」
シェラは首をかしげる。
「……慣れ」
それだけ言って、また作業に戻った。
リノエは、その様子を見て鼻で笑った。
「……いいな」
⸻
本編①
――昼前・工房奥
「おい、メアリー」
「はい!」
仕上げ作業をしていたメアリーが、顔を上げる。
「連れてきた奴ら、どうやって口説いた?」
「……普通に、です」
「普通に?」
「仕事だって説明して、
条件話して、
嫌なら断っていいって」
「それで来た?」
「はい」
リノエは、しばらく黙った。
「……最近の弟子より、よっぽど“仕事”してる」
弟子たちが、ぎくっとする。
「手が足りないって言っただろ」
「はい」
「撤回だ」
リノエは、はっきり言った。
「“足りない”んじゃねぇ。
“回るようになった”」
工房の空気が、少しだけ変わる。
「だがな」
リノエは、続けた。
「このまま仕事増やしたら、また足りなくなる」
視線が、メアリーに向く。
「……薬屋の件、聞いたぞ」
メアリーは、少し驚いた。
「早いですね」
「口は軽いが、仕事は確かだ」
リノエは、腕を組み直した。
「そっちも上手くいったら……
もう一人、欲しい」
メアリーは即答しなかった。
でも、頷いた。
「村に戻って、話します」
「それでいい」
⸻
本編②
――工房の“評判”
その日の夕方。
「聞いた?」
「獣人の子たち、すごいらしいよ」
「便利屋の村から来たんだって?」
工房街に、噂が流れ始めていた。
・遅れない
・手を抜かない
・文句を言わない
そして何より――
教えれば、吸収する。
ターニャが、ぽつりと言った。
「……メアリーさん、
すごいところ作ってますよね」
マーサが頷く。
「うん。
“人を連れてくる”って、簡単じゃないのに」
⸻
エンディング
――工房の裏口
帰り支度をしながら、メアリーはお魚先生を見る。
「……増えてきましたね」
「ええ」
「責任も」
「ええ」
でも――
お魚先生は、少しだけ笑った。
「でもね。
回ってる」
メアリーは、工房を振り返った。
音がある。
人がいる。
仕事が流れている。
「……よかった」
その言葉は、小さかったが、確かだった。
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次回予告(軽く)
次は――
便利屋ギルド二拠点運用・初の混線トラブル
ロッペンハイゼン側
・セシリア
・ミンジュン
・カイラ
「仕事は回ってる。
でも――情報が迷子になった」




