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役割が生まれる場所――カルロ村・午後の陽光

もう一人、欲しいんだよな


――工房側オープニング


 革の匂いと、金属の微かな香りが混じる工房の中で、

 リノエは腰に手を当てたまま、天井を見上げていた。


「……やっぱ、もう一人欲しいんだよな〜」


 ぼそっと漏れた独り言。


 作業台の前では、弟子のターニャとマーサが黙々と手を動かしている。

 縫製、金具の調整、仕上げ磨き――どれも手を抜けない工程だ。


「最近、注文増えてますしね」


 ターニャが顔を上げる。


「悪い意味じゃねぇんだがよ」


 リノエは頭を掻いた。


「メアリーのおかげで、評判が回るのが早ぇ」


 実際、メアリーが手伝いに入ってから、

 “丁寧で安心できる工房”という噂が広がっていた。


「でも、人が足りねぇ」


 作る量ではない。

 支える人手が、だ。


「……なぁ」


 リノエは、ふと笑って言った。


「そういえば、カルロ村、新しくなったんだよな?」



 カルロ村の午後は、穏やかな金色の光に包まれていた。


 中央広場には、誰が呼びかけたわけでもなく、自然と人が集まり始めている。


 そこに騒がしさはない。あるのは、新しく用意された「舞台」を前にした、静かな、けれど熱を帯びた期待感だ。骨の人たちが均したばかりの地面を、それぞれの足が確かめるように踏みしめる。


「……さて。それじゃあ、一度ここを整理しよっか」


 お魚先生がふわりと宙に浮き、小気味よい音で指を鳴らした。その瞳には、すでにこの場所が数ヶ月後にどう動いているかの完成図が見えているようだった。


「役割分担よ。この村が単なる『寝床』で終わるか、生きた『共同体』として回るかどうか。すべては、ここで決まるわ」


 メアリーは、少しだけ背筋を伸ばして頷いた。胸の奥で、トクンと小さな鼓動が跳ねる。


■ 獣人たちの配置――適材適所の采配

 まず前に出たのは、保護された獣人たちの一団だった。

 彼らはまだ少し遠慮がちではあったが、その瞳には「自分たちもこの場所の一部になりたい」という切実な意志が宿っている。


「この子たちは、どちらかといえば工房向きね」


 お魚先生が視線を送る。

 そこには、無意識に自分の指先を動かして感触を確かめている者たちがいた。



• 猫系獣人の少女: しなやかな指先で、壊れた鞄の革を愛おしそうに撫でる。


• 犬系獣人の大男: 逞しい腕を誇りつつも、金属の接合部を見る目は繊細そのもの。


• 鼠系獣人の少年: 落ちていた小さな木片に、爪で細かな幾何学模様を刻んでいる。



「この子たちは、ワーグハイゼンの工房と薬屋へ。技術の習得を兼ねて派遣するわ」


「えっ、いいんですか……? あんなに立派な場所に」


 メアリーが驚いて声を上げる。彼らはつい先日まで、行き場を失っていた者たちなのだ。


「いいに決まってるじゃない。向こうは喉から手が出るほど人手を欲しがっているし、こっちは確かな技術を身につける場が欲しい。これこそ最高のWin-Winよ」


 次いで、どっしりと大地に根を張ったような体格の獣人たちが歩み出る。



• 畑仕事: 土の匂いを嗅ぎ分け、季節を読む。

• 木材運び・建築補助: 村の骨組みを太く、強くしていくための力。


「この力自慢たちは、カルロ村常駐。ここを盤石な『家』にするための、文字通りの骨組み担当ね」


 さらに、影のように音もなく動く足の速い者や、闇の中でも針の穴を通すような視力を持つ者たちが選ばれた。


「あなたたちは、見回り、配達、そして緊急時の連絡役。ロッペンハイマーとこの村を繋ぐ、生きた『血流』になってもらうわ」


 獣人たちは、誰一人として不満の声を漏らさなかった。むしろ、自分たちの特性が誰かの役に立つことを証明されたことに、深い安堵と喜びを噛み締めるように、深く深く頷いた。



■ 便利屋ギルド・二拠点運用のグランドデザイン


 ヨハンが腕を組み、地の底に響くような低い声で確認した。


「つまり、こういうことか……」


「ええ」


 お魚先生は、空中に魔法の光で簡単な図解を描き出した。



【ロッペンハイマー拠点:街の顔】


• メイン業務: 町内の日常的な困りごと。清掃、点検、即日配達。


• 受付: セシリア(彼女の笑顔は、街の安心材料だ)。


• 役割: 街の人々に寄り添い、便利屋の信頼を維持する「窓口」。



【カルロ村拠点:ギルドの心臓】


• メイン業務: 町外の大型案件。時間と人手、そして専門性が問われる依頼。


• 工房・薬屋連携: 職人の育成と、安定した資材供給の拠点。


• 将来像: 旅人の宿泊所や、物資の中継地点としての機能拡大。


「町が思考し判断する『頭』なら、この村は力強く動くための『身体』よ。両方が揃って初めて、私たちはどこへだって行ける」


 アルスが、その壮大な構想に小さく感心の声を漏らす。


「……すごい。これなら、どちらかが倒れても、止まらなくて済む」


「無理に一箇所に固まらないのが、風通しが良くていいニャ。昼寝の場所も増えるしニャ」


 ボミエも、尻尾をご機嫌に揺らしながら同意した。




■ そして、繋がる――希望の連鎖


 その日の夕暮れ。

 空が紫とオレンジのグラデーションに染まる頃、メアリーとお魚先生はワーグハイゼンの工房を訪れていた。


 炉の熱気が残る作業場で、お魚先生が事も無げに告げる。


「……というわけ。明日あたりに、筋のいい子を何人か連れてくるわよ」


 リノエは一瞬、槌を振るう手を止めてきょとんとしていたが――


「……マジか!? まさか本当に、即戦力候補を連れてくるなんて!」


 次の瞬間、腹の底から響くような豪快な笑い声を上げた。その笑顔には、職人としての、そして親方としての純粋な喜びが溢れている。


「待ってるに決まってんだろ! 腕のいい奴なら、いくらでもしごいてやるよ!」


 傍らで聞いていたターニャとマーサも、顔を見合わせて弾けるような笑顔で頷いた。新しい仲間、新しい風。それが自分たちの仕事に何をもたらすか、楽しみで仕方ないといった様子だ。


 メアリーは、その光景を眺めながら、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。

 剣を振るって敵を倒すだけが「守る」ことではない。


 バラバラだった人々の手を繋ぎ、役割という居場所を作り、未来への循環を回していく。

 それこそが、便利屋として、そしてこの場所の担い手としての、彼女の新しい「仕事」なのだ。



次回の展開

• 最初の派遣: 獣人たちが実際に工房や街へ向かう、初日の緊張と歓迎。

• 村の夜: 焚き火を囲み、初めて全員で囲む食卓の温もり。

• 便利屋の新しい依頼: 二拠点運用を試すような、少し骨のある初仕事。



後書き

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 今回は「カルロ村」という新しい拠点が、単なる建物の集合体から、血の通った「村」へと変わっていく重要な転換点でした。


 物語の初期、メアリーたちは目の前の問題を解決することで精一杯でした。しかし、仲間が増え、守るべきものが増えた今、彼女たちは「点」ではなく「面」で世界と向き合い始めています。


 お魚先生が提示した「頭(町)」と「身体(村)」という二拠点運用。これは、かつて居場所を奪われた獣人たちにとっての、新しい「誇り」の再建でもあります。誰かに生かされるのではなく、自分の特技で誰かを支える。その循環が始まった瞬間の、リノエたちの弾けるような笑顔を描くのは、筆者としても非常に感慨深いものがありました。


 もちろん、すべてが順風満帆にいくわけではありません。新しい仕組みには、新しい摩擦や、外からの干渉もつきものです。


 次回、「物事が自然に繋がる」。

 便利屋ギルドが、いよいよ一つの大きな「組織」として動き出します。メアリーがその中心でどんな成長を見せるのか、そしてボミエが念願のお風呂に入れるのはいつになるのか(笑)。


 ゆっくりと、けれど着実に動き出した彼らの生活を、引き続き見守っていただければ幸いです。

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