働く日 ― 便利屋ギルドの一日(通常運転)
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前書き
英雄の物語は、だいたい忙しい。
けれど町を回しているのは、
名前も残らない、ただの一日だ。
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本編
朝 ― 薬屋の裏口にて
朝の空気は、まだ少し冷たい。
薬屋の裏口から漂ってくるのは、乾いた草と土の匂い。
メアリーはエプロンの紐を結び直し、籠を抱え直した。
「今日は、カモミールとラベンダーの仕分けからね」
店主の声は淡々としている。
昨日と同じ。
それが少しだけ、安心だった。
乾燥棚に並ぶ薬草は、見た目は似ていても触ると違う。
葉の厚み、香り、指先に残る感触。
「……これは、まだ湿ってます」
「ええ、よく気づいたわね」
褒められても、メアリーは小さく頷くだけだった。
仕事は仕事だ。
終わらせなければ、次は来ない。
昼前、籠は空になり、棚は整った。
「助かったわ。また明日もお願いできる?」
「はい」
それだけのやり取り。
それで十分だった。
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昼 ― リノエの工房
昼過ぎ、町を抜けて工房へ向かう。
金槌の音。
革を叩く乾いた響き。
工房は今日も騒がしい。
「おう、来たか!」
角刈りのリノエが手を止めずに声を飛ばす。
「今日は留め具の仕上げだ。無理はすんなよ」
弟子のターニャとマーサが、手際よく材料を並べる。
メアリーは指示された通り、金具を押さえ、革を固定する。
力はいらない。
ズレないことが大事だった。
「……こう、ですか?」
「おお、いいじゃねえか」
リノエの声が一段大きくなる。
「見ろ、無駄がねえ。
派手じゃねえが、ちゃんと“使える”」
その言葉に、メアリーは少しだけ胸の奥が温かくなった。
休憩は短い。
水を飲み、手を洗い、また作業。
気づけば外の光が傾いていた。
「今日はここまでだ」
リノエが手を叩く。
「また明日、頼むぞ」
「はい。ありがとうございました」
頭を下げて、工房を出る。
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夕方 ― 帰り道
足が、少し重い。
でも嫌じゃない。
働いた重さだった。
空は橙色に染まり、町の輪郭が柔らかくなる。
18時45分。
ようやく、今日の仕事が終わる。
「……今日も、終わりました」
誰に言うでもなく、メアリーは小さく呟いた。
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夜 ― ようやく、日常
ミンジュンの店から、夕餉の匂いが漂ってくる。
「おかえり」
「ただいま、です」
それだけの会話。
椅子に座ると、どっと疲れが出た。
「今日は何した?」
「薬屋さんと、工房です」
「そっか。お疲れ」
それ以上、聞かれない。
それが心地よかった。
食後、体を洗い、髪を乾かす。
布団に潜り込むと、すぐに瞼が重くなる。
明日も、きっと同じだ。
でも――
それでいい。
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後書き
派手な一日は、物語になる。
けれど町を支えるのは、
何も起きなかった一日です。
メアリーは今日も、ちゃんと働きました。
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