カルロ村、再び 第8話 円は描かれ、道になる ――世界は、少しずつ近くなる。
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夜明け前 カルロ村
まだ空が白む前。
村は静かだった。
骸骨たちは動きを止め、
獣人たちの寝息が、家々の奥でかすかに聞こえる。
――その静けさの中心に、ネロの屋敷があった。
かつてワーグハイゼンの外れにあった幽霊屋敷。
今は、カルロ村の一角に根を下ろし、
魔力の流れを受け止める“核”のように佇んでいる。
私は、扉の前でふわりと浮かび、声をかけた。
「ネロ、起きてる?」
返事は、すぐだった。
「はい。起きています」
扉が開く。
黒衣の死霊術師は、すでに帳面を広げていた。
「……その顔」
私は少し笑う。
「もう、察してるわね」
「ええ」
ネロは静かに頷いた。
「転移魔法陣、ですね」
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設計共有
机の上に、ミンジュンから受け取った設計図が広げられる。
円。
補助線。
魔力の流れを示す記号。
ネロは、指先でなぞりながら目を細めた。
「……これは」
「“道”として使う前提の陣よ」
私は答える。
「一回きりじゃない。
日常的に、人と物が行き来する」
「なるほど……」
ネロは、少し息を吐いた。
「安定化に重点を置いている。
瞬間転移じゃなく、緩やかな位相移動……」
「気づいた?」
「はい。
“通過する感覚”を残す設計です」
メアリーが、少し不安そうに聞く。
「……瞬間じゃない方が、いいんですか?」
「いい質問だ」
ネロは、珍しく柔らかく答えた。
「瞬間転移は、便利だが――
“場所”を飛ばしてしまう」
「場所を……?」
「ええ」
私は補足する。
「ここから、向こうへ行く。
その“間”を感じられる方が、
人は安心するのよ」
ネロは頷いた。
「……それに、事故も減る」
「事故?」
「はい。
酔う人、魔力に弱い人、獣人――
瞬間は、案外危険です」
メアリーは、真剣に頷いた。
「じゃあ……この陣は……」
「道です」
ネロは、はっきり言った。
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試作準備
場所は、村の中央にできた広場。
石畳の中央に、白線が引かれる。
骸骨たちが静かに周囲を整え、
アーヴァインが腕を組んで見守る。
「……ここに、円を描くのだな」
「ええ」
ネロは頷く。
「直径は三歩半。
ズレは許容しません」
メアリーが、少し緊張した様子で立つ。
「……私、邪魔になりませんか?」
「ならない」
ネロは即答した。
「むしろ――
“人がいる”方がいい」
「え?」
「魔法陣は、使われる前提で組むものだ」
私は、少し高い位置から全体を見下ろす。
「じゃ、始めましょ」
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円は描かれる
ネロが、静かに魔力を流す。
線が光り、
円が閉じる。
空気が、わずかに震えた。
風が止まり、
音が遠のく。
「……来る」
アーヴァインが、低く言う。
次の瞬間。
円の中心に、淡い光が満ちた。
揺れる。
だが、暴れない。
「安定しています」
ネロが言った。
「……接続先は?」
私は問いかける。
「ロッペンハイマー。
ミンジュンの店、裏倉庫」
少しの間。
光の向こうに――
“別の空気”が見えた。
匂い。
温度。
気配。
「……向こう、見えます」
メアリーが、息を呑む。
「ええ」
私は笑う。
「“向こう”が、“向こう側”じゃなくなった瞬間よ」
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通過点になる
最初に一歩、踏み出したのは――
運び役の骸骨だった。
静かに円を越え、
光の中へ消える。
次の瞬間。
円の向こうから、かすかな物音。
「……成功です」
ネロの声は、落ち着いていた。
「帰還も確認」
ほどなく、骸骨が戻ってくる。
何も変わらない。
壊れていない。
“行って、帰ってきた”。
それだけで、十分だった。
「……すごい」
メアリーが、ぽつりと呟く。
「村が……近くなった」
「いいえ」
私は首を振る。
「世界が、少し縮んだの」
広場の外で、誰かが様子を見ている。
職人。
獣人。
子供。
「……あれ、何だ?」
「道、らしいぞ」
噂は、すぐに広がる。
カルロ村は、
もう“行き止まり”ではない。
通り抜けられる場所――
“通過点”になった。
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エピローグ
夜。
円の光は、必要な時だけ灯る。
常に開かれてはいない。
だが――閉じられてもいない。
ネロが、最後に言った。
「……これで、この村は」
「ええ」
私は頷く。
「“来る理由”を持った」
メアリーは、円を見つめながら微笑んだ。
「……帰る場所があって、
行ける場所もある」
焚き火が、ぱちりと鳴る。
道は、描かれた。
あとは――
人が、歩くだけだ。
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次回予告
第9話:人が通り、噂が走る
・最初の依頼は“通行”
・商人と冒険者
・カルロ村が地図に戻る日
――道は、物語を運んでくる。




