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カルロ村、再び 第7話 ――道をつなぐ円――



夕刻 ワーグハイゼン


 日が傾き、工房の窓から差し込む光が革の表面を赤く染めていた。


「今日はここまでだ」


 リノエが短く告げる。


「はい、ありがとうございました!」


 メアリーは深く頭を下げ、エプロンを外した。

 指先は少し疲れているが、痛みよりも充実感の方が勝っている。


「毎日来いとは言わねぇ」


 リノエは腕を組んだまま言う。


「だが――

 手が空いた時に来てくれると、助かる」


「はい……! ぜひ!」


 その声は、はっきりしていた。


 外に出ると、空はもう夕暮れ色だ。

 町は静まり始め、職人たちは家路につき始めている。


「じゃ、帰りましょ」


 私はそう言って、少し低い位置に浮かぶ。


「ロッペンハイマーへ、よね?」


「ええ。今日は相談があるから」


 メアリーが頷くと、私はすっと背を向けた。


「掴まって」


「はい!」


 次の瞬間、足が地面を離れる。

 町の屋根が下がり、道が一本の線になる。


 夕焼けの中、ワーグハイゼンが遠ざかっていった。



夜、ロッペンハイマー


 町に入る頃には、空はすっかり群青色になっていた。


 街灯が灯り、人の気配が戻ってくる。

 昼とは違う、生活の音。


「……夜の町、きれいですね」


「人が生きてる証拠よ」


 私はそう答え、目的地の建物の前で降りた。


 ミンジュンの店――

 昼は商い、夜は情報と技術が集まる場所。


 扉を開けると、すぐに声がした。


「おぉ、二人とも……久しぶりだね」


 奥から出てきたのは、ミンジュン本人だった。


「あらー元気そうじゃない」


「そちらこそ。ずいぶん騒がしくしてると聞いてますよ」


 視線が、メアリーに向く。




「そうですね。ワーグハイゼンとカルロ村の往復の毎日ですねぇ」


 ミンジュンは軽く頷いた。


「……で、今日は何の相談だい?」


 私は、間を置かずに言った。


「転移魔法陣」


 一瞬、空気が変わる。


「場所は?」


「カルロ村」


「……なるほど」


 ミンジュンは椅子に腰掛け、指を組んだ。


「用途は?」


「人と物資」


「頻度は?」


「日常的に」


 メアリーが、思わず口を挟む。


「あの……毎日使うような、道みたいなものです」


 ミンジュンは一度、目を閉じた。


「……それは“便利”だ」


 そして、静かに続ける。


「同時に、“重い”」


「ええ」


 私は頷いた。


「だから、聞きに来た」


 ミンジュンは、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「転移魔法陣はね、

 一度置いたら“世界に線を引く”行為だ」


「線?」


「人が集まる。

 商いが動く。

 噂も、目も――必ず来る」


 私は、笑った。


「それでいいのよ」


「……覚悟はある、と」


「最初から」


 ミンジュンは、小さく息を吐いた。


「技術的には可能だ。

 安定化には基点が二つ必要になる」


「片方は?」


「君たちの村。

 もう片方は――」


 視線が、足元の床に落ちる。


「この町だ」


 メアリーが、少し驚いた顔をした。


「ロッペンハイマーにも、ですか?」


「そうだ」


 ミンジュンは答える。


「“片道”は不便だ。

 “往復”だから道になる」


 私は、満足そうに尾ひれを揺らした。


「設計は?」


「君のところの死霊術師が適任だろう」


「ネロね」


「ええ。

 維持と制御は彼向きだ」


 少しの沈黙。


「……ただし」


 ミンジュンは、念を押す。


「正式な設置には、黙認以上の理解が要る」


「分かってる」


 私は頷いた。


「だから、まずは準備」


「賢い」


 ミンジュンは立ち上がった。


「設計図を書こう。

 “道”として使えるものを」



夜更け 帰路


 店を出た頃には、町は静まり返っていた。


「……大丈夫でしょうか」


 メアリーが、少し不安そうに言う。


「大丈夫よ」


 私は即答した。


「道は、人が渡って初めて意味を持つ」


「はい……」


 再び空へ。


 ロッペンハイマーの灯りが、ゆっくりと下がっていく。


「ネロには、戻ってから話すわ」


「はい」


 カルロ村は、闇の中に小さな灯を点して待っている。


 骸骨たちが動き、

 人の気配があり、

 “帰る場所”になりつつある場所。


 そこに――

 新しい線が引かれようとしていた。



次回予告


第8話:円は描かれ、道になる


・ネロへの設計共有

・転移魔法陣の試作

・カルロ村が「通過点」になる瞬間


――世界は、少しずつ近くなる。

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