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カルロ村、再び 第6話メアリーの一日と空から家が降ってきた日


午前


8:45〜12:40/ポーション作りのお手伝い


 朝の空気は、まだ少し冷たかった。


 カルロ村の仮設倉庫を改装した小屋――

 今は、簡易ポーション工房として使われている場所だ。


「えっと……次は、蒸留水を三滴ですね?」


 メアリーが、ノートを確認しながら慎重に声に出す。


「そうそう。

 焦らない、急がない」


 ぷかりと浮かぶ私は、横から口を出す。


「ポーションはね、

 魔法より“手順”が大事なのよ」


「はい……!」


 小瓶を傾ける手は、まだ少しぎこちない。

 だが、零さない。


 最初の頃に比べれば、ずいぶん安定していた。


 棚には、今日仕上げる予定の瓶がずらりと並ぶ。


 回復薬・軽。

 疲労回復薬。

 解毒薬の初期処方。


「……思ったより、数が多いですね」


「そりゃそうよ」


 私は尾ひれを揺らす。


「冒険者も増えてきたし、

 畑仕事の人たちも使うから」


「なるほど……」


 メアリーは一つ頷き、また手元に集中する。


 失敗は、ほとんどない。

 完璧でもない。


 でも――丁寧だ。


「はい、これで一本、完成です」


「お疲れさま。

 じゃあ、次いきましょ」


 時計を見る。


 12:40。


「午前はここまでね」


「はい!」


 メアリーは、ほっと息を吐いた。


 ――午前の仕事、無事終了。



午後


13:30〜17:50/リノエの工房でのお手伝い


 昼食を簡単に済ませ、

 午後はワーグハイゼンへ。


 リノエの工房は、相変わらず忙しい。


「おー、来たか!」


 角刈りの工芸師が、作業台から顔を上げる。


「今日は、鞄の縫製な」


「はい、よろしくお願いします!」


 メアリーは、すぐにエプロンを付けた。


 隣には、弟子のターニャとマーサ。


「最初はここから縫うの」


「力入れすぎないで」


「……はい」


 針を通す音。

 革の匂い。


 午前とは、まったく違う集中。


「……ほう」


 リノエが、途中で手元を覗き込む。


「やっぱり、スジがいいな」


「え……?」


「無駄がない。

 雑に見えない」


 メアリーは、少し照れたように笑った。


「……楽しいです」


「だろ?」


 リノエは豪快に笑う。


「“形になる仕事”はな、

 続けるとクセになるぞ」


 作業は途切れず、

 気づけば外の光が傾いていた。


 17:50。


「今日はここまでだ」


「ありがとうございました!」


 午後の仕事、終了。




カルロ村開拓


 日が沈み、

 村に灯りがともる。


 夜は、また別の顔だ。


 資材の整理。

 明日の作業確認。

 骸骨たちへの指示。


 メアリーは、疲れているはずなのに、

 目は冴えている。


「……私、今日一日で」


 焚き火のそばで、ぽつりと言った。


「ちゃんと“役に立った”気がします」


「気じゃないわよ」


 私は即答する。


「立ってる」


 焚き火が、ぱちりと音を立てた。


 遠くで、骸骨たちが静かに動く。


 工房。

 畑。

 ポーション小屋。


 どれも、人が使う場所になってきている。


「明日も、やります」


 メアリーは、はっきり言った。


「もちろん」


 私は、少し高い位置から村を見下ろす。


 こうして。


 英雄譚では語られない一日が、

 カルロ村を――確実に形作っていた。




カルロ村:広場


 カルロ村の境界を越え、ようやく戻ってきた――その時だった。


 視界に飛び込んできたのは、のどかな村の風景にはおよそ不釣り合いな、空を覆うほどの巨大な影だった。


「……え?」


 思わず足を止めて見上げると、抜けるような青空を背景に、巨大な「骨」の翼が悠然とはためいていた。肉も皮もなく、魔力によって繋ぎ合わされた白骨の巨躯が、ゆっくりと高度を下げてくる。


 ――骸骨竜スカルドラゴン

 伝説級のアンデッドがなぜここに、と戦慄したのも束の間。私はその竜が抱えている「モノ」を見て、自分の目を疑った。


「ちょっと待って……あの子、何か掴んでない?」


 前脚の鋭い鉤爪ががっちりとホールドしているのは、牛でも馬でもない。


 窓があり、壁があり、煙突の付いた、立派な「建物」だ。


「……あれ、どこかで見たことあるわよね」


 既視感の正体を探り、記憶のページをめくる。

 ――ワーグハイゼン。薄暗い森の奥。


「……あ、ワーグハイゼンの幽霊屋敷じゃないのよ!」


 叫ぶ私の目の前で、骸骨竜は村の中心に作られたばかりの広場へ着陸体勢に入った。驚くべきは、その手際だ。重力に従ってドスンと落とすのではなく、まるで高級なクリスタルを扱うかのように、地面の起伏に合わせて家を「そっと」置いたのだ。

 ――丁寧すぎる。熟練の運送業者だって、あんなに慎重には置かない。


 土煙すら最小限に抑えられたその様子を、広場の端にある切り株に腰を下ろし、感心したように眺めている人物がいた。


 アーヴァインだ。

 私は全力で彼のもとへ駆け寄った。

「ちょっとおぉー! アーヴァイン! アレは何よ!?」

 骸骨騎士は、動じないいつもの低音で答える。

「見ての通りだ。ネロが召喚した骸骨竜だ。着陸の衝撃を殺すとは、なかなかの練度だな」

「そこじゃなくて!! 掴んでた“家”の方よ!!」

 問い詰める私に応えるように、地上に降り立った骸骨竜が、空いた片手をスルスルと地上へ差し出した。その巨大な掌の上に乗っていたのは、漆黒のローブを纏った男


 黒衣の死霊術師、ネロである。

 逆光を背に、骸骨竜の手のひらから降り立つその姿は、あまりにもビジュアルが強すぎた。

「先生、あの家って……」

 隣で追いついたメアリーが、信じられないものを見る目で呟く。


「ネロさんたちが、ワーグハイゼンでこっそり住んでた空き家ですよね?」


「そうよ。間違いないわ」


 私は眉間を押さえつつ、ネロを仰ぎ見た。


「ネロ! 説明しなさい! 何で“家ごと”ここまで持ってきてるのよ! 荷物をまとめろとは言ったけど、物件までまとめろとは言ってないわよ!」


 ネロは、私の剣幕に少しだけ気まずそうに目を泳がせ、不自然な咳払いをした。


「ええと……実は、家の中にあった実験器具などを、配下の骸骨たちと回収していたところでして」


「うん。そこまでは正常な引っ越しね」


「その最中、工芸屋のリノエさんに声をかけられました。彼女、近隣の荒れた畑を復活させたいそうなんですが、工房の仕事が忙しくて人手が足りないと。そこで……」


 ネロは淡々と、しかしどこか誇らしげに続けた。

「畑仕事専用に、スタミナの無限な骸骨を数体“レンタル”できないかと相談を受けまして。私としては、彼らの維持費を考えれば悪い話ではありませんでした」


「……なるほど? 労働力の提供ね」


「そのお礼……というわけではないのですが、土地を管理している彼女から『あそこの家、どうせ管理に困ってるから、欲しければ土台ごと持って行っていいわよ』と言われまして」


 ネロは、ちらりと背後に鎮座する「元・幽霊屋敷」を見上げた。


「ですので、家ごと譲っていただきました。転移魔法では質量的に無理があったので、彼(竜)に運ばせた次第です」


 一瞬、沈黙が広場を支配した。


「……家ごと? もらったの?」


「はい。ちょうど村に拠点が必要でしたし、住み慣れた家の方がネズミの通り道も把握していて便利ですので」


 私は、威厳たっぷりに翼を休めている骸骨竜と、新築物件のように堂々と居座る幽霊屋敷を見比べた。


「……すごいわね、ネロ。あんた、やり手の不動産屋になれるわよ」


 コストゼロ。交渉成立済み。おまけに村の産業(農業)への貢献まで果たしている。文句の付けようがない、完璧な「引っ越し」だった。


「ナイスよ。ほんと、ナイス判断だわ。これなら今日からすぐに住めるものね」


 そう褒めると、ネロは少し照れたように視線を逸らし、ローブの裾をいじった。


 主の満足を感じ取ったのか、骸骨竜は「カチリ」と顎の骨を鳴らし、広場の番犬のように静かに鎮座した。


 ――こうして。


 カルロ村には、死霊術師の新しい拠点が、文字通り“空から降ってきた”のだった。

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