カルロ村、再び 第5話 Verloren Ort ――消えなかった名前――
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オープニング
呼ばれなかっただけの場所
その土地には、最初から名前があった。
カルロ村。
地図から消され、帳簿から抹消され、
人の記憶の端へと押しやられただけの――
呼ばれなくなった名前。
だからこの場所は、ずっと“無名”だったわけではない。
ただ、声をかける者がいなかっただけだ。
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本編
村になる、ということ
朝の光が、石畳の上に落ちる。
まだ新しい道。
だが、もう“仮設”とは呼べない。
骸骨たちが静かに石を運び、
獣人たちが木組みの歪みを直し、
人の手が、最後の仕上げを加えていく。
村は、黙々と生活の形を整えていた。
「……ここ、本当に変わりましたね」
メアリーが、小さく呟く。
その声には、もう驚きよりも実感があった。
「変わったんじゃないわ」
私は、宙に浮かびながら答える。
「戻ってきたのよ」
「戻ってきた……?」
「ええ。
人と、役割と――居場所がね」
ヨハンは少し離れた場所で村を見渡していた。
老騎士の目に映るのは、建物ではない。
配置、導線、守れる形かどうか。
「……亡国も、こうなら良かった」
ぽつりと漏れた言葉は、風に溶けた。
アルスは掲示板の前で立ち止まっている。
「夜間巡回」
「資材整理」
「道の補修」
どれも英雄的ではない。
だが――居場所はある。
「……名前がある場所って」
アルスが、誰にともなく言う。
「自分が“ここにいていい理由”が、
最初から用意されてる気がします」
私は何も言わなかった。
その気づきは、彼自身のものだ。
ボミエが、看板の下で尻尾を揺らす。
「にゃー。
ここ、匂いが落ち着いてきたにゃ」
「匂い?」
「そうにゃ。
“帰る匂い”にゃ」
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名を刻む場所
夕方。
作業が一段落し、村の中央に人が集まっていた。
焚き火というほど大げさではない、小さな火。
その周りに、自然と輪ができる。
「……なぁ」
お魚先生が、ぷかりと浮かびながら言った。
「どうせならさ、新しい名前にしない?」
一瞬、空気が止まる。
「名前……ですか?」
メアリーが聞き返す。
「そう。“ここ”の名前」
ネロが腕を組む。
「カルロ村、じゃないのか?」
「それでもいいけどねー」
お魚先生は尾ひれを揺らす。
「でもさ、ここって――
一回、消えてるじゃない?」
ヨハンが静かに頷いた。
「……記録上はな」
「でも、完全に無くなったわけじゃない」
アルスが続ける。
「そうそう」
お魚先生が頷く。
「だからさ、
“戻った場所”とか
“拾われた場所”とか――
そういう名前でもいいかなーって」
「にゃー。
縁起は大事にゃ」
皆が、それぞれ考え始める。
そこで。
少し離れて様子を見ていたカイラが、口を開いた。
「――失われた場所」
視線が集まる。
「一度は地図から消えた。
人もいなくなった。
でも、完全には無くならなかった」
焚き火の向こうで、静かな声が続く。
「だから――
VerlorenOrt」
一拍。
「“消えた場所”じゃない。
失われたままだった場所」
メアリーが、ゆっくりと口にする。
「……フェアローレン……」
「呼びやすいな」
ネロが頷く。
「意味も、悪くない」
ヨハンは静かに言った。
「亡国の騎士としては……
その名、嫌いではない」
アルスも頷く。
「……どこにも属さなかった場所、ですね」
お魚先生は、少し驚いた顔をしてから――
にやっと笑った。
「決まりね」
「え、もう?」
「うん。
みんな、もう反対してないでしょ」
一瞬の沈黙。
それから、誰かが言った。
「じゃあ……
カルロ村・フェアローレン、でいくか」
「それでいいな」
「異論なし」
火が、ぱちりと弾けた。
その音に紛れて、
名前が――この場所に刻まれた。
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エピローグ
消えなかった名前
夕暮れ。
子供が、村の入口で立ち止まった。
「……カルロ村」
声に出して、そう読んだ。
それだけで、場所は確定する。
失われた場所――Verloren Ort。
だが、名は消えていなかった。
呼ばれなかっただけだ。
そして今、
また呼ばれ始めている。
この名前は、いずれ――
人の名になる。
メアリー・フェアローレン。
失われた場所を、
失われたままにしなかった者の名として。




