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カルロ村、再び 第3話――帰ってくる者たち――




オープニング


山を越え、谷を越え


 焚き火の火は、静かだった。


 ぱち、ぱち、と乾いた音を立てながら、赤い火の粉が夜へ溶けていく。

 北西の山脈。

 昼は岩と風だけの場所だが、夜になると冷え込みは骨にくる。


 獣人たちは輪になって座っていた。


 毛皮の色も、耳の形も、背丈もばらばらだ。

 だが、どの顔にも共通しているのは――長い移動の疲れと、言葉にしきれない緊張だった。


 焚き火のそばで、鼠人族のギジは膝を抱え、尻尾を地面に這わせていた。


「……」


 風が、火を揺らす。


 ギジは、焚き火の向こう側にいる仲間たちを見回した。


 坑道掘りの者。

 木組みを得意とする者。

 石を積む者。

 狩りと見張りに長けた者。


 どれも、北西の山脈では“生きるために必要な技”だった。


 だが――

 それだけでは、足りなかった。


「オデたち……」


 ギジは、ぽつりと口を開いた。


「北西の山脈に住んでいる獣人にとって、

 これから行くところは……“住処”じゃねぇ」


 仲間の一人が、静かに耳を伏せる。


「……分かってる」


 別の獣人が、低く応じた。


「山は安全だ。

 慣れてる。

 逃げ道も、隠れ場所もある」


「だがな」


 ギジは、焚き火を見つめたまま続ける。


「山は……増えねぇ」


 火が、ぱちりと音を立てた。


「仲間も、仕事も、子供も。

 増やそうとすると……争いになる」


 それは、誰もが分かっていることだった。


 北西の山脈は、獣人にとって“逃げ場”だ。

 だが、“未来”ではない。


「……人間の町だぞ」


 若い獣人が、躊躇いがちに言った。


「人間は、信用できるのか?」


 その問いに、焚き火の向こうから低い声が返る。


「全部は無理だ」


 ギジだった。


「だが……

 少なくとも、オデは“あの魚”を信用してる」


 ざわ、と空気が揺れた。


 魚。


 最初に聞いた時は、冗談かと思った。

 だが、ギジは知っている。


 あの魚は、獣人を“数”として見ない。

 “脅威”としても見ない。


 役割として見た。


「……本気だったな」


 年嵩の獣人が、焚き火を見つめながら言った。


「あの目は、村を作る目だ」


「そうだ」


 ギジは頷く。


「だから、オデは言った。

 “仲間を呼んできてもいいか”ってな」


 焚き火の火が、少し大きくなる。


「ここを出るってのは、怖ぇ」


 別の獣人が、素直に言った。


「だが……

 何も変わらねぇまま、年を取る方が……もっと怖ぇ」


 ギジは、静かに立ち上がった。


 焚き火の明かりが、鼠人族の影を長く伸ばす。


「明日、山を越える」


「谷も越える」


「着く先は……

 まだ“村”ですらねぇ」


 一拍。


 ギジは、はっきりと言った。


「だが――

 オデたちが行けば、村になる」


 その言葉に、誰も笑わなかった。


 代わりに、焚き火のそばで、誰かが薪を足した。


 火は消えない。

 夜も、消えない。


 そして――

 獣人たちは、静かに眠りについた。


 明日から始まる、“帰還”に備えて。


本編


道の先に、人がいる


 朝は早かった。


 霧が谷を満たし、足元が見えないほどだったが、獣人たちは迷わない。

 山の匂い、土の湿り、風の向き。

 身体に染みついた感覚が、彼らを導く。


 山を越え、谷を下り、

 昼過ぎ、開けた土地が見えてきた。


「……」


 誰かが、息を呑んだ。


 そこには――

 **確かに“作られつつある場所”**があった。


 石が積まれ、

 木組みが立ち、

 道らしき線が引かれている。


「……骨、か?」


 獣人の一人が、目を細める。


 働いているのは、白い骸骨たちだった。

 無言で、規則正しく、休むことなく。


「脅しじゃねぇ」


 ギジは、はっきり言った。


「働いてるだけだ」


 その時。


「――あら?」


 宙から声がした。


 ぷかりと浮かぶ魚。

 そのそばに、少女がいる。


「来てくれたのね」


 お魚先生だった。


 メアリーが、少し驚いたように目を見開く。


「……すごい人数」


 ギジは、一歩前に出た。


「連れてきた。

 オデたちの仲間だ」


 魚は、満足そうに尾を揺らす。


「ええ。

 歓迎するわ」


 その一言に、獣人たちの肩から、少しだけ力が抜けた。


 ヨハンが外周から歩み寄り、静かに言う。


「守りは任せろ。

 働く者が、安心して働けるようにな」


 アルスは、夜明けの空を見て小さく呟いた。


「……ここ、眠らない村になりますね」


 ボミエが、くあっと欠伸をする。


「にゃー、人が増えると毛も増えるにゃ」


 メアリーは、ぎゅっと拳を握った。


「……村になりますね」


 それは、宣言ではなかった。


 確認だった。


 ギジは、土の匂いを吸い込み、静かに思う。


(帰ってきたな)


 ここは、まだ故郷じゃない。

 だが――


 帰る場所になる可能性は、確かにあった。



エピローグ


増えるのは、家だけじゃない


 その日から、カルロ村は“変わる速さ”を増した。


 骨だけではできなかった作業を、獣人が補う。

 獣人だけでは重すぎる仕事を、骨が担う。


 役割が噛み合い、

 言葉が交わされ、

 焚き火が増えていく。


 夜。


 ギジは、村の中央で火を見つめながら思った。


(増えたのは……家と道だけじゃねぇな)


 笑い声。

 仕事。

 明日の話。


 それらが、確かにここにあった。


 カルロ村は、

 人が帰ってくる場所になり始めていた。



次回予告


第4話:道ができ、灯りが灯る

・獣人と骨で作る本格インフラ

・石畳と街灯

・「夜も安心な村」へ

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