カルロ村、再び 第2話――貸し一つ、という名の承認――
ロッペンハイマーの朝は、いつもより少し騒がしかった。
石畳を打つ靴音が増え、門兵の声がよく通る。
市場へ向かう荷車の列が早く、街全体が妙にせわしない。
その原因の一つが、城館の執務室にいた。
――ロッペンハイマー領主。
ノイエ・フォン・ヴァイツゼッカー男爵。
執務机の上には書類が山積み。
視線は帳面を追っているが、心はまるで落ち着いていない。
(……増えている)
最近、妙に“報告”が多い。
街灯の点灯率が安定した。
夜間の見回りで騒ぎが減った。
郊外で人の出入りが増えている。
どれも一見、喜ばしい話だ。
だが、その中心に――
「……便利屋ギルド、か」
ノイエは、低く呟いた。
正式な冒険者ギルドではない。
領内に点在する個人請負をまとめただけの、小さな組織。
だが、厄介なのは――
機能しているという点だった。
ノックの音が響く。
「失礼します」
入ってきたのは、執事だった。
「……領主様。
例の方が、来られています」
ノイエの眉が、わずかに動く。
「“例の”とは」
「魚です」
「……魚か」
否定しきれないところが、すでにおかしい。
「通せ」
短く言うと、ノイエは背筋を正した。
⸻
扉が開く。
最初に入ってきたのは、少女だった。
メアリー。
穏やかな表情で、緊張を隠しきれていない。
次に、ふわりと宙を泳ぐ――魚。
お魚先生である。
その後ろに、ジゼルが控える。
鍛え抜かれた体躯、落ち着いた足取り。
彼女はメアリーの方を見て優しく微笑んでいる。
「……お久しぶりです、ノイエさん」
魚が、にこやかに言った。
「……久しぶり、というほど会っていない気もするが」
ノイエは、慎重に言葉を選ぶ。
魚は距離感を無視する。
それが分かっているからこそ、最初から警戒する必要がある。
ジゼルが、そっとメアリーの頭を撫でた。
「緊張しなくていい。
この方は、話が早い」
「は、はい……」
メアリーは小さく頷いた。
そして――
お魚先生が、ふわっとノイエの机のそばへ寄る。
「あのさー」
ノイエの肩が、ぴくりと動く。
「アタシ、ちょっとお願いがあって来たのよね」
「……それは、一体?」
ノイエは、努めて冷静を保った。
魚は、さらりと言った。
「今すぐ何かしてほしいって話じゃないんだけどね」
魚は、いつもの軽い調子で言った。
「ロッペンハイマーの外れ――
あの、何もなくなっちゃった土地あるでしょ」
ノイエの指が、机の上でわずかに止まる。
「カルロ村の跡地よ。
あそこを――人が住める場所として、もう一度使いたいの」
一拍。
「大がかりな話じゃないわ。
最初は仮の家と、作業場と、畑を少し。
ちゃんと治安も守るし、勝手な拡張もしない」
魚は、くるりと尾を揺らした。
「だからさ。
カルロ村開拓の件について――承認という形で、黙って見ててほしいのよ」
ノイエの胸に、はっきりと警鐘が鳴った。
――来た。
(来たぞ)
これは“お願い”ではない。
承認を前提にした相談だ。
――来た。
(来たぞ)
ノイエの脳裏に、警鐘が鳴り響く。
これは“お願い”ではない。
予告だ。
(断ったら……)
脳裏に、よぎる光景。
魚が、何かをする。
何か“よくないこと”が起きる。
しかも、本人に悪意はない。
(あり得ない……!
この私が、領主であるこの私が……
あのような目に遭うなど……!)
ノイエは、喉を鳴らした。
ジゼルの視線が、静かにこちらを向いている。
圧はない。
だが、逃げ場もない。
「……構わない」
ノイエは言った。
「その程度であれば……
好きにするがいい」
一瞬、間。
そして。
「よっしゃ! OKもらったわよ!」
魚が、ぱっと明るく声を上げた。
ノイエのこめかみが、ひくりと引きつる。
「……了承、しただけだ」
「十分十分!」
魚は満足そうだ。
メアリーが、少し戸惑いながらも頭を下げる。
「ありがとうございます、領主様」
「……うむ」
ノイエは、咳払いをした。
「頑張るのだ、子供よ」
「はい!
ありがとうございます、ジゼルさん」
メアリーは、ジゼルにも礼を言う。
ジゼルは微笑み、腕を軽く曲げた。
盛り上がった上腕二頭筋。
それを見て――
メアリーも、なぜか同じように腕を曲げる。
「……?」
二人は、無言で筋肉を見せ合った。
私は、ぷかりと浮かびながら、それを眺める。
(……何かしらこの光景)
言葉はない。
だが、どこか通じ合っている。
(ああ、そういえば……)
メアリーは最近、毎朝筋トレをしている。
誰に言われたわけでもなく、黙々と。
(……新しい世界の扉、開いたのかしら)
それはそれで、村らしい。
⸻
こうして。
カルロ村は、まだ名もなく、形も曖昧なまま――
領主の黙認を得た。
正式な許可ではない。
だが、止められもしない。
それが、この街における
いちばん厄介で、いちばん強い承認だった。
ノイエ・フォン・ヴァイツゼッカーは、机に戻りながら思う。
(……貸したな)
確かに、貸した。
だが同時に――
いつか返ってくるとも、分かっている。
魚は、そういう存在だ。
そして。
その“いつか”が、
思っているより近いことも。
⸻
次回予告(流れ的に)
次は自然につながります↓
第3話:帰ってくる者たち
・ギジと獣人たちの帰還
・本格的な開拓人員の流入
・「村になる」決定打




