表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/69

カルロ村、再び 第2話――貸し一つ、という名の承認――


 ロッペンハイマーの朝は、いつもより少し騒がしかった。


 石畳を打つ靴音が増え、門兵の声がよく通る。

 市場へ向かう荷車の列が早く、街全体が妙にせわしない。


 その原因の一つが、城館の執務室にいた。


 ――ロッペンハイマー領主。

 ノイエ・フォン・ヴァイツゼッカー男爵。


 執務机の上には書類が山積み。

 視線は帳面を追っているが、心はまるで落ち着いていない。


(……増えている)


 最近、妙に“報告”が多い。


 街灯の点灯率が安定した。

 夜間の見回りで騒ぎが減った。

 郊外で人の出入りが増えている。


 どれも一見、喜ばしい話だ。

 だが、その中心に――


「……便利屋ギルド、か」


 ノイエは、低く呟いた。


 正式な冒険者ギルドではない。

 領内に点在する個人請負をまとめただけの、小さな組織。


 だが、厄介なのは――

 機能しているという点だった。


 ノックの音が響く。


「失礼します」


 入ってきたのは、執事だった。

 

「……領主様。

 例の方が、来られています」


 ノイエの眉が、わずかに動く。


「“例の”とは」


「魚です」


「……魚か」


 否定しきれないところが、すでにおかしい。


「通せ」


 短く言うと、ノイエは背筋を正した。



 扉が開く。


 最初に入ってきたのは、少女だった。


 メアリー。

 穏やかな表情で、緊張を隠しきれていない。


 次に、ふわりと宙を泳ぐ――魚。


 お魚先生である。


 その後ろに、ジゼルが控える。

鍛え抜かれた体躯、落ち着いた足取り。

 彼女はメアリーの方を見て優しく微笑んでいる。


「……お久しぶりです、ノイエさん」


 魚が、にこやかに言った。


「……久しぶり、というほど会っていない気もするが」


 ノイエは、慎重に言葉を選ぶ。


 魚は距離感を無視する。

 それが分かっているからこそ、最初から警戒する必要がある。


 ジゼルが、そっとメアリーの頭を撫でた。


「緊張しなくていい。

 この方は、話が早い」


「は、はい……」


 メアリーは小さく頷いた。


 そして――

 お魚先生が、ふわっとノイエの机のそばへ寄る。


「あのさー」


 ノイエの肩が、ぴくりと動く。


「アタシ、ちょっとお願いがあって来たのよね」


「……それは、一体?」


 ノイエは、努めて冷静を保った。


 魚は、さらりと言った。

「今すぐ何かしてほしいって話じゃないんだけどね」


 魚は、いつもの軽い調子で言った。


「ロッペンハイマーの外れ――

 あの、何もなくなっちゃった土地あるでしょ」


 ノイエの指が、机の上でわずかに止まる。


「カルロ村の跡地よ。

 あそこを――人が住める場所として、もう一度使いたいの」


 一拍。


「大がかりな話じゃないわ。

 最初は仮の家と、作業場と、畑を少し。

 ちゃんと治安も守るし、勝手な拡張もしない」


 魚は、くるりと尾を揺らした。


「だからさ。

 カルロ村開拓の件について――承認という形で、黙って見ててほしいのよ」


 ノイエの胸に、はっきりと警鐘が鳴った。


 ――来た。


(来たぞ)


 これは“お願い”ではない。

 承認を前提にした相談だ。


 ――来た。


(来たぞ)


 ノイエの脳裏に、警鐘が鳴り響く。


 これは“お願い”ではない。

 予告だ。


(断ったら……)


 脳裏に、よぎる光景。


 魚が、何かをする。

 何か“よくないこと”が起きる。

 しかも、本人に悪意はない。


(あり得ない……!

 この私が、領主であるこの私が……

 あのような目に遭うなど……!)


 ノイエは、喉を鳴らした。


 ジゼルの視線が、静かにこちらを向いている。

 圧はない。

 だが、逃げ場もない。


「……構わない」


 ノイエは言った。


「その程度であれば……

 好きにするがいい」


 一瞬、間。


 そして。


「よっしゃ! OKもらったわよ!」


 魚が、ぱっと明るく声を上げた。


 ノイエのこめかみが、ひくりと引きつる。


「……了承、しただけだ」


「十分十分!」


 魚は満足そうだ。


 メアリーが、少し戸惑いながらも頭を下げる。


「ありがとうございます、領主様」


「……うむ」


 ノイエは、咳払いをした。


「頑張るのだ、子供よ」


「はい!

 ありがとうございます、ジゼルさん」


 メアリーは、ジゼルにも礼を言う。


 ジゼルは微笑み、腕を軽く曲げた。


 盛り上がった上腕二頭筋。


 それを見て――

 メアリーも、なぜか同じように腕を曲げる。


「……?」


 二人は、無言で筋肉を見せ合った。


 私は、ぷかりと浮かびながら、それを眺める。


(……何かしらこの光景)


 言葉はない。

 だが、どこか通じ合っている。


(ああ、そういえば……)


 メアリーは最近、毎朝筋トレをしている。

 誰に言われたわけでもなく、黙々と。


(……新しい世界の扉、開いたのかしら)


 それはそれで、村らしい。



 こうして。


 カルロ村は、まだ名もなく、形も曖昧なまま――

 領主の黙認を得た。


 正式な許可ではない。

 だが、止められもしない。


 それが、この街における

 いちばん厄介で、いちばん強い承認だった。


 ノイエ・フォン・ヴァイツゼッカーは、机に戻りながら思う。


(……貸したな)


 確かに、貸した。


 だが同時に――

 いつか返ってくるとも、分かっている。


 魚は、そういう存在だ。


 そして。


 その“いつか”が、

 思っているより近いことも。



次回予告(流れ的に)


次は自然につながります↓

第3話:帰ってくる者たち

・ギジと獣人たちの帰還

・本格的な開拓人員の流入

・「村になる」決定打

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ