カルロ村、再び 第1話 ―骨が働き、何もなかった土地に、息が戻る―
骨が働き、村が立つ
朝の空気は、まだ冷たかった。
カルロ村――そう呼ぶには、あまりに何もない場所。
かつて人が暮らしていた痕跡は、土の中に薄く残るだけで、地表には草と風と、朽ちた杭の影しかない。
それでも、私たちはここに立っていた。
ぷかり、と私は地面すれすれを漂いながら、周囲を見回す。
メアリーは少し先で、足元の土を踏みしめるように歩いている。
ヨハンは外周に目を走らせ、古い騎士の習慣のまま、敵がいないことを確認していた。
アルスは、どこか遠い場所を見ているような横顔で、朝の匂いを吸い込む。
ボミエは肩のあたりで丸くなり、尻尾だけをゆらゆら揺らしていた。
そして――
この場所に、異質な“働き手”がいた。
「……始めようか」
ネロが小さく言った。
黒い外套に身を包んだ死霊術師は、目立たぬ声で、しかし迷いのない動きで杖を構える。
杖の先に、淡い光が灯る。
魔法陣が地面に滲み、円を描いて定着していく。
静かな詠唱。
次の瞬間、空気が一段だけ冷えた。
土の下から、骨が這い出してくる。
白い指が土を掻き、肩が現れ、頭蓋が起き上がる。
生者の息遣いとは違う、乾いた動き。
スケルトン。
十体。
二十体。
数を重ねるほど、現実味が増していく。
それは恐怖より、むしろ“工数”として迫ってきた。
これだけいれば――村は、形になる。
「……本当に出てくるんですね」
メアリーが呟いた。
怖がってはいない。
驚きと、少しの呆れと、そして感心が混じった声だ。
「出すのは簡単なんだ」
ネロは淡々と言う。
「難しいのは、仕事に使うこと。
骨は強いけど、放っておくと勝手に動く。
だから――」
ネロが視線を横へ向けた。
そこに立っていたのは、黒衣の骸骨騎士――アーヴァインだ。
剣を佩き、背筋を伸ばし、動かぬままに“統率”を放っている。
「……我が指揮を取る」
低い声が、地面を震わせるように響いた。
スケルトンたちが、ぴたりと動きを止める。
それから一斉に、正面を向いて整列した。
私は思わず、息のない喉で笑いそうになる。
「……どこの軍隊よ」
「軍隊だ」
アーヴァインは即答した。
言い返す余地のない、静かな正しさがあった。
ヨハンが小さく頷く。
「よい。
列が揃えば、事故が減る」
ヨハンの目は、作業現場よりも“作業現場の外”を見ている。
襲撃があるかどうか。
誰かが近づいた時にどうするか。
作ることは守ることと同じだと、騎士は知っている。
ボミエが欠伸をして、尻尾を揺らした。
「ニャー、骨が働くのはいいけど、土埃が増えるニャ。
鼻が乾くニャ」
「猫に鼻が乾くのかは知らないけど」
私は一応ツッコんでおく。
こういう小さな言葉がないと、空気が乾きすぎる。
アルスは、目を細めて空を見上げた。
「……昼のうちに、どこまでできると思う?」
「今日のうちに“村っぽく”はなるよ」
ネロが言った。
それは誇張ではなかった。
ネロが杖を軽く鳴らす。
合図のように、アーヴァインが腕を上げた。
「――分担」
スケルトンの列が、四つに割れる。
ひとつは整地班。
雑草を刈り、石をどけ、地面を均す。
ただの力仕事だが、骨には疲労がない。
一定の速度で、黙々と土を掻く。
ひとつは資材運搬班。
森の端から切り出した木材を運ぶ。
ネロが簡易の木槌魔法で切断と整形を補助し、骨たちがそれを担ぐ。
人がやれば半日仕事の往復が、どんどん積み上がっていく。
ひとつは基礎石積み班。
石を運び、線を引き、角を揃えて積む。
ここに“住める建物”を作るなら、基礎は最初に固めるべきだ。
ヨハンが遠目に見ながら、時折手の動きを止めて指示を飛ばす。
「その石は内側だ。
重心がズレる。……そう、そこだ」
不思議だ。
人間の声が、骨の仕事をより正確にしていく。
これは単なる魔法じゃない。
共同作業だ。
最後のひとつは警戒兼雑務班。
外周を巡回しつつ、必要があればどこへでも補助に入る。
アーヴァインは、そこに自分の“影”を重ねていた。
作業を眺めるのではなく、作業が崩れないように立つ。
骨が働く音が、村の代わりに息をし始めた。
木が運ばれ、杭が打たれ、紐が張られる。
区画が生まれる。
私は、ぷかりと漂いながら、その変化を見届ける。
更地は、ただの土地だった。
でも、線が引かれると、そこは“場所”になる。
「先生……」
メアリーが、私の方を振り返った。
頬に、土埃が少しついている。
「……なんですか?」
「これ……すごいです」
言葉は幼い。
でも、目は真剣だった。
「朝は何もなかったのに。
いま、もう“ここに何かができる”って分かる」
「うん」
私は小さく頷く。
「村っていうのは、建物の数じゃなくて……
“明日もここにいる理由”が増えることなのよ」
メアリーが、少しだけ目を丸くした。
意味が全部は分からない。
でも、何か大事なことだと感じたのだろう。
昼を過ぎると、さらに景色が変わった。
基礎の上に、木組みが立ち上がる。
骨が支え、骨が釘を打ち、骨が梁を運ぶ。
人間がやっているのは、確認と調整だけだ。
手を出す余地がないほど、骨が正確に動く。
「……これ、私たち、何したらいいですか?」
メアリーが小さく困った顔をした。
「それ、分かる」
私も同意する。
働き手が多すぎると、逆に人は仕事を失う。
嬉しいような、気まずいような。
ヨハンが口を開いた。
「人は“決める”役を担えばよい。
どこに何を置くか。
どういう村にするか。
作る手より、それが難しい」
老騎士の声には、経験の重さがあった。
アルスが、ぽつりと言った。
「……夜も、作業するの?」
「するよ」
ネロが即答する。
「骨は眠らない」
その言葉が、妙に響いた。
村は、眠らない。
少なくとも、最初の数日は。
夕方、空が赤くなりはじめた頃。
ネロの屋敷――あの、骸骨たちに建てさせたという屋敷が、遠くに見えた。
私たちはそこを、いまの拠点にしている。
ただし、拠点というよりは“避難所”だ。
「……先生」
メアリーが、そっと言った。
「私たち、本当に……ここに住むんですか?」
問いというより、確認だった。
私は少しだけ、間を置いた。
住むということは、覚悟だ。
戦いよりも、ずっと重い時がある。
「住むわよ」
私は言った。
「だって、村は“作る”だけじゃなくて、
“暮らす”ことで完成するものだから」
メアリーは、小さく頷いた。
ボミエがふニャっと鳴いた。
「ニャー、寝床は柔らかい方がいいニャ。
骨の寝床は硬いニャ。骨だから当然ニャ」
私は思わず笑ってしまった。
こういうくだらない言葉が、村を村にする。
夜。
空が深い藍に沈む頃。
カルロ村予定地には、まだ灯りが少なかった。
それでも、作業は続いていた。
骨が木材を運び、
骨が石を積み、
骨が土を均す。
静かな音だけが、夜に残る。
アーヴァインは、その中心に立っていた。
動かないのに、すべてを動かしている。
ヨハンは外周を巡り、時折立ち止まって耳を澄ませる。
アルスは夜の匂いを嗅ぎ、敵意の有無を測る。
ボミエは私の近くで丸まり、眠ったふりをしている。
メアリーは――
最後まで、作業を眺めていた。
「……先生」
「なに?」
「明日、もっと増えますよね。
建物も、人も。……きっと」
私は、夜の中の骨たちを見た。
「ええ、増えるわね」
そう言ってから、付け加える。
「でもね。
増えるのは、建物や人数だけじゃないわ」
「……?」
「“ここにいていい理由”が増えるのよ」
メアリーは、少しだけ笑った。
その笑顔は、夜の冷たさをほんの少し和らげた。
カルロ村は、まだ名ばかりだ。
でも――
土の上に線が引かれ、
石が積まれ、
梁が立ち上がり、
骨が働き続けるこの場所は、
確かにもう、
“何もない土地”ではなかった。
村は、立ち始めていた。




