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幽霊屋敷③――カルロ村、再び――失われた地に集う想い

あの屋敷に住み着いていた銀髪の男は、

 ネロという名の死霊術師ネクロマンサーだった。


 長い間、各地を渡り歩いていたらしいが、

 旅の途中で資金が尽き、仕事を求めてワーグハウゼンへ流れ着いたという。


 だが、死霊術師というだけで敬遠され、

 どこの工房にも、どこの店にも雇ってはもらえなかった。


 確かに――

 あの角刈りのリノエのオッさん達から見れば、

 気が弱そうで、線も細くて、

 いかにも「使えなさそう」な兄ちゃんに見えたのだろう。


 行き場を失い、

 誰にも必要とされず、

 それでも一人でいるのが耐えきれなくて。


 ネロは、ウィル・オ・ザ・ウィスプや幽霊レイスを呼び出し、

 人を怖がらせることで、

 この世界に自分の存在を示そうとした。


 あの屋敷は、

 彼にとって最後に残された「居場所」だったのだ。



 館を出ると、空気が一変した。


 石造りの壁と装飾的な庭園の向こう。

 視界いっぱいに広がったのは、どこまでも続く草地と、風に揺れる低木。


 懐かしい匂い。

 そして――胸の奥が、きゅっと締めつけられるような感覚。


「……ここ」


 メアリーが、言葉を探すように呟いた。


「私の村が……あった場所です」


 カルロ村。

 かつて、私たちが出会った場所。


 今はもう、建物の跡すらほとんど残っていない。

 それでも、地面の凹凸や、踏み固められた道の名残が、ここに人の営みがあったことを確かに語っていた。


「……同じだな」


 老騎士ヨハンが、周囲をゆっくりと見渡す。


「戦で滅びた村の跡と、よく似ている。

 静かで……それでいて、完全には死んでおらん」


「にゃあ」


 ボミエが、地面に降りて尻尾を揺らす。


「土地の気が、まだ素直にゃ。

 怨みも淀みも少ない。

 “住め”って言ってる土地にゃ」


「……血の匂いも、薄い」


 アルスが、そっと膝をついて土に触れた。


「ここで流れた血は、もう土に還ってる。

 だから……新しいのを拒まない」


 その言葉に、骸骨騎士――アーヴァインが静かに頷いた。


「ここが、我の故郷だった」


 乾いた声が、風に溶ける。


「我が国は滅び、

 我が君主も……妻も……幼い息子も、ここにはおらぬ」


 「そうだ。我の国は既になくなっていたのだ。

 もう我が君主も……我が妻も……我が幼い息子も、ここには存在しない」


 アーヴァインの声は静かだったが、その一言一言が重い。


 その沈黙を破ったのは、カイラだった。


「……ヴァールシュタット王国だね」


 私たちの視線が、彼に集まる。


「ここは、かつてヴァールシュタット王国の北西辺境だった。

 だが今から三百年前――」


 カイラは、淡々と事実を語る。


「エッフェンタール公国との大戦に敗れ、

 ヴァールシュタット王国は滅びた」


「滅びた……?」


「正確には、国土を分割されたんだ。

 この地は、戦後処理として

 シルヴェニア王国とボル・サリーヌ公国の二国に切り分けられた」


 つまり。


 国は、地図から消えた。

 王も、軍も、制度も――すべて失われた。


「多くの村が焼かれ、

 生き残った民も、国を追われた」


 カイラは、アーヴァインを見る。


「……貴方は、その戦争の時代の騎士なんだな」


「然り」


 骸骨騎士は、わずかに胸を張った。


「我は王に仕え、この地を守るために剣を取った。

 だが――守れなかった」


 その言葉に、重い沈黙が落ちる。


 しばらくして、低い声が響いた。


「……気持ちは、よくわかる」


 老騎士ヨハンだった。


 彼は、ゆっくりと兜を脱ぎ、草地に視線を落とす。


「我が故国――ルーデンハイム聖教国も、

 亜人との戦で滅びた」


 誰も、口を挟まない。


「国が滅びる時というのはな……

 最後まで戦った者ほど、

 “守れなかった理由”を、己に問い続ける」


 ヨハンは、アーヴァインを見る。


「だが、それでも剣を取った事実は消えん。

 守ろうとした意思も、戦った誇りもだ」


 骸骨の眼窩の奥で、かすかに光が揺れた。


「……貴殿も、亡国の騎士か」


「そうだ。

 そして今は――行き場を失った老兵だ」


 ヨハンは、静かに続ける。


「だがな。

 国が滅びても、騎士まで死ぬ必要はない」


 風が吹き抜ける。


「守るものが変わるだけだ。

 土地でも、民でも、

 あるいは――新しく生まれる“村”でもな」


 ヨハンは、地面を踏みしめた。


「貴殿がこの地を守りたいというなら、

 それは逃げではない。

 立派な“次の戦”だ」


風が、草を揺らす。


「この地に残ったのは滅びた国の記憶と……帰る場所を失った者たちだけニャ」



ボミエの言葉の余韻が、静かに残っていた。


 その時。


「……不思議だね」


 ぽつりと、アルスが口を開いた。


 皆がそちらを見ると、ダンピールの少年は、少し困ったような顔で立っていた。


「国がなくなるとか、

 守れなかった家族とか……」


 言葉を選ぶように、一度息を整える。


「僕には、よく“わかる”とは言えない」


 アルスは、足元の草を見つめた。


「だって、最初から知らないから」


 風が、草を揺らす。


「父も母も、顔も声も覚えてない。

 生きてたのかどうかも、正直……わからない」


 その声は、淡々としていた。

 だが、どこか――決定的に孤独だ。


「だから、失う怖さも、

 守れなかった後悔も……

 僕には、想像でしかない」


 アーヴァインが、ゆっくりと首を向ける。


「……それでも、貴殿は立っている」


「うん」


 アルスは、小さく頷いた。


「何もなかったから、

 どこにでも行けた」


 そして、少しだけ視線を上げる。


「でも……

 ここは、嫌じゃない」


 短い沈黙。


「何もなかった僕でも、

 “ここから始める”って言える場所なら」


 アルスは、皆を見た。


「……守ってみたい、って思った」


 私は、足元の土を見つめた。


 ――だから、ここは空っぽなんだ。


 そして、だからこそ。


「ねえ」


 全員の視線が、こちらに集まる。


「ここに、新しい村を作らない?」


 一瞬の沈黙。


「……村、ですか?」


 メアリーが、驚いたように目を瞬かせる。


「そう。

 ロッペンハイマーに負けないくらいのね」


 そして、カイラを見る。


「ここに、便利屋ギルドのカルロ村支部を作るのはどう?」


「……本気か」


「ええ。本気よ」


 ギルドがあれば、人が集まる。

 仕事が生まれ、住む理由ができる。


 最初に反応したのは、ネロだった。


「……雇って、くれるのか?」


 声が、わずかに震えている。


「もちろん」


 その一言に、ネロは肩の力を抜いて笑った。


「……ありがとう。

 初めてだよ、居場所を“作ろう”って言われたのは」


「我も、異存はない」


 アーヴァインが、剣を胸に当てて言う。


「守るべき地があるなら、

 我は再び、剣を取ろう」


「村の防衛役が最初からいるのは心強いな」


 ヨハンが、珍しく小さく笑った。


「にゃー、死霊術師と骸骨騎士が常駐とは、

 なかなか個性的な村になるにゃ」


「でも、悪くない」


 アルスが、静かに続ける。


「ここなら……

 皆、ちゃんと生き直せる」


 その後。


 ネロとアーヴァイン、

 そしてワーグハウゼンで雇われていなかった獣人たちにも話を通すことにした。


 カイラに転移魔法を頼み、数分後。

 獣人たちが次々とこの地へ集まる。


 その中で、鼠人族のギジが私をじっと見つめてきた。


「……アンタ、本気ダな」


「ええ、本気よ」


 ギジは、少し考えるように鼻を鳴らし――言った。


「それなら、北西の山脈の奥に残してきている

 オデ達の仲間を呼んできてもいいカ?」


「仲間?」


「坑道掘り、建築、木組み……

 村を作るなら、きっと役に立ツ!」


 私は、思わずメアリーを見る。


「アラ、それは大歓迎よね?」


「はいっ、先生!

 どんな方たちが来るのか、楽しみです!」


 こうして。


 骸骨騎士と死霊術師、

 獣人たち、

 そして、かつて滅びた村の跡地。


 ――カルロ村復活計画は、

 本格的に動き始めた。


 静かに。

 けれど、確かに前へ。


今回のエピソードは、

 「カルロ村を復活させる」という出来事そのものよりも、

 なぜ彼らがそこに集まったのかを描く回でした。


 ネロは、力がありながらも居場所を持てなかった者。

 アーヴァインは、国も家族も失い、それでも剣を手放せなかった亡国の騎士。

 ヨハンは、滅びた祖国を胸に刻みつつ、なお前を向こうとする老騎士。

 そしてアルスは、最初から何も持たず、

 だからこそ「これから始められる場所」を探していた少年です。


 彼らは皆、立場も種族も違います。

 けれど共通しているのは――

 **「帰る場所を失った」**という点でした。


 カルロ村は、かつて一度滅びた場所です。

 だからこそ、

 失われたものを知る者たちが、

 もう一度「作る側」に回る意味を持ちます。


 今回の村づくりは、

 英雄の建国でも、誰かの野望でもありません。

 それぞれの想いが、静かに重なった結果です。


 次話からは、

 いよいよ“理想”を“形”にしていく段階に入ります。

 屋根を作り、壁を立て、人が集まり、仕事が生まれる。

 うまくいくこともあれば、当然、失敗もあるでしょう。


 それでも――

 この場所には、もう「誰もいない土地」ではありません。


 カルロ村は、再び動き出しました。

 今度は、みんなの想いを背負って。


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