聖獣と、町に残る影
オープニング
――朝の店先にて
朝のロッペンハイマーは、まだ眠気を引きずっている。
石畳に差し込む光は柔らかく、店の前を通る人影もまばらだ。
そんな中。
店の裏口で、二人の子供がぎこちなく並んでいた。
孤児のユニとジルだ。
まだ背も低く、服も少し大きい。
ミンジュンはエプロン姿のまま、二人の前にしゃがみ込む。
「今日から、少しずつでいい」
声は低く、穏やかだ。
「店の手伝いを頼みたい。
分からないことは聞け。無理はしなくていい」
ユニとジルは一瞬だけ顔を見合わせ、
それから同時に、深く頭を下げた。
「……よろしく、お願いします!」
「コレからよろしくな」
ミンジュンはそう言って、二人の頭を軽く撫でた。
店の中に、朝の匂いが満ちていく。
聖獣と獣人たち
「……ちょっとーっ!」
二階の部屋で、アタシは思わず声を上げた。
「この子達、一体どうしたのよ!?」
部屋の隅には、昨夜保護した獣人の子供たち。
簡易的な毛布に包まれ、まだ怯えた顔をしている。
メアリーが膝をつき、傷の具合を見ながら言った。
「先生……怪我をしている魔物の子もいます」
「……魔物の“方”?
それ、誰基準なのよ……」
その時、低く落ち着いた声が頭の中に響いた。
(宿舎をこっそり抜け出し、町の裏山を散歩しておったらな。
偶然、こやつらを見つけてしまっての)
「こっそり抜け出し、って……」
アタシは視線を落とす。
そこにいたのは、あの牧羊犬――チューリップ。
「……ちょっと待って」
嫌な予感がした。
アタシは即座に鑑定スキルを発動する。
⸻
【鑑定結果】
種別:聖獣
名:ズィールの血統
概要:数百年前、シルヴァニア王国で崇拝されていた聖獣の直系子孫
⸻
「…………」
一瞬、言葉が出なかった。
「……メアリーちゃん」
「は、はい?」
「この牧羊犬ね……
どうやら“伝説級”らしいわ」
「ええぇっ!?
このチューリップがですか!?」
(その名は好かぬ。
……それよりもだ)
聖獣は、獣人と魔物の子供たちに視線を向ける。
(彼らを、頼めるか?)
メアリーが小さく頷いた。
「もちろんです。
とりあえず、ここで預かります」
「そうね」
アタシも同意する。
「後で事情はちゃんと聞く。
今は休ませるわ」
(……感謝する)
その言葉を残し、
聖獣ズィールの子孫は静かに身を翻した。
影に溶けるように、姿が消える。
その背中を見送りながら、アタシは息を吐いた。
「……とんでもないのが町にいるわね」
⸻
朝の食卓
朝。
二階の食堂に向かうと、
すでに獣人たちが静かに食事を取っていた。
香ばしいパンの匂い。
湯気の立つスープ。
魔物の子供たちは、まだ眠っているらしい。
「怪我がひどい子は、動かさない方がいいって」
ミンジュンが言う。
「孤児のユニとジルが、看病に回ってくれてる」
獣人たちの中で、一人前に出てきたのは鼠人族の青年――ギジ。
「オデたち……北西の山脈に住んでいる獣人だ」
ゆっくり、言葉を選ぶ。
「狩の途中で、怪我した魔物の子供を見つけた。
聞けば、山賊に捕まっていたそうだ」
「……逃げ出して、ここまで?」
「そうダ。
放っておけなかった」
理由は、それだけで十分だった。
⸻
セシリアと、朝の騒がしさ
ガラガラ……カシャ。
昇降機の音。
扉が開き、車椅子の少女が現れる。
「おはようございます」
セシリアだ。
メアリーはすぐに椅子をずらし、通路を空ける。
セシリアは礼をし、
そのままメアリーの手をぎゅっと握った。
「メアリーさん!
やっぱり、あなたは私の憧れです!」
「えっ……?」
「どうか、私もお供に……!」
「だ、ダメです!」
メアリーは慌てて首を振る。
「セシリアさんは受付があるでしょう?
あそこが回らなくなったら、町が困ります」
「……むぅ」
そこへ、朝食が運ばれてきた。
ミンジュンと、配膳車を押す孤児たち。
「……いつの間に、こんなの買ったのよ」
「必要だと思って」
ミンジュンはさらっと言った。
⸻
山賊の影
「裏山で、悲鳴が聞こえたって話があります」
ミンジュンが続ける。
「守備団長のハインツさん達が調べたそうですが、
残っていたのは血痕と、衣類だけ」
「山賊団の物と一致した、って?」
「ええ」
空気が、少しだけ重くなる。
「……また、動いてるのね」
アタシはコーヒーを一口飲んだ。
「でも今は、目の前の仕事優先」
「そうですね!」
メアリーがぱっと笑顔になる。
「このソーセージ、すごく美味しいです!」
「それはよかった」
ミンジュンも微笑む。
その様子を見ながら、アタシは思う。
(……平和な朝ほど、怪しいのよね)
その時。
「おーい、腹減った」
カイラが現れた。
テーブルのパンを二、三個掴み、厨房へ。
「きっとスープ取りに行ったんですよ」
メアリーが立ち上がる。
「私も行ってきます!」
――そして。
扉が開く。
ヨハン、ボミエ、アルス。
馴染みの顔が揃った。
スープとコーヒーが並び、
自然と話題は一つに集約される。
「……山賊団、どうする?」
答えは、まだ出ない。
けれど確かなのは――
この町は、もう“無関係”ではいられない。




