表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/69

真なる勇者との邂逅

―――――――――――――――――――――


◆真なる勇者のいる村


―――――――――――――――――――――


 村へ近づくにつれ、空気がひどく淀んでいくのを感じた。

 夜だから暗い――それだけでは済まされない、重く澱んだ暗さ。

 私は透明化したまま、そっと村の入口に足を踏み入れた。


 (……現代? いや、違うわね)


 見回しただけでわかる。

 文化レベルは、どう甘く見積もっても近代以前。悪ければ中世か、それすら怪しい。

 家々は剝き出しの木材と固めた土。藁葺き屋根。

 街灯も店もなく、農具すら見当たらない。どうやって生計を立てているのか謎でしかない。


 そして――人影が極端に少ない。

 生者の村とは思えないほどに活気がなく、気配が薄い。


 腕に巻いた《女神の加護石》が、

 ……チカッ、チカッ

 と淡い光を繰り返した。


 「やっぱり……この村にいるのね。真なる勇者が」


 この石は、勇者の魂に反応する。

 ただし“真なる勇者”が近くにいるときのみ。


 村全体は寂れているのに、勇者だけいる?

 おかしい……不自然すぎる。

 その違和感を抱えたまま進んでいると、


「勇者様ーーっ!!」


 甲高い声が闇を裂いた。


 勇者……?

 反応の方向と一致している。私はそっと近づいた。


―――――


◆偽りの英傑


 そこには村の若者たちに囲まれ、ニヤニヤと笑っている男がいた。

 丸顔で、妙に小綺麗。服装は旅人風だが、腰の剣は使われた形跡ゼロ。


 中心にいるその男――

 イ・ミンジュン。


 「勇者様! 今日も魔除けのお言葉を……!」

 「勇者様が来てくれたおかげで、最近は魔物も近づきません!」


 若者たちがやたら持ち上げているが、

 加護石は……さっきより光が弱い?


 彼らの後方。

 暗がりの端で、ひとりの少女が足を引きずりながら掃除していた。

 見るからにボロボロだ。


 髪はバサバサで、服は裂け、皮膚には火傷らしき痕。

 年齢は……体の大きさからして10歳前後。

 目の下は痣だらけで、まともに食事もしていないだろう。


 胸がざわついた。

 この村の空気の重さは、単なる貧困ではない。

 もっと――いやな支配の匂いがする。


 しばらくチヤホヤされたのち、ミンジュンはようやく若者たちを振り払って裏道へ入った。


 「……あービックリした! まじで肩凝るわ……」


 独り言が漏れた瞬間、私は透明化を解いた。


 「――聞いちゃったわよ、アンタ」


「!? うわぁああ!? だ、誰!!? え? 魚!? 人!?!?」


 奇妙な反応をされたが、まあ慣れている。


 「勇者って嘘ついてるわよね?」


「……はぁ。

 いや……まぁ、そう、なんだ……」


 男はあっさり観念した。


―――――


◆ミンジュンの告白


「もともとさ、俺……ソウルにいたんだよ」

「韓国の?」


「そう、ソウル。

 気づいたら神殿みたいな場所にいて、『おぉ勇者よ世界を救え』って迫られてさ。

 こんなん無理だろ!!って思って逃げ出して……で、なんとか生きてきた」


 要するに、勇者召喚されたが逃亡した男。

 確かに“勇者の気配”は微弱に残っている。だから加護石が反応したのだろう。


「食い物欲しさに適当に勇者っぽいこと言って小銭もらって……生き延びて……

 で、最近ようやく店持てたんだよね。ロッペンハイマーって街で料理屋やってる」


「へぇ……頑張ってるじゃない」


「だろ? だから俺は――本物じゃないけど、“勇者”を名乗るのやめられなくてさ」


 そう言って彼はため息をついた。


 (でも――石はまた光らない)

 ミンジュンが偽勇者なら、本物はどこだ?


 そんな時だった。


―――――


◆暗がりから聞こえる足音


 カラン――。


「っ、隠れて!」


 私はミンジュンの襟を掴んで暗がりへ引きずり込み、再び透明化。


 ふら……ふら……。


 薄暗い道の奥から、さっきのボロボロの少女が現れた。


 掃除用の壊れかけの箒を抱え、引きずる足をひどく庇いながら。


 彼女の服は泥と煤と血が混じり、皮膚には裂傷。

 髪は切れ端のようにボサボサで、呼吸は荒い。


 私は思わず息を呑んだ。


 (ひどい……ここまでされて、生きているのが不思議なくらい)


 そのとき――。


「おい、お前またここの、掃除かぁ?」


「んだよその歩き方、笑えるわ」


 若者三人が姿を見せた。

 さっきミンジュンを持ち上げていた連中だ。


 少女は震えながら頭を下げた。


「す、すみません……」


「謝るのはあとだ! ほらっ!」


 ゴッ。


 石が飛び、少女の肩に当たり、泥が跳ねてひとりの若者の服に付着した。


「……お前、オレの服に泥つけたな?」


「ち、違……っ、いません……!!」


「よくもオレの大事な服を――折檻だ!!」


 髪をひっぱり引き寄せ、殴る。蹴る。

 少女の身体は軽く、殴られる度に舞うように倒れる。


「や、やめ……っ、ぐっ……!!」


 泣き声が夕闇に吸い込まれた。


 ミンジュンが歯を食いしばった。

 彼は勇者ではない。だが、この光景を見て平然とはしていられないらしい。


 私は拳を握りしめる。

 しかし――勇者と関わる前に私が表立って動くわけにはいかない。


 彼らは殴り疲れると、


「チッ、つまんねぇ!」

「ほら仕事続けろよ、クズ」


 と吐き捨て、闇へ去っていった。


―――――


◆介抱、そして――光


「おい、大丈夫か!?」


 ミンジュンが飛び出し、少女を抱き起こす。

 私は透明化を解き、そっと傍にしゃがんだ。


 近くで見ると悲惨さはより鮮明だった。

 火傷、痣、裂傷――それが日常的に繰り返されている痕だ。


 なぜ彼女がここまで酷い扱いを?


 ミンジュンは震える声で言った。


「こんなの……こんなの勇者じゃなくても助けるだろ……」


 そのときだった。


 加護石が、眩しいほどに光った。


 「えっ……?」


 ミンジュンではない。

 彼では光らなかった石が――いま、少女に触れた瞬間、


 ピシィッ……! 眩い黄金の閃光が走った。


 まさか……

 そんな……。


 私は少女の顔を見つめ、息を呑んだ。


 震え、傷つき、汚れたその小さな身体から――

 微かに、だが確かに、勇者の魂の鼓動が感じられた。


 「……うそ、でしょ」


「おい……まさか……この子が……?」


 ミンジュンの声も震えていた。


 少女は意識を失ったまま。

 しかしその胸の奥で輝く力は、偽りようがない。


 ――そう。


 このボロボロの幼い少女こそが、

 世界に選ばれた “真なる勇者” 。


 私はそっと彼女の髪に触れた。


 「……会えたわね。

 真なる勇者さん」


 夕闇が、静かに震えた。


――――――――――

◆つづく:真なる勇者との邂逅 完

――――――――――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ