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逆張り

勇者は寝取らない

作者:
掲載日:2020/02/26

 佐久間雅治は平凡な人間だった。少なくとも、3年前までは。

 今は、とても普通とは言えない。今の雅治は1つの世界の英雄であり、魔王を打ち破った勇者なのだから。

 玉座に座る王の御前、跪く家臣たちの中、雅治を含めた数人の男女、いわゆる勇者パーティーだけが立っている。今この場で彼らだけが一国の王と対等な存在だった。


「まずは、感謝を。よくぞ魔王を討ち取ってくれた」


 厳かに国王は謝辞を述べる。パーティーの一番前にいる雅治からは仲間がどんな表情をしているのかはわからない。


「汝らの働きで、この国のみならず各国周辺に現れる魔物の数は激減した。これは勇者と聖女の力なくしては叶わなかったことである」


「騎士団長と魔導師、そして、行軍を補佐してくれた皆の力あってのことです」


 主に魔物を打倒したのは勇者パーティー4人ではあるが、偵察や道具の管理、旅をする上での様々な補助をしていた人員への配慮。これを忘れてはならない。

 国王は鷹揚に頷く。


「無論、その者たちへの褒美もとらせよう。しかし、まずは立役者たる汝ら2人へ報いねばならぬ。勇者、そして聖女よ、何を望む」


 雅治からは見えなかったが、王の問いかけにイザベラは一瞬言葉を詰まらせた。一方、雅治はなんの躊躇もなく言葉を返す。


「確か、魔王打倒の末には勇者と聖女は結婚するというのがしきたりであるとか」


 王は頷く。今までの勇者は、皆聖女を生涯の伴侶としてきた。

 それを見て、雅治は続けた。


「では、私と聖女イザベラが夫婦の契を交わさないことをお許しください」


 貴族たちが息を呑み、王は片眉を上げた。雅治の後ろに控えている聖女――イザベラから動揺が伝わる。

 しきたりとは言うものの、その本質は勇者の保護である。魔王打倒の後、女神への聖剣返還を経て勇者はすべての力を失い常人へ戻る。

 しかし、魔王を打倒した事実と功績は残る。当然、国から爵位などの報奨が渡されるだろうが、それを快く思わない者もいる。

 だからこそ、魔王打倒の後も力を失わない聖女を妻とし側に置くことで勇者を守らせる。それが異世界から救いの手を差し伸べるためにその身を捧げてくれた勇者への、一枚岩になり得ないこの世界の人間が考えた報いの手段だった。

 それを、雅治は自分から拒否したのだ。


「……理由を、聞かせてもらおう。汝の希望はできる限り叶えたい。しかし情けない話だが、汝の死を望む輩がこの国にもいることは事実。汝に死なれては我が国の面目も立たぬ」


「陛下、聖女イザベラには結婚を約束した者がいるのです」


 聖女イザベラは、魔王打倒の旅へ出るそのほんの直前までただの村娘だった。

 それが神託によって聖女に選ばれ、洗礼と共に聖女としての力を授かって苦行とも呼べる旅へ放り出されたのだ。

 故郷に、将来を誓いあった想い人を残して。


「確かに私でなければ魔王を討つことは叶わなかったかもしれません。しかし、聖女イザベラがいなければ魔王が最期に放った邪気によって多大な被害が出ていたであろうこともまた事実。であれば、慣習を覆す理由には充分かと」


 そう、聖女の役割とは魔王が消滅する寸前に発生する邪気を抑え込み、世界への被害を減らすこと。

 その貢献は勇者にまったく劣ることはない。


「……気持ちは、わかった。だが、正直難しいだろうな」


 王は顔を顰めながら返す。1人の人間としては許可したいが、為政者としての理屈がそれを許さない。

 イザベラの想い人は当然村人、平民である。聖女という称号は国が授けるものではなく、教会から授けられるものだ。

 聖女と平民が結ばれたとなれば、聖女を軽んじたと教会から大きな反発が来ることは必至である。最低限伯爵位の貴族と婚姻を結ばせなければならない。

 かと言って、なんの功績もない平民に爵位を授けることなどできるはずもない。


「勇者様、いいのです。聖女として旅に出たあの日に、彼とは別れを済ませました……確かに彼と結ばれないことは悲しいことですが、しかしそれで勇者様を危険に晒すこともまた耐え難いのです」


 イザベラは力ない声でそう告げる。場の空気が重苦しい沈黙に変わった。

 雅治もきつく拳を握りしめる。雅治もまた、恋人との別れを余儀なくされていた。異世界へと渡る前に、長年連れ添った恋人が事故で死んだのだ。

 悲嘆に暮れていた雅治は、異世界を救ってほしいという女神の懇願に乗った。ある種、死に場所を求めたと言ってもいいだろう。

 だからこそ、なんとかしてこの哀れな男女を結ばせてやりたかったのだ。


 そんな重い空気を裂いて、王の前であることへの萎縮も、場の空気からの重圧も感じさせない声があがった。


「国王陛下、憂う必要はございません」


 それは、勇者パーティーの1人、魔導師のものだった。

 貴族たちの目が魔導師へ集まる。彼女もまた平民だが、異世界からの救世主である勇者や教会の後ろ盾がある聖女と違い、国が募った戦力の中で最も優れていたというだけの、本当の意味での平民である。

 一部の貴族たちには、それこそ勇者聖女のオマケ程度にしか考えていない者もいる。王からの直答を許されていないにも関わらず声を上げた無礼を指摘しようと貴族が声を上げる前に、魔導師はそんな貴族たちの中の1人を指差した。


「聖女イザベラの想い人は、今や平民ではございませんので」


 その場がざわつき、イザベラが驚愕に目を見開く。貴族たちの奥から現れた青年は、見まごうこともない3年前に別れた想い人、リュシェルだった。


「なんと、聖女の想い人はラーガイウス伯爵であったか」


「は、伯爵……? リュシェル、リュシェルなのよね?」


「……あぁ、僕だよ、イザベラ」


 イザベラは今すぐ駆け寄って抱きつきたいのを唇を噛んで堪えた。軽率に動くことができる立場では、もうないからだ。

 その様子を見て、王はリュシェルが爵位を得る経緯を話し始めた。


 リュシェルは3年前、行方不明になった娘を探しに森へ入った侯爵家の令息を危機から救ったとして、剣の腕を見込まれてその侯爵家の騎士に取り立てられていた。

 そして1年前、大量の魔物が王都を襲撃した際の働きと、王太子をその身を挺して守ったことが評価され男爵へ、それから功績を上げ続け、侯爵家の力添えもあり今では伯爵にまで上り詰めていた。


「では、これで聖女イザベラとラーガイウス伯爵との婚姻は問題ありませんね」


「……で、あるな」


 伯爵位であれば教会からの反発はごく小さなものだろう。雅治の言葉と国王の答えを聞いて、とうとうイザベラは堪えきれなくなりリュシェルへ飛びついて熱く抱擁し合った。


「では、勇者はどうする? ラーガイウス家の食客になれば安全は保証されよう」


「いえ、彼らを邪魔することは致しますまい。どこか静かな土地に家を、それと、質素に暮らせる程度の報奨金があれば充分です」


 雅治の言葉にイザベラとリュシェルが抗議の声をあげようとした時、それを遮ったのは、またもや魔導師だった。


「それだったら、勇者様はわたしが貰い受けましょう」


 魔導師がそう言うのと同時に、彼女にかかっていた認識歪曲の魔術が解ける。にわかに貴族たちのざわつきが大きくなった。

 当然だろう。3年前から行方不明になっていた侯爵令嬢――カレンがそこにいたのだから。彼女は華麗なカーテシーを披露して、その場の貴族たちに告げる。


「事情がありまして身を隠しておりましたが、どうやらその事情も解決した様子です。いかがでしょう勇者様、わたしに婿入りするというのは」


 庶子でありながら魔術の天才として有名だったカレンは、侯爵の正妻から命を狙われていたために逃げ出していた。

 しかし、勇者を婿に迎えるとなれば侯爵家にとって正妻とどちらに価値があるかは明白であり、最悪正妻を幽閉してでもカレンと雅治を守るだろう。

 カレンの侯爵家は国内でも特に発言力を持つ家の1つだった。そこへの婿入りとなれば、貴族も下手に手出しはできない。

 それに、国内有数の大魔導師が伴侶として護衛に就いているのだ。

 カレンが貴族たちの中にいた父親である侯爵に目配せを送ると、侯爵も大きく頷いた。

 まさかの展開に呆けている雅治の腕にカレンが抱きつき、耳元に口を寄せて囁いた。


「待たせてごめんね。まーくん」


 声も何もかも違うのに、雅治はただその一言で彼女が何者なのか察し、強く抱きしめた。

 その拍子に雅治の懐から、お守り代わりに常に持っていた万年筆が落ちた。

 「大学合格おめでとう、まーくんへ」と刻まれた恋人からの贈り物である万年筆が、2人を祝福するかのように転がった。

眠い中書いたのでそのうち改訂するかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 続きが・・・続きがほしいよ~。
[気になる点] >彼女は華麗なカテーシーを披露して ☓:カテーシー ○:カーテシー カテーシーでググってもカーテシーで出てくる始末なんですけど [一言] イイハナシダナーで終わってるけど雅治がしきたり…
[一言] 好きです! 横恋慕してたとかいうわけでもなく、ただただ1対1。好きです…!
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