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009_貴族の四男、総大将の首を狙う

 


 夜陰に紛れて僕たちは移動している。兵士全員に夜目の強化を施して行軍しているので、視界はクリアだ。

 スーラは剣を強化できるんだから、人間も強化できるだろ? と簡単に言ってくれた。

 おかげで、僕直属の老兵士だけではなく、ボッス伯爵の100人もの兵士に夜目の強化をする羽目になってしまった。

 でも、130人全員がクリアになった視界によって、問題なく移動できるのは大きい。


 丘を大きく迂回するように進んで、アスタレス公国が布陣している後方の林に入った。


「カルモン、例のものは用意できている?」

「もちろんでございます。おい、あれを」


 老兵士の一人がずっしりと重い背負い袋を渡してきた。こんなに重い背負い袋を背負ってこれたのも、体に身体強化を施したからだ。もちろん、全員に……。


「それじゃあ、木の上に登るね」

「お気をつけて。ジャスカ、お供しろ」

「分かった」


 ジャスカが僕に続いて木に登る。

 僕は身体強化しなくても木登りはできるけど、重い背負い袋を背負っているので、身体強化する。


 できるだけ高い場所にあって僕が乗っても折れそうにない枝の上に陣取る。


「見晴らしがいいですねー。若様のおかげで夜でも見えるし、おまけに遠くまで見える。身体強化魔法はすごい魔法なんですね」

「ジャスカ、あまり大きな声を出さないでね」

「あ、すみません……」


 はしゃぐジャスカは置いておいて、僕は敵の陣を眺めた。


「敵は油断していますね」

「うん、それじゃ始めるよ」

「はい」


 僕は背負い袋を背中ではなく、体の前に持ってきて担ぐようにした。

 背負い袋の中に手を入れて入っているものを取り出す。

 ひと握りで数個取ったのは、小石だ。カルモンに頼んで集めておいてもらった数個の小石を右手の中指、薬指、小指で握って、1個を人差し指を軽く曲げてその上に小石を乗せ、親指で弾く。

 小石はものすごい速度で飛んでいき敵の陣の見張り台にいる兵士の額に当たってめり込んだ。


 スーラに急かされて何度も繰り返し訓練したおかげで、こういった芸当ができるようになったけど、こんなことを考えたスーラは本当に頭がいい。僕は次から次に小石を弾いて見張りの兵士たちを殺していった。

 今は人を殺したことは考えない。考えてしまうと、僕の指が動かなくなるかもしれないからだ。とにかく小石を弾くことに集中する。


「若様、それではいってきますね」

「僕も後からいくから、よろしくね」

「任せてください」


 粗方の見張りを始末したのを見たジャスカは枝から飛び降りた。

 多分、15メートルくらいある高さなのに躊躇なく飛び降りるジャスカは普段からこんなことをしているのだろうか? 身体強化してあるからじゃないよね?


 ジャスカが降りると、カルモンが指揮して敵の陣へ進んでいく。

 僕は皆が敵陣に入るまでここで援護をする。いくら見張りを掃討しても、巡回している見張りもいるので、そういった敵の兵士を小石の投擲で無力化するのが、僕の最初の役目だ。


 カルモンたちが敵陣にとりついた。

 ジャスカが物陰から現れた敵の兵士を見つけたと思ったら、一瞬で間合いを詰めて喉を切り裂いた。


 うわ、痛そう。こうして俯瞰していると、切られた兵士の痛みのようなものが伝わってくる気がする。ダメだ、そういったものに取り込まれたら戦えなくなる。気を強く持つんだ。


『あの嬢ちゃん、S級ソルジャーだけあって、やるな』

『ジャスカだけじゃなく、ボッス伯爵のところのあの隊長もかなりの使い手だよ』


 僕の視線の先にはボッス伯爵の部下で、今回の夜襲に参加した部隊の隊長の姿がある。

 名前はキグナス・ログザで、騎士爵と言っていた。

 僕よりも10歳くらい年上に見えるので、この戦場にいる貴族の中ではかなり若いほうのログザ殿は昼間なら太陽の光を浴びて光り輝く金髪が特徴の美男子だった。

 そのログザ殿がなかなかの踏み込みで敵兵を切り飛ばした。


 そう言えば、カルモンが剣を抜いたのを初めて見たかもしれない。すごく鋭い剣筋で敵兵を真っ二つにしていく姿はまるで剣神のようだ。この戦いが終わったらお別れするのがとても惜しい人物だと思う。


『早くいかないと、美味しいところは全部オッサンに持っていかれるぞ』

『そうだね、急いでいくよ』


 スーラの言う通り、カルモンがすごい勢いで敵陣に切り込んでいる。

 僕は敵陣から木の下に視線を移した。10人の老兵士が僕を待っている。

 その10人の前に飛び降りた。ちょっと怖かったけど、やってみると意外となんでもなかった。


『身体強化は他人にかけるより、自分にかけた時のほうが効果が高いんだよ』

『そうなんだ。スーラは本当に博識だね』

『これでも数千年以上生きているからな』

『うわ、お爺ちゃん!?』

『誰がお爺ちゃんだ!? ぶっ飛ばすぞ!』

『あははは、ごめん。ごめん』


 僕は10人の老兵士を引き連れて敵陣に向かう。

 身体強化しているので、老兵士がまるで若い兵士のように駆ける。


「皆さん、命が一番大事なので、危なそうなら逃げてくださいね」

「へへへ、若を置いて逃げるわけにはいきませんので、逃げる時は若も一緒ですよ」


 クリットだ。若い人でも出せないような速度で走っているのに、平気な顔をしている。


「僕もこんなところで死にたくはないので、危なかったら逃げますよ」

「それを聞いて安心しました。でも、少しは無茶をするつもりなんでしょ?」

「……よく分かりますね」

「無駄に年はとっていませんから」


 ケンドレー家の人間は腐った奴らばかりだったけど、家臣はいい人が多いね。あんな家にはもったいない人物だ。


「それでは、お互いに無理せず無茶をしましょう」

「若様についていきます」


 僕は剣を抜いて出てきた敵兵を切った。

 鎧を着ているので首を狙った一撃だったけど、身体強化のおかげで首が宙を舞った。


「若様、やりますね!」


 クリットもしっかりと、敵兵の首に剣を刺しているじゃないですか。


「敵の総大将の首を取りますよ」

「そりゃまた大それたことを考えますな。でも、そのくらいの無茶のほうが、しがいがあるってものです!」


 敵兵を切り捨てながら僕とクリットは総大将のテントを目指して進む。

 カルモンたちが焚火をひっくり返して、あっちこっちのテントが燃えている。

 その奥にまだ燃えていないひと際大きくて立派なテントがある。多分、あれがアスタレス公国軍の総大将のテントだと思う。


「どけっ、邪魔だ!?」


 剣を振り切って、敵兵を蹴り倒して大きなテントを目指す。

 今回、アスタレス公国軍を率いてきているのは、公太子のアルフレッド・アスタレスだと聞いている。

 もし、ここでアルフレッドの首を取れば、間違いなくアスタレス公国軍は自国に帰るだろう。

 総大将であり公太子が死んだらアスタレス公国軍は軍を引かざるを得なくなる。僕はそれを狙っているんだ!


「若様!」

「ジャスカ!」


 僕の前にジャスカが現れた。

 ジャスカも大きなテントを狙っているようで、ジャスカのほうがいち早くテントに入った。

 すると、テントの中から悲鳴が聞こえ、テントを切り裂いて誰かが出てきた。

 中途半端に服を着た人物は、聞いていたアルフレッドの容姿にとても似ている!?


「アスタレス公国公太子アルフレッド・アスタレスとお見受けします。僕はアイゼン国の兵、ザック。お命もらい受けます!」

「雑兵が下がれ!」


 アルフレッドが剣をやみくもに振る。その剣を躱してアルフレッドの脇腹を切りつけた。


「ぎゃぁぁぁっ!? 痛い、痛いよぉ……」


 アルフレッドは子供のように地面を転げまわる。


「若様、とどめを!」


 クリットが僕を促してくる。僕もアルフレッドの上に馬乗りになって、剣を首に押し当てる。

 僕を見るアルフレッドの目の中に恐怖と恨みが入り混じっている。その眼差しを見た僕は、いつか僕もこんな目にあうのかも知れないと恐怖を感じた。


「若様!」

「若様!」


 カルモンとジャスカの声で僕は我に返って、アルフレッドの首へ剣を押し込んだ。血が噴き出し僕の顔を返り血が染める……。


「ケンドレー男爵家のザック様が、アスタレス公国公太子アルフレッド・アスタレスを討ち取ったぞ!」

「ケンドレー男爵家のザック様が、アスタレス公国公太子アルフレッド・アスタレスを討ち取ったぞ!」

「ケンドレー男爵家のザック様が、アスタレス公国公太子アルフレッド・アスタレスを討ち取ったぞ!」


 カルモン、ジャスカ、クリットが口々にアルフレッドを討ち取ったことを大声で叫んだ。その声を聴いた敵兵は戦意を喪失させ逃げ出していく。


「若様!」


 カルモンが手を出してきた。僕はその手を数秒見つめてから掴んだ。


「ケンドレー男爵家のザック様が、アスタレス公国公太子アルフレッド・アスタレスを討ち取ったぞ!」


 皆が連呼する声を聴きながら、カルモンに手を引かれて立つ。カルモンの手を掴んでない左手にはアルフレッドの首を持って……。


「若様、その首を掲げてください」

「これを……?」

「まだ抵抗するアスタレス公国の兵に見えるように掲げるのです」

「……分かった」


 僕は髪の毛を鷲掴みしているアルフレッドの首を高らかに掲げた。


「ケンドレー男爵家のザック様が、アスタレス公国公太子アルフレッド・アスタレスを討ち取ったぞ!」


 カルモンが腹の底に響く大声でまた連呼した。耳が痛い。


『運がよかったな。それとも敵が間抜けで助かったと言うべきか』

『運がよかったんだよ』

『そうだな。重力魔法を隠したまま戦いを終わらせたんだ。運がよかったな』


 スーラに言われて気づいたけど、僕は重力魔法を使わなかった。戦場の空気に飲まれていたのか、すっかり忘れていた。どうせ叱られるから忘れていたことはスーラに内緒にしておこう。


 

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