008_貴族の四男、策謀する
さらに進軍した僕たちはアスタレス公国軍と睨み合うケントレス侯爵軍と合流した。
さきほどから肌を刺すようなピリピリとした感じがするけど、これが戦場の空気なんだろうと思う。
「ケントレス侯爵は下手を打ちましたな」
「どういうこと?」
「敵は丘の上からこちらを見下ろし戦場の動きが分かりますが、こちらはその逆で戦場が見づらい」
アスタレス公国軍は国境沿いの丘陵地帯に布陣していて、対するケントレス侯爵軍は平地に布陣している。
カルモンが言うには、戦力もアスタレス公国軍のほうが多く、不利な布陣と合わせると厳しい戦いになるそうだ。そういうものなのかと感心してしまう。
「若様は初めての戦場なのに、あまり緊張しておりませんな?」
「僕自身でも緊張や委縮がないのにびっくりしているんだ。この戦場独特の雰囲気ってなんだかいいよね」
「……緊張しないのはいいですが、怖さを覚えないのは無謀に繋がりますので、心に留め置いてください」
「うん、分かった」
カルモンは不思議そうな顔で僕を見ている。
さて、僕はボッス伯爵や他の貴族と共にケントレス侯爵へ挨拶に向かった。
僕はケントレス侯爵とは些か因縁がある。僕とあのケリス・アムリスとの婚約を仲介したのが、前ケントレス侯爵なのだ。
前ケントレス侯爵は僕の祖父と親交があったため善意で仲介してくれたと思うけど、結局僕は婚約破棄されてしまう。
そのおかげで元々なかったけど、ケンドレー家で僕の居場所は屋敷内ではなく納屋になった。
別にケントレス侯爵家を憎んではいないし、恨み言も言うつもりはない。ただし、僕としてはよい感情もない。
ケントレス侯爵家もあの一件で顔を潰された形になっているので、被害者の1人なんだと考えておこうと思う。例え現ケントレス侯爵が何もしなかったとしても。
「ボッス伯爵、援軍感謝する」
「ケントレス侯爵、戦況はどのような感じですかな?」
挨拶をしてすぐに席についた僕たちは、ケントレス侯爵の部下でヒースローと名乗った細身の壮年の男性から説明を受けた。
その説明によると、3日前にアスタレス公国軍が丘の上に布陣して、睨み合っているらしい。その間、一度も小競り合いはなくアスタレス公国軍は動く気配を見せていないそうだ。
『これは陽動じゃないか?』
『陽動?』
『アスタレス公国の戦力はどのくらいだ? あの丘の上にいる兵数が目一杯なのか?』
『……僕には分からないよ』
スーラの言う通り、もし陽動なら他にも攻め込んでくる勢力や軍がいるということだと思う。
『ふむ、なるほど……』
『ん、どうしたの?』
『明日、こちらから攻めることになるが、そのタイミングで裏切る奴がいる』
『え!? なんでそんなことが分かるの?』
『ふふふ、オレには未来予知というスキルがあるんだよ』
『未来予知? スキル? 何それ!?』
『魔法のようなものだ』
魔法のようなものということは、魔法に近いけど魔法じゃないってことだよね?
スーラは色々と秘密を抱えているんだと僕は思う。それが、僕に言う必要のない秘密なのか、僕には言えない秘密なのか、それとも僕が知ってはいけない秘密なのかは分からないけど、スーラが言わないのだから僕も聞かないでおこう。
『それで、その未来予知というのは未来が見えるってことでいいのかな?』
『厳密に言えば、未来の可能性が見えるんだよ』
『未来の可能性……?』
『未来は必ずしも1つじゃない。2つや3つ、場合によっては百や千の未来があるかもしれない』
『……それって、関わっている人や存在の数だけ未来があるっていうことかな?』
『いいぞ、その通りだ。やっぱりザックはロイドと違って頭の回転がいい』
『えへへへ……そうかな?』
祖父にしか褒められたことがないので、誰かに褒められることに慣れていない。でも、褒められるということはとても嬉しいと感じる。
『いいか、未来予知は可能性であって絶対ではない。だが、明日の昼くらいの話だから、すでに公国軍に内通している奴がいるとみていい。部隊の配置でいくと、左翼の後方の奴だ』
『左翼の後方……』
丁度今は軍議が進んで配置の話になっている。
その話を聞くとボッス伯爵と僕を含む寄子による軍は中央の左側に配置された。そして、問題の左翼の後方はキャムスカ伯爵とその寄子たちの軍だと思う。
キャムスカ伯爵は明るい茶色の髪の毛を肩まで伸ばしたハンサムな人物で、まだ25歳くらいに見える。
そして、キャムスカ伯爵はクソオヤジと親交があったはずだ。
そこそこ遠いキャムスカ伯爵家で開かれるパーティーへ、クソオヤジが出かけていったのを覚えている。
もちろん、僕がクソオヤジから直接聞いたわけではないが、そういう話は家臣や使用人の間でも話題に上るので耳に入ってくるんだ。
『元々地形的に不利、数で不利、そしてあのキャムスカってのが裏切ることでとどめを刺してしまうってわけだ。もしかしたら、この不利な陣形もキャムスカによって図られた結果じゃないか?』
『……考えすぎでは?』
『考えすぎくらいのほうが長生きできるんだぞ』
『そうかな……』
軍議中、僕はスーラと今後の対応を話し合った。
スーラが見た未来をボッス伯爵やケントレス侯爵に話すことはできない。スーラが面倒なことになると止めたこともあるけど、僕もこれは非常にマズイことだと考えている。
キャムスカ伯爵はクソオヤジと親交があり、クソオヤジは今回の戦いに消極的だった。
つまり、かなり高い可能性でクソオヤジはキャムスカ伯爵と繋がっていると考えたほうがいい。
そうなると、クソオヤジはアスタレス公国とも間接的に繋がっているということだ。
もし、今、クソオヤジがアスタレス公国に同調したとなれば、それは謀反だということだ。
クソオヤジが謀反したとなれば、その息子である僕もただでは済まない。謀反は一族全員が死罪になる重罪だ。
あのクソオヤジの巻き添えを食って死罪になる気は、僕にはない。死にたいなら僕を巻き添えにせずに死んでほしい。僕は絶対に止めないから。
軍議の後、僕はボッス伯爵を訪ねた。
「すると、夜襲をしたいと言うのだね?」
「はい、僕の部隊だけで構いません。許可いただけないでしょうか?」
「ケンドレー家の兵だけでか……」
ボッス伯爵は腕を組んで考え込んだ。
「そうだな、今まで3日間ひと当てもないと聞いている、敵の警戒も緩んでいるかもしれないな。ケントレス侯爵に提案してみよう」
「あ、ケントレス侯爵に話す時に、他の人物には聞かれないようにしていただきたいのです」
「む? 情報漏洩を懸念しているのかね?」
「少人数での夜襲なので、少しでも情報が洩れたら僕の部隊はお終いですから」
「ふむ、分かった。そうしよう。それと、その夜襲部隊には私の部下も参加させてもらうよ」
「それは……」
「そんなに警戒しなくていい。この夜襲を提案したのは、ザック殿だ。指揮権は君にある」
「……分かりました」
別に指揮権がほしかったわじゃない。僕はこの夜襲で敵の総大将の首を狙うつもりなので、力を出し惜しみするつもりはない。
身体強化魔法と重力魔法を駆使して、総大将を討つ。だから、邪魔になる兵士は要らないというだけなんだ。
もし、この夜襲で総大将の首をとったら、その功績でクソオヤジと縁を切らせてもらおうと思っている。
それができたら、クソオヤジが何をしようと、僕には関係ない。クソオヤジが謀反しようともね。
▽▽▽
ザック・ケンドレーという若者がまさか夜襲を提案してくるとは思ってもいなかったが、剣聖アバラス・カルモン・マナングラードがいるのだから不思議はないか。
しかも、S級ソルジャーである閃光のジャスカまで加わったと聞く。あの2人がいるのであれば、夜襲も悪くないだろう。
しかし、剣聖は隠棲して行方が分からなかったはずだ。なぜあの若者に従っているのか?
いくら前ケンドレー男爵と親交があったとしても、ザック殿に従う理由にはならないが……。いずれにしろ、これはチャンスだ。我がボッス伯爵家も一枚噛ませてもらうとするか。
「そうだな、今まで3日間ひと当てもないと聞いている、敵の警戒も緩んでいるかもしれないな。ケントレス侯爵に提案してみよう」
「あ、ケントレス侯爵に話す時に、他の人物には聞かれないようにしていただきたいのです」
どういうことだ?
「む? 情報漏洩を懸念しているのかね?」
「少人数での夜襲なので、少しでも情報が洩れたら僕の部隊はお終いですから」
まさか味方の中に敵に通じている者がいるのか? ……もしそうなら、誰だ……?
「ふむ、分かった。そうしよう。それと、その夜襲部隊には私の部下も参加させてもらうよ」
「それは……」
分かっている。剣聖と閃光の2人の邪魔にならないようにしっかりと言い含めるつもりだ。
「そんなに警戒しなくていい。この夜襲を提案したのは、ザック殿だ。指揮権は君にある」
「……分かりました」
承知してくれたか。これで夜襲が成功すれば、我が家も中央で勢力を増せるというものだ。