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007_貴族の四男、S級ソルジャーに出遭う

 


 モンスターの素材を売るために町へ赴いた。

 侯爵領というだけあって、領都でもないのに大きな町だ。

 ただ、近くが戦場になるということもあって、避難する住民もそれなりの数がいたようで町中は閑散としている。


「商人はいるかな?」

「近くで戦いがあるってことは、物資を売りつけるチャンスですから、商人は逃げませんよ」

「そんなものなの? 商魂逞しいと言うべきかな?」

「図太くならなければ、商機を逃してしまいますからね」


 カルモンがそれくらい普通だと付け加えて、ある店の前で立ち止まり店の店員に声をかけた。

 商談はカルモンがしてくれて、僕はそれを横で聞いていた。


「それは安く買い叩きすぎだろ? 戦時下でもその値はないぞ。他の店に持っていってもいいんだぞ」

「これは困りましたな……。でしたら、これでどうですか?」

「これでも不満はあるが、仕方がない。これで手を打とう」

「ありがとうございます」


 商談が終わると、店員は荷車に乗っている素材を手際よく店に運び込む。


「安く買い叩かれたのですか?」


 僕が聞いてみると、カルモンはニコリと笑って首を振った。


「通常時よりも高値で売れました。戦時特価ってやつです。ただし、買う物資も戦時特価なので、高いですけどね」

「ああ、なるほど……」


 世知辛い世の中なんだね。


『おい、誰かがつけてくるぞ』

『え? 誰?』


 僕は思わず振り向いた。


『おい、尾行がいるからって振り向くやつがいるか!?』

『え、だ、ダメなの?』

『当り前じゃないか。まったく……』


 スーラはぶつぶつ言っている。


「ほう、若様も気づかれましたか」

「カルモンは気づいていたの?」

「店の前からついてくるので、気にはしていました」

「そうなんだ」


 スーラもすごいけど、カルモンもすごいね。僕はまったく気づかなかったよ。


「どうすれば?」

「必要なら向こうから接触してくるでしょう。ですからこのまま何もせずに陣まで帰ります」

「分かった」


 僕はカルモンが言うように尾行してくる人物を放置して、再び歩き出した。


『おい、回り込まれたぞ』

『え?』


 すると、僕たちの前に褐色の肌が特徴的な、赤毛の女性が待ち構えていた。

 その女性は腰に両手を置き、僕たちが通る通路を塞ぐように立っている。

 見た目はとても活発的な女性だけど、僕よりは年上に見える。多分、20歳くらいだと思う。


「若様、決してこちらから声をかけてはいけませんぞ」

「わ、分かった」


 僕たちは何も言わずその女性の脇を通り過ぎようとしたが、女性はわざわざ僕たちのゆく手を阻むように移動してきた。

 緩やかにカールした肩の下まである赤毛が揺れる。


「ちょっと待った!」

「「………」」


 僕は下手に喋らないように口をぎゅっと結び、カルモンの対応を待った。

 すると、カルモンが地面を蹴ってその少女との間合いを一気に詰めると、いきなり少女を殴り飛ばした。


「え!?」


 思わず僕は声をあげてしまった。誰だって驚くよね? 荷車を牽いていた老兵士も唖然としている。

 殴り飛ばされた少女は、起き上がってカルモンに向かっていったけど、カウンターで殴り飛ばされた。


「く、このジジィ……」

「ふん、弱いぞジャスカ!」


 え? カルモンの知り合い? 僕と老兵士はぽかんと2人の殴り合いを見ているしかなかった。

 しばらくすると、殴り合いも終わった。一方的にカルモンが殴っていたけど……。

 ジャスカと呼ばれた女性は顔面がぼこぼこになるまで殴られていた。

 かなり可愛らしい顔だったのに、今は見る影もない。可哀そうに……。


「か、カルモン……?」

「若様、醜いものを見せてしまいましたな。お詫び申し上げます」

「いや……。それよりもその女性は大丈夫なのか?」

「これくらいでどうこうなるような軟な鍛え方はしていませんので、大丈夫です」

「その言葉から、カルモンはその女性を知っているようだけど……」

「あ、これは失礼しました。こいつは、某の姪でジャスカと申します」

「えーっと……、姪?」

「はい、妹の娘です」

「いやいやいや、なんで姪をボコボコにしているのさ!?」


 僕は涼しい顔をして姪をボコったカルモンに問いただした。


「こいつは某が鍛えました。これくらいいつものことです」

「隙ありーっ!?」


 僕とカルモンが話していたら、ジャスカがカルモンの後ろから飛びかかってきた。

 だけどカルモンがそれをひらりと躱した。

 するとどうなるかというと、ジャスカは止まろうとしたけど勢い余って僕にぶつかってきたわけで、僕とジャスカはもつれ合って盛大に倒れた。


『ほう、なかなかショッキングな光景だな』

『え……?』


 気づくと、僕の唇にジャスカの唇が……。

 僕はボコボコに顔を腫らしたジャスカとキスをしていた。

 もっと雰囲気あるファーストキスがしたかった……。


『まあ、ヘタレのザックにはこのくらい積極的な相手のほうがいいか』

『何を言っているの……』


 目と目が合って……とても気まずい。


『ボコボコの顔だから分かりにくいが、向こうもまんざらじゃないみたいだぞ。頬が赤く染まっている』

『だから、何を言っているの!?』


「ジャスカ、若様を襲うとはいい度胸だ」


 カルモンがジャスカの首根っこを掴んで持ち上げる。


「ふにゃ……」

「何がふにゃだ! 反射的に躱した某もいけないが、お前は若様を襲ったのだ。万死に値する! せめて伯父である某の手で息の根を止めてやる」

「ちょ、カルモン、落ちついて」

「若様、止めないでください。姪の不始末は某の不始末。ジャスカを始末したら某もこのシワ首を差し出しますので、お許しください」


 カルモンが剣に手をかけたのを慌てて止めに入る。


「ストーーーップッ! 誰の命も首もいらないから、一度落ちつこうか。クリットもカルモンを止めて!」


 にやにやしながら僕たちを見ている老兵士のクリットにも止めるように言うけど、「若様、無理な相談ってものですぜ」と言って手を出さない。まったくなんでこうなるんだ。

 僕はなんとかカルモンを落ちつかせて、クリットにジャスカの顔を濡れた手ぬぐいで冷やしてもらった。


「僕は何も気にしていないから、ジャスカに処罰は必要ないからね」

「それでは示しがつきません」

「実害はないんだから、問題ないよ」

「むぅ……。ならばジャスカを若様の護衛として命をかけて若様を護らせます」

「え、いや、そんな必要はないから」

「いいえ、若様を襲った罪は若様をお護りすることで償いをさせます」

「しかし、ジャスカの気持ちもあるし。これからいくところは戦場だし……」

「ジャスカの気持ちは関係ありませんし、あれでもS級ソルジャーですから、多少は役にたちましょう」

「え、S級ソルジャーッ!?」


 この国には3大ギルドというのがある。

 魔法使いのウィザードギルド、錬金術師のアルケミストギルド、剣士や格闘士など物理職のソルジャーギルドの3つだ。

 どのギルドも大きな力を持っていて、国防にも大きく関わっているので、3大ギルドと呼ばれるようになったらしい。


 ウィザードギルドとアルケミストギルドのことはいつか説明するとして、今はソルジャーギルドのことを説明しようと思う。

 ソルジャーギルドは、初心者のG級から、F級、E級、D級、C級、B級、A級、S級というソルジャーランクがあって、S級の上に剣王、剣王の上に剣聖がいる。

 剣聖、剣王、S級は定員があって、剣聖が1人、剣王が3人、S級が10人だったはずだ。

 つまり、S級以上のソルジャーはたった14人しかいない。

 この14人がソルジャーギルドの頂点であり、国内最大とも言っていいほどの戦力なんだ。

 僕の目の前にそのS級ソルジャーがいる……。顔をボコボコに腫らしているので、何の威厳もないんだけど。


「でも、僕はS級ソルジャーを雇えるほどのお金は持っていないよ」


 そう、S級ともなれば雇うのに膨大な契約金と報酬が必要になる。

 S級ソルジャーというのは、それほどの存在なんだ。


「先ほども申しましたが、これは罪滅ぼしです。契約金や報酬は必要ありません」

「そんなわけにはいかないよ……」

「ならば、ジャスカの命を―――」

「わーーーっ!? ……ジャスカはそれでいいの?」

「クソ師匠がここにいるんなら、それでいい」


 師匠にクソをつけるのはどうかと思う。だけど、この伯父と姪は師弟関係にあるのか……?


『くくく、ザックに惚れ込んできてくれるわけじゃないのは、残念だったな』

『僕はそんなこと思っていなかったから!』


「分かったよ、カルモンの言うようにするから!」

「ありがたき幸せでございます。若様」


 経緯はどうあれS級ソルジャーが味方になったのは、とても心強い。


 

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